20 カヴァロクラブへの招待状
そう答えると、グランツはしばらく考えた様子になってから言った。
「返却された君のリボンはもちろん受けとるが、一度でもエーリクの手元にあったものを身に付けるのは気分が悪い。どうだろう、新しく君がリボンを作ってくれないか?」
「私の手作りでよろしいのですか?」
するとグランツは満面の笑みで返す。
「そうだ、君の手作りがいい」
オルヘルスは顔が熱くなるのを感じ、グランツから視線を逸らすとうつむいて小さな声で言った。
「なら、精一杯心を込めて作りますわ……」
「わかった、とても楽しみにしている」
こうしてオルヘルスは、グランツに渡すリボンを新たに手作りすることになった。
デザインを決めると手作りにこだわり、レースを編み細かい刺繍や装飾も丁寧に時間をかけて仕上げ婚約に備えた。
数日後、オルヘルスのリボンが無事に手元に戻りハインリッヒからは丁寧なお詫びの手紙をもらった。
手紙の中ではエーリクについても少し触れており、しっかり対応してあらためて謝罪の場をもうけることも書かれていた。
すでにホルト家、コーニング家の両家から婚約解消直後に正式な謝罪をステファンが受けている。その謝罪があったことで、どちらが悪かったのかがはっきりした。
オルヘルスにとってもリートフェルト家にとっても、これはとても重要なことだった。
これで事実上、社交界ではオルヘルスは潔白でありエーリクやアリネアが問題を起こした令息と令嬢と見なされることになるからだ。
これだけでもエーリクにとっては痛手だろうが、ハインリッヒはそれだけではエーリクを許さないということなのだろう。
それにしても、とオルヘルスは思う。これだけどちらに非があるのかはっきりしているのに、なぜ彼らはあんなに平然としていられるのだろう?
そうして少し考えて、リートフェルト家が男爵家であることから見下しているのではないかと思った。
確かに爵位は低いが、それとこれとは話が違うのだが彼らはそれがわかっていないのだろう。
オルヘルスは読み終えた手紙を封筒に戻すと大きくため息をついた。
そのあと、グランツに無事にリボンが手元に戻ったことを報告すると、婚約の日取りの調整がされ、一か月後に婚約の契約を結ぶこととなった。
これは公のものではないため、あらためて発表の場をもうけるとのことだった。
日取りが決まると、オルヘルスはやっとはっきりと自分が王妃になるのだという実感が沸いてきた。
こうして婚約に向けて準備を整えているとき、カヴァロクラブが開催する乗馬会の招待状が届いた。
カヴァロクラブとは社交界でも権力の強い貴族たちが運営しているクラブで、半年に一度だけ乗馬会を開催している。
これに誘われるのは社交界では名誉なことであり、ステータスでもあった。
乗馬会と言っても乗馬ばかりするわけではなく、馬のオーナーたちが集まりお茶を楽しみながら馬の話をする場でもあるため、オルヘルスのように乗馬ができない者にも誘いがあっておかしくはなかった。
ステファンにこれからのことを考えて出席するべきだと言われ、行きたくはなかったがイーファと共に出席することを決めた。
「せっかくなのだから、スノウを連れて行って乗馬ができるところをみんなに見せて驚かせればいい」
ステファンが嬉しそうにそう提案すると、イーファも賛成とばかりにうなずく。
「そうだな、いい機会だと私も思う」
「でも、うまくできるかしら。やっと一人で乗れるようになったばかりですのに」
そうオルヘルスが不安を口にすると、イーファは優しくオルヘルスの頭をなでた。
「自信を持て。お前はとても優秀なのだから」
それに次いでステファンが言った。
「それに、この短期間でそこまで馬を操ることができるようになるとはな。これはみなも驚くだろう。私も鼻が高い」
そう褒められたが、オルヘルスはむくれ顔で言った。
「おだてればいいと思って! お父様もお兄様も!」
そんなオルヘルスを見て、イーファとステファンは声をだして笑った。
こうしてオルヘルスは初めて公の場で自分の乗馬の腕前をお披露目することになり、より一層練習に励んだ。
そんな中、お忍びでグランツが訪ねてきた。
「今日は乗馬の練習はお休みにして、私と一緒に出かけてくれないか?」
「もちろんですわ。どこへ連れていってくださるの?」
そう質問するオルヘルスを屋敷の裏口にエスコートしながら、グランツは答える。
「君がカヴァロクラブの乗馬会に出ると聞いてね。ならば、乗馬服を新調したほうがよいだろう」
「ですが、先日お兄様にも乗馬服をいただいたばかりなんですの」
すると、グランツは驚いた顔をした。
「まさか、その服を着て行くと? ダメだ。私がしばらく君のそばを離れたせいだとはわかっているが、君が他の異性からプレゼントされた服を着るというのは気分が悪い」
「殿下?! 異性と言っても、兄からのプレゼントですわ。そういった意味はありませんのよ?」
驚いてそう返すと、グランツは渋い顔をした。
「それはわかっているが、そういう問題ではない。とにかく、君には私がプレゼントしたものだけ着ていてほしい」
その有無を言わせぬ言い方に、オルヘルスは思わずうなずいた。
「わかりましたわ。でも、敷地から外に出ないときは着てもよろしいですわよね?」
「まぁ、そうだな。練習のときに着るぐらいなら」
そう言って馬車に乗るのを手伝った。
オルヘルスは思う。これから王宮へ嫁ぐのだ、身に付けるものにも気を付けなければならないのだと。
グランツが御者に合図し、馬車が走り出したところでオルヘルスは言った。
「そうですわね、私は殿下のものですもの、着るものもそれ相応のものでなければいけませんわよね」
それを聞いてグランツは笑顔のまま固まった。
「殿下? どうされたのですか?」
オルヘルスは心配で、グランツの顔を覗き込むと、グランツはオルヘルスを見つめ呟く。
「君は、私のもの……」
「つわもの? 殿下、強者とは私のことですの? そんなことはありませんわ。これから精進いたします」
すると、グランツは我に返ったようにはっとするとオルヘルスに慌てて言った。
「は?! いやいや、君はそのままで十分だろう。これ以上、無自覚な強者になっては困る」
オルヘルスは、自分のどこが強者なのかわからず困惑しながら答える。
「そうですの? 殿下がそう仰るなら……」
「そうしてくれ」
そんな会話をしているうちに、馬車はファニーの屋敷へ到着した。
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