9.『秘密の恋』part 23.
ヘス卿の待つガーデンヴィラに行くと、ファレリ帝国民の皆さんが、何やら大きな獲物を解体していた。ちょっとした山みたいな大きさの……何だろう?
「な、なんですか? あれ……」
「ありゃ今日倒した山鯨ってヤツだ。美味いらしい」
「はあ……」
ベアトゥス様は、親指で背後を差しながら、何でもないように説明してくれる。勇者様からしたらどうってことない獲物かもしれないけど、普通こんなのと戦うのは命懸けだろう。その証拠に、ちらほら怪我をしているファレリ民が目に入る。
「こっちだ。お前の従者も狩りに役立ったぞ」
「それは良かったです」
そういえばヘス卿が、山の主だか森の主を狩るって言ってたわ……
あ、これマジで狩っちゃったのね……
山鯨は4分の1が解体されて、何となくマグロっぽい。
「ミドヴェルト様、お待ちしておりました」
「ポヴェーリアさん、お手柄だったようですね」
レベルアップしたのだろうか? 何となく雰囲気が変わったような気がするけど、一応出迎えてくれたポヴェーリアさんは、あんまりこっちを見ようとしない。まあ、この麗人さんはあくまで妖精王女のアイテールちゃんに仕える僕だから、私には最低限の義務で付き合ってくれてるのである。細かいことを気にしてはいけないだろう。
勇者様が誰かに呼ばれてその場を去ると、ポヴェーリアさんは、そのままの体勢でボソッと私に呟いた。
「申し訳ございません。森の主は、魔国から正式に派遣されていた代官のセナイレン・ロージ様でした。止めることができず、私が介錯をする結果になってしまい……」
「え?! ……それって魔国の文官さんってことですか?」
「おそらくそうでