第40話
「起きて下さい、ソフィア様」
体をゆさゆさと揺すられる感覚に目を覚ますと、コハルが私を起こしていた。
「おはよう……もうそんな時間?」
眠い目を擦りながら体を起こして時計を見ると、既に9時を回っていた。
「ソフィア様、今日はこの学園を見て回るんですよね」
「ええ、でも荷解きが……」
「済ましておきましたから、支度ができたら教えてください」
「えっ、もう荷解き済ませたの?」
私は思わず目を見開いた。コハルはいつもの微笑みを浮かべながら小さく頷く。
「はい、朝五時に起きてもやる事なくて、荷解きをと」
「そ……そう、ありがとう」
私はコハルの手際の良さに驚きながらベットから降りる。そして身だしなみを整えて、二人で部屋を出たのだった。
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「いやあ、新入生たち続々集まって来とるなあ」
「この中にあんたを超える者はおるんかなあ。なあクランはん」
軍服に身を纏った女性に向かって、男が声をかける。
「そんな無駄口を叩きに私の所まで来たのか」
「まあそう堅いこと言わんといてえや、ほら今年は豊作らしいやん。『吸血鬼の王女』に『轟魔王』それに『希代の魔術師』入学前からその名を広めるやつらがたくさんいるんやから、ちょっとは期待してもええんちゃう?」
男は愉快そうに笑いながら、軍服の女性――クランの反応をうかがう。しかし、クランはその言葉に全く動じる様子を見せない。
「期待……何にだ?それに他人の心配ばかりして、お前自身の身も案じた方が良いぞ」
「よう言う、誰も俺の速度には追いつけん。いつかあんたすら超えて見せるで、トップ」
「ほう、随分と大きな口を叩くな、ノロ」
クランは薄く微笑むが、その瞳は冷たい輝きを放っている。
「ふっ随分怖い顔を……そういえば」
ノロと呼ばれた男が何かを思い出したように、クランに問いかける。
「『希代の魔術師』は貴族の令嬢らしい、あんたさんと同じでな。でも違うところは……魔術師としての才能の差ってところかなぁ。家族に期待を持たれなかったあんたさんと真逆やな」
ノロは面白そうに笑う。しかし、クランの表情は全く変わらずただ静かに笑っている。
「ノロ……次はないぞ?」
その低い声に殺気を込めながら男を睨みつけるが、男は悪びれもせずに笑う。
「おぉ怖い怖い、まあそんな怒らんといてや」
そう言ってノロは、クランの前から去っていった。
「『希代の魔術師』か……」
一人取り残されたクランは、そう呟くとゆっくりとその場から動き出したのだった。
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この学校の設備を一通り見て回るには丸一日がかかってしまい、僕達は夜頃にようやく寮に戻ることができた。
「疲れたわね、でも楽しかったわ」
ソフィア様が伸びをしながら言う。
「僕もです……色々面白かったですし疲れましたね」
「今日は早く寝ましょ、明日は採寸があるから忘れないでね」
ソフィア様はそう言って自分の寝室に入っていく。僕はその後ろ姿を見送りながら、自分の部屋に入った。そしてベットに横になる。
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翌日、制服の採寸が予定通り行われた。魔法学園というだけあって、制服には実に手の込んだ術式が施されているらしい。
「この制服は、着る人の体型に自動で合わせて調整されるんですよ。それに、外の温度に応じて生地が適温になるよう設定されています」
採寸係の説明に、僕はただ驚くばかりだった。確かに、これが魔法学園というものなのだろう。
手渡された制服は、見た目には普通の生地だが、触れるとどこか柔らかく、温かいような感触がした。僕は制服を受け取ると、そのままソフィア様のもとへと向かう。
「採寸終わりましたよ、ソフィア様」
だけど、ソフィア様は誰かと話しているようだった。
「あれ、クラン様じゃない!?」
「本当?あの実力者集まるこの学校で入学当初からトップにいるクラン様?」
軍服のようなシックな制服に身を包んだ女性――クラン。まっすぐな黒髪が背中まで流れ、涼やかな瞳が鋭く周囲を見渡していた。
彼女は群がる生徒たちの声援にも関心を示さず、ただ無言で立っている。
「お前かアーネスト家の令嬢、『希代の魔術師』は」
その眼の威圧感にも押されずソフィア様は答える。
「ええ、そういう貴方は……名家ノトヴァース家の令嬢、クラン様では?」
ソフィア様も引けを取らず、堂々と応じる。二人の間に流れる空気は、まるで火花を散らしているかのようだった。
「『希代の魔術師』……お前は果たして、その通り名に見合うだけの力を持っているのか」
クランさんの言葉には、静かながらも強い威圧感が込められていた。僕は思わず後ずさりそうになり、慌てて踏みとどまる。
「ええ、貴方をも超えて私がこの学園の一番になります」
ソフィア様は胸を張り、その威圧感に負けじと毅然と言い放った。その瞳には、確固たる自信と決意が宿っている。
「……ふん。名ばかりではなさそうだ」
クランさんは興味を示したような目を一瞬だけ向けると、無言でくるりと背を向け、その場を離れていった。
彼女が歩き去る後ろ姿は、まるで圧倒的な存在感そのものだった。残された空気には、二人の対峙が生み出した張り詰めた緊張が未だに漂っている。
「ソフィア様、大丈夫でしたか?」
僕が声をかけると、ソフィア様は少し驚いた様子で僕を見た。
「ええ、大丈夫よ。でも、確かに強いわね、彼女は」
ソフィア様はそう言って、クランさんが去っていった方向を見つめる。
それから何事も無く毎日が過ぎて行った。
寮の生活にも慣れ始めて、ついに明日が入学式だ。




