9.『秘密の恋』part 24.
ハッと起きると、私はヘス卿の応接間でソファに寝かされていた。自分で寝たんじゃないと思う……毛布かかってるし。
あれから、ヘスダーレン卿も部屋に来て、何だかんだ言いながら結局カードゲームに興じてしまったのだった。
いつ寝たんだ? 全然記憶にない……
廊下に出て階段を降りると、昨日まではワイワイとたくさん人がいたはずなのに、何となくシンとしている。ヘス卿のお世話係みたいな人たちも居ないし、ベアトゥス様もポヴェーリアさんも居ない。
こっそり寝室を覗いてみたけど、ヘスダーレン卿も居なかった。
……これはアレですね。勇者様の契約書を探る、絶好のチャンスというやつではないでしょうか?!
念のため、監視されていることを想定してしばらく困ったふりをしながら、さりげなく部屋を彷徨ってヘス卿の机を探る。隠し引き出しっぽいものがないか探したけど、考えてみればそんな気の利いたものをマーヤークさんが用意するだろうか。この家も家具も、みんなあの悪魔執事が出した物なのだから、ヘス卿に有利な作りになっているわけがないのだ。
そう考えると、この鍵付き引き出しは、私にも開けられる可能性がある。
目の前の鍵穴に意識を集中して、私は「外れろ……鍵よ開け……オープン……えーと、開けゴマ!」と念じながら机の引き出しを引っ張った。
すると奇跡的に引き出しは開いて、その中に契約書の束が見つかる。
「あ、ちゃんと名前順に整理されてるんだ……さすが賢王様。ベ……ベ……ベ……これだ!」
勇者ベアトゥスと賢王ヘスダーレンの契約書を見つけ、内容を読む。念のためスマホで写真を撮って、王様に送信しておいた。契約書を盗んでも破っても意味はないため、また引き出しに戻して「鍵よかかれ」と念じてから開けようとすると、開かなくなっていた。本当に便利。
ふう、これで元通りかな……
契約書には、パッと見、命に関わるような記述は見られなかった。ごく普通の契約で、破った場合の違約金も普通の金額。たぶん勇者様も払えるはずだし、何なら私が建て替えてもいい。
「てことは……もうここに用はないか」
適当に毛布をたたんで部屋をきれいにし、私は外に出てみることにした。ガーデンヴィラの中には誰もいない。
闘技場のほうにも人の気配はなくて、軽く不安になりながら、私は島の奥のほうへと歩いて行った。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
このススキっぽい草をかき分けたら、絶対傷だらけになると思ったので、全身に結界をして正解だった。
それは草対策のつもりだったんだけど、草むらにはとんでもなく虫がいて、結界から二酸化炭素が漏れているのか、コツンコツンと小さい衝撃が何度もぶつかってくる。
「全然何も感じないけど、蚊がとんでもなくいる……うわ、たまに来る衝撃はコイツか!」
何で虫ってこっちに向かって飛んでくんの?! 探検気分でゆっくり行こうかと思ったけど、虫が嫌すぎてサクサク進んでしまった。あっという間に浜辺とは反対側の海に出ると、わりと断崖っぽい岩場になっていて、下のほうにちょっとだけ砂浜が見えた。入り組んだ海岸が突き出たり引っ込んだりしていて、何だか秘密基地みたいに感じる。
こんなに凹凸が多いってことは、青の洞窟みたいなとこもあんのかな?
……あの辺どう見ても洞窟っぽいけど、入れるのかな?
軽い気持ちで眺めていると、砂浜のあたりにヘス卿っぽい人影が出てきて、何かキラキラしたものを頭上に掲げた。
あれは……王冠?
遠くてよくわからないけど、盗まれたっていう噂の初代王冠ちゃんではないですか?!
ヘス卿が王冠に何か呪文を唱えると、王冠からモヤモヤが出て、海の上に帆船が出現した。あの王冠って……ガジェット生成魔道具なの? だとしたら……
「こんなところで何をしているんですか、ミドヴェルト様?」
「ヒェッ! ……ああ、なんだ、おどかさないでくださいよ……」
知った顔に安心した私の口元は、突然、手で塞がれた。あれ? どして??
「申し訳ございません……」
「んー! んんー!! んッ……」
私の記憶は、ここで途絶えた。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「はぁ?! だからなんでコイツがここに居るんだよ!!」
「ヘスダーレン陛下が娶られる妃候補だ、お前には関係ない」
「何だと?! あのジジイがそう言ったのか?!」
遠くで勇者様の声がする……
……あれ? 私ってどうしちゃったんだっけ?
確か、ポヴェーリアさんに捕まって……え、ポヴェーリアさん?!
一気に目が覚めてガバッと起きると、夜なのか、ランプの灯りに照らされた室内が目に入った。光の届かない場所は真っ暗なので、状況がよくつかめない。
意外にもふっかふかのベッドに寝かされていて、服も何やらゆったりしたドレスに着替えさせられている。
腕はレースでお洒落感がすごい。袖が長く中指で止められているタイプで、よく見ると私が着せられている服は寝巻きじゃなかった。
「そういえばさっき……」
うっすら聞こえた言葉の内容が不穏だったなぁ……確かヘス卿が娶る妃候補って……
「私のことか?!」
ベッドから飛び起きてドアに駆け寄ると、どうやら鍵が閉まっているようなので、私は全力で扉にぶつかって叫んだ。
「ベアトゥス様! 私はここです! 開けてください!!」
勢い余ってドアが開くと、外に見えたのは建物の廊下ではなく真っ暗な洞窟の岩壁で、鍾乳洞のように水の滴る音がしていた。
そこには見張り番の兵隊っぽい槍持ちと、勇者様がいる。
「ミドヴェルト! 大丈夫か?!」
「わかりません、何がなんだか……!」
「騒がしいな、どうしたのだ?」
室内から声がして、急に後ろから腕が回る。
え、ちょ……触るか触らないかの微妙なところで胸に手が来てるんですけど?!
この人、痴漢です!!!
ゾッとして勇者様に目で助けを求めると、筋肉勇者は怒ったような表情で言った。
「ヘスダーレン様、これはどういうことでしょうか?」
「安心するがよい、お前のためなのだ。ここでしばらく彼女を保護するには、建前上、私と婚姻の儀を行なっておいたほうが良い」
「なるほど……さすがのご慧眼。ご配慮いただき光栄です」
え? いや、納得すんなよ!! っていうか、ジジイ呼びはどこいった?!
まさか、これが契約の拘束力なの……?
必死で首を横に振ってるけど、私の思いは通じないらしく、勇者様は怖い目で睨んでくるだけだった。
え? ちょ、ま……殺気がやべえ!! 私は浮気してませんからね!!
「ミドヴェルトも良いか? ほんの少しの辛抱だ。すべて私に任せなさい」
思わず斜め後ろを見上げると、20〜30代くらいに若返ったヘス卿が、慈母の如くに微笑んでいた。
キメえんだよ、ジジイてめえ……!
と、思った瞬間、顎を固定されてキスされる。
ゾワッとしたけど、これって……
確か……西の森の特訓で悪魔執事にセクハラされたときの感覚がこんなんじゃなかったっけ?
たぶん今、生命力吸われてる……
こいつ……悪魔……だ……




