9.『秘密の恋』part 27.
勇者ベアトゥス様は人間だから、もともと魔国に不信感があったのだろう。
魔国も勇者を信用していなかった。いろいろな制約で勇者をがんじがらめにした。
私だけが魔国との繋がりだったのだ。だから婚約破棄して、やっとすべてを捨てることができたのかもしれない。
追いかけてこなきゃ良かったのかなぁ……自分でもわからない。
ベアトゥス様のこと、好きで好きでたまらない……ってわけじゃないし、この人が運命の相手!! って気分でもない。
ただまあ、わりと気軽に喋れるかなって感じで、一緒にいてストレスは感じない程度の好きって気持ちだった。
その程度でも、政略結婚が普通の世界ならマシなほうかなと思っていた。
でも向こうはまた別の気持ちがあって、私はちゃんと期待に答えられていなかったようだ。
その点では、あんまり相性が良くないのかもね。
同じ時間にお腹が減ったり、ちょうど同じタイミングでイチャイチャしたくなったりするのが、どうやら相性いいってことらしい。
「はぁ……イチャイチャかぁ……」
私は、クッションに寝転がって手のひらを天井に伸ばして眺める。グンと頭のほうに引力を感じて、それから足のほうに重心が移っていった。今は大しけの状態で、外は大雨と荒波で揉みくちゃだ。帆船は大きな軋みを上げながら波に翻弄されていて、甲板は大騒ぎだ。
スコールっぽい土砂降りがはじまったときに、雨が入って来たらやだなーと思って、カゴ部屋に結界を張った。そのとき、何となく違和感を感じて、よく見るとヘス卿か誰かが既に別の結界を張っていることに気づいた。ふと嫌な予感がして、スマホ魔法を使おうとしたらできなかった。焦ってチョコ魔法を使ってみたらイケる。オレンジジュース魔法もイケた。よく考えてみたら、結界魔法はできてたんだよね……じゃ、まあいっか……
どうせ勇者様あたりが、ヘス卿に何かバラしたんだろ……
そんなわけで、外の大騒ぎをよそに、私は呑気に考え事をしているのだった。
風魔法のおかげで、カゴ部屋はクーラーのかかった室内のように涼しくてドライで快適だ。万が一マストが折れて倒れてきても、結界が守ってくれるだろう。最初からこうしておけば良かった。もしこの船が大破して海に投げ出されても、このカゴ部屋だけは浮く予定。
最悪の場合、チョコ魔法とオレンジジュース魔法で数週間はイケるんじゃないかな。
「でも漂流するのはちょっとなぁ……」
海水は防げるけど、揺れはあるから、ぶっちゃけちょっと気持ち悪い。現実世界では、船に乗る前から酔い止めとか飲んで、なんとか乗り切った。けど、この世界に酔い止め魔法はないし、薬もない。
このシケっぷりでは、船員さんたち船酔い大変だろうな。チラッと見ただけでも、3人ぐらいダメになっていた。さすがにヘス卿とか勇者様なんかは甲板に姿を見せないから、気持ち悪くなったりはしないらしい。
私は現実世界で車に乗るときは、歌っていれば気持ち悪くならなかった。さすがにバスとかでは歌わなかったけど、家族の車とかではめちゃめちゃ歌ってたわ……ここにはマーヤークさんも居ないし、歌うか。
「雨……雨の歌……あ!」
やっぱこの状況で歌うっつったら、アレだろ!
私は、兄弟の船が波の谷間に見えてる系の歌を熱唱した。
さすがにカラオケ魔法までは使わなかったけど、なかなかいい気分だ。
防音魔法なんかはまだできないけど、この嵐なら誰にも聞こえないだろう。
「あとは……海……海の歌……あ!」
やっぱ、海といえば、某若大将の海を独り占めにする系の歌だろ!
私は、サビしかわからないけど、適当に歌いたいフレーズだけを熱唱する。
「やめろ!!」
「おーきなーー♪ え?」
せっかく気分よく歌っていたのに、勇者様がドアを叩いて私の邪魔をした。
いくらワイルドな筋肉勇者でも、びしょ濡れは可哀想なので、とりあえずドアの結界を解除して部屋に入れてあげる。
その辺にあった高価そうな布で体を拭いてあげて、一応髪も拭いてあげようと思ったときに、船が大きく揺れて二人で倒れ込んでしまう。
倒れた先はクッションの寝床だったので、それほどダメージはない。物理的にはね。
「すまん、大丈夫か?」
「は、はいダイジョブデス……」
背中にベアトゥス様の腕を感じて、私はすごくドキドキしてしまう。肩にも手が置かれていることに時間差で気づいた。
……違う意味でもうダメです……
私は嫌われているわけじゃないってことで良い……?
