9.『秘密の恋』part 25.
「なるほど、これは確かにすごいな」
ベッドの枕元でヘス卿が、ものすごく元気そうに自分の腕をいろんな方向に動かしている。
その身体中からは、うっすらと白っぽいオーラが漏れ出していて、湯気のようにゆらゆらと天井に登っていた。
私が咳き込むと「起きたか」といって抱き起こし、枕を腰に当てたり水を飲ませてくれたりして、意外と人道的な対応をする。
「心配するな、殺しはしない。ただもう少し俺の養分になってもらおう。その後であんたの婚約者に下げ渡してやる」
「いったい……どうするつもりなんですか……?」
「そう睨むな。私とあんたの仲だろう。狼藉をはたらいて済まなかったが、これでも結構あんたを気に入っているのだ」
「はあ、それはどうも……」
ヘス卿といい仲になったつもりは毛頭ないが、私も一応、任務のためにこいつをヨイショしまくってた自覚はある。勇者様も怒ってたし、誤解されるぐらいには成功していたようだ。
だからといって助かる保証はないわけだけど。まあ、できるだけ足掻いてやるつもりだし、最後まで諦める気はない。
しかし……こいつ本当にヘス卿なの?
私は、重い頭を何とか働かせながら考える。こうなりゃ脱出ゲームだ。ヘス卿はわざとなのか節穴なのか、私の悪魔執事連絡用ペンダントと勇者様の心のコア&婚約指輪ペンダントを畳んだ服と一緒に枕元に置いてくれている。こういうところにお育ちの良さが出るのでしょうか……?
ホント、まさか悪魔だとは全然見抜けなかったよ……
「気分は悪くないか? これから船出の準備なのだ。ファレリ帝国を近隣諸国に知らしめたいからな! もう少し休んだら出かけようではないか!」
ヘス卿は子供のようにはしゃいで、優しいのか暴君なのかわからないことを言っている。
船出……?
あ、さっき砂浜で王冠から出してた帆船か……
え、どこに行くって? 近隣諸国? それってどこ??
とにかく時間を稼がないと……
「申し訳ございません、まだ頭痛がして……」
「よいよい、寝ていろ。まだ時間はあるからな!」
「お気遣いいただき、ありがとうございます……」
私が毛布に潜り込んで横になると、ヘス卿はやっと部屋から出ていった。
しばらく待って、戻ってこないことを確認してから、私は動き出す。
とりあえず、マーヤークさんに来てもらおう。あの悪魔がいれば、外の警備兵には勝てるはず。勇者様がいたらヤバいけど、こっそり抜け出すことができれば何とかなるんじゃないかな。
私はペンダントを首にかけて、マーヤークさんにヘルプの念を送り続けた。しかし……
「何でこんなときに限って来てくれないのぉ……?」
これまでなら、ピンチのときはすぐ来てくれたのに、うんともすんとも言わない。
最悪の場合、身ひとつで帰還魔法って手はある。あるんだけど。それじゃ、ここまでの努力が無駄になっちゃうし、本当に最後の手段だ。まずは、勇者様を何とかして……あと、アイテールちゃんのためにポヴェーリアさんをどうにかしないと……
ヘス卿はまあ……最悪放置で。
あ、いや、待って?! 悪魔案件はマーヤークさんに丸投げでもいいんじゃないかな? だって悪魔だし。……それとも、魔国の王族って、悪魔みたいに生命力吸えるのか?
くっそ、もういい! もうペンダントに頼るのはヤメヤメ!
次の作戦を考えなくちゃ。切り替え切り替え。諦めるけど諦めない!
