狂った日常
海辺の小さな町。良くある寂れた高齢者だらけの町。そんな町を悩ませている問題があった。5年ほど前から山科教と呼ばれる宗教の本部があり、500人程度の信者が7階建ての町で一番高いビルに住み着いている所である。
彼らは「遷都」をしたらしいが、人口3000人も満たない町としては乗っ取られるのでないかと不安で仕方がない。隣の村の山奥に以前からある彼らの研修場もあるので、近隣市町村の有志で対策委員会を作っては居るが高齢者ばかりなので派手な運動は出来ていない。住民との大きなトラブルもない為警察も大規模に動くことはなく、出来る限り穏便に過ごしたいようであった。
また中学卒業後高校に進学せず、隣町の研修場で修行という名の隔離をされている。このご時世高校に進学させない宗教の本部が町内に有ることは不快で町の中には山科教反対のステッカーや看板がチラホラと貼ってある。のどかな町とは不釣り合いだ。
その空気を教団側は察しているのか、いないのか分からないが義務教育中の小学生、中学生は学校に通うこととしている。
自分にとってはありがたいがもう中学3年生の4月。このままいくと外界との繋がりが全て無くなってしまう。
逃げ出そうにもここに母に連れて行かれる前に住んでいた東京からは車で何時間も揺られて辿り着いた場所だ。
付近の鉄道駅はとっくの昔に廃線になっており、路線バスの時刻表もスカスカの上大きな街に出るためには何回も乗り継ぎが必要な様だ。中学生が逃げ出すのはあまりにも難しい。
たまに勇気のある者が逃げ出すが、すぐに教団に見つかってしまう。その後大きなペナルティーがあるとも聞く。車がないと何も出来ない場所で持つものと持たざるものの差は大きすぎる。
こんな場所居たくないが、現実的に逃げ出す事は不可能であり。諦めることしか出来なかった。
唯一の外界との繋がりの学校と言っても安住の地ではない。
町唯一の中学校の一学年の生徒は10人程度でクラス替えもない上に担任もずっと変わらなかった。三年生は教団関係者3人と、無関係な8人で構成されている。
自分たちと教団関係者は無関係な彼らから蔑むような目線を向けられており、話すことなんてほぼない。生徒だけではなく、教師も同じだ。
それでも精神や肉体的ないじめには会っていないので恵まれている方だと思う。
教団関係者は熱心な信者で若い幹部候補生と言われる「佐々木勇」と小柄でいつも哀しそうな濁った目をしている「山田紗英」と自分「中村昴」だ。
教団関係者以外との交流はないが、佐々木と山田と親しいかと言われたらそれはノーと答える。
脱走したくても出来ない意気地なしからしたら佐々木のような熱心な信者と仲良くなれる訳が無いし、何時もどんよりとした異性の山田とも話しかけるのは難しい。
それでも教団と離れられる。それだけで学校は素晴らしかった。