起きあがろうとする勇者様の首に腕を回し、私は思い切って抱きついてみた。
「どうした?」
「私、やっぱり大丈夫じゃないです……」
「どこか打ったのか?」
「ヘスダーレン様に生命力を吸われちゃいました……」
「何?! それは本当か?!」
「ヘスダーレン様は悪魔なのでしょうか? ……そういえば、勇者様はどうしてこちらに?」
「あのジジイが頭を抱えて倒れたからだ。ちょうど王城の悪魔執事のようにな……そして、お前を見に行くように命令されたのだ」
王城でマーヤークさんに生命力を吸ってもらおうとしていたとき、ベアトゥス様は悪魔執事と戦って『歌』の効力を目にしていた。私の歌は、魔国の魔物達には効かない。そして、悪魔と天使にはかなり効く。ヘス卿はどう見ても天使ではない。したがって、ヘス卿は悪魔である。
……たぶん。
この推測を勇者様に伝えると、納得したんだかしてないんだか、ちょっと眉を顰めながらこう言った。
「そのことについては、まだ公表するな。あのジジイには俺から探りを入れる」
「契約があるのに、できるんですか?」
「悪魔と契約はしていない!! ……ああ、大声を出してすまんな。お前に怒ってはいない」
「大丈夫です。それよりお気をつけて」
「お前も気をつけろ。この部屋から出るなよ」
「わかりました」
うまく行くだろうか? わからないけど、やるしかない。
私たちは何気なく重ねた手を離せないまま、お互いを心配しあった。
ベアトゥス様がまともっぽくて嬉しい。
正直これだけで満足だ。
それに……『歌』が効く悪魔なら、私だって戦える。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
穏やかな海に戻ると、ヘス卿が甲板にやって来て、何やら船員さんたちに指示を出した。トビウオのノルトライン氏も、羽を器用に使いながらあっちこっち飛び回っている。
ヘス卿と一緒に船の上を歩くベアトゥス様は、あまりこっちを見てくれなかった。
いろいろとバレないように、私もあまり見ないようにして、その辺にあったクッションに顔を埋める。
落ち込んでる体で行ってみよう。
ヘスダーレン卿は、どうも私を警戒しているようで、なかなかカゴ部屋へは近寄らなかった。
そういえば、最初にあの能力を使っちゃったときも、マーヤークさんは血相を変えて私のとこに真っ直ぐ来たっけ。悪魔にはあの能力の発生源がわかるのだろうか?
「おい、見えてきたぞ!」
船員さんたちがザワザワしはじめたのにつられて水平線の彼方を眺めると、キラキラした海の向こうに陸地が見える。上陸か?
でもこういう大きな帆船って、沖に停泊してボートだけ出すんだよね、私は留守番かな……?
などと考えていると、ヘス卿が慇懃な態度でカゴ部屋にやってきた。私はドアの結界を解除して、立ち上がりながら恭しく礼をする。
「ヘスダーレン様」
「ここはずいぶん涼しいな、あんた一緒に来い、陸に上がらせてやる」
「よろしいのですか?」
「船上の旅はいいが、補給も必要だからな。2、3日ゆっくりしようではないか、なあ、ベアトゥスよ!」
ヘス卿は、機嫌よく勇者様の背中をたたき、おどけたように膝を曲げてベアトゥス様を見上げながら私に視線を送って微笑む。
……ははあ、このジジイ……勇者様を人質に取ってるってことが言いたいんだな? あの能力は使うなってか? あ? 上等だコノヤロウ。
私は営業スマイルで乗り切った。上陸したら覚えてろよクソが。
これが全盛期のヘスダーレンだとしたら、もうホント、マジ最低だよ。クソダーレンて呼ぶわ、もう。
本当はいい人かも知んないと思って優しくしてたが、分子レベルまで分解してやっかんな!