もうしばらくの間、従順なフリでヘス卿に付き合って、とにかく外に出よう。こんなところに閉じ込められてちゃ、いいアイデアも出ない。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「どうだ、海はいいだろう!」
「そうですね、海はいいです……」
ヘス卿に付いて外に出ると、ベアトゥス様とポヴェーリアさんが脇を固めてきて、とても逃げられる雰囲気ではなかった。二人の手を取って帰還魔法を発動……って方法も考えたけど、なんか後で取り返しのつかない落とし穴にハマりそうなので、もう少し様子を見る。
しっかし……魔国でも最強の部類に入る二人が、揃いもそろってヘスダーレン卿にやられちゃってるの、何で?
まあ、私だって外部から見たら従順になってるか……
じゃ……じゃあ、二人も演技? ……には見えないけど……
とりあえず、この大きな帆船は、ヘス卿が乗っていることもあって旗艦だろう。あのマストの天辺にはためいているウニョウニョした旗は、ヘス卿の旗なのかな?
腐っても魔国ですね。センス超グロいです。あれは何? ミミズ……? じゃないよね、イカ……? タコか? 黒いウニョウニョが立体的に動いている。魔法の旗なのだろうか?
甲板は意外と小綺麗に整頓されており、魔国から引き抜かれたであろう船員たちが忙しく立ち働いている。
魔国って海あったっけ……?
以前、たしかマーヤークさんが王都から誘拐される魔国民が増えているとか言ってた気がした。勇者様も王都にいたのにヘス卿に引き抜かれてたし、この船にいる船員さん達、海を知らない素人なのでは……? 大丈夫か、沈まなきゃいいけど……
「船室に行って休んでいるといい。ベアトゥスよ、彼女をお送りせよ」
ヘス卿に命令されるままに、勇者様が私の手を取った。部屋まで来てくれるのかな? 二人きりになったら話したいことがあるんだけど、完全に洗脳されてるんだとしたら、ヘス卿に報告されそう。どうしたら勇者様の状態を確認できるのだろうか?
甲板の上のカゴみたいな部屋にたどり着くと、ドアには外側に鍵がついていた。あー……ね……
「すまんが、しばらくここにいたほうが安全だ」
「え……?」
これは、まともってこと? 勇者様は洗脳されて……ない?
「ベアトゥス様、契約書は見つけました。それほど厳しい内容じゃなかったので、多少無理しても……」
「すまん、今は何も考えられんのだ。頭に靄がかかったようで、考えるのに疲れてしまった」
「え……」
「しばらく任務に集中したいのだ。ヘスダーレン卿なら信頼できる。このまま従っていれば問題ない」
「でも……!」
私の言葉は最後まで聞いてもらえず、そのままカゴ部屋に押し込められて鍵をかけられてしまう。
ドアの隙間から見えた勇者様の顔は、すっかり弱気で、無理な作り笑顔が苦しかった。
や、やっぱ目の前でヘス卿とキスしちゃったのが効いてる……? いつもなら激オコ案件だけど、今のベアトゥス様は、契約でヘス卿に逆らえないのだ。怒りの矛先が見つからなくてパンクしちゃったのかも。
勇者様は、直感的に正解にたどり着ける賢さは持ってるんだけど、深く物事を考えるのは苦手みたい。
だから後先考えずに行動して、メガラニカ王に馬鹿にされたりしていた。まあ、あの王は単純に性格が悪いんだけど。
先代の王に命令されたからって、国を守っていた地竜を殺してしまい、メガラニカは実質的に滅亡した。
いつも強いとこばっかり見てたから、弱点なんてないかと思ってたけど、ベアトゥス様ってよく考えたらすぐ駄目人間になるタイプだった。
以前はヤケクソ起こしてお酒飲んで引きこもって寝てたみたいだけど、今は自己肯定感上げるためにヘス卿の元で働こうとしているのかも。命令を遂行してれば、成功体験が積めるもんね。いや、それってアレか……先王の言うこと聞いて地竜倒すのと同じじゃないか?
だとしたら……いくらなんでも残念がすぎる。
どうにかしてベアトゥス様を変なスパイラルから脱却させなければ!
カゴの中で暇すぎる私は、勇者様救出作戦に集中することにした。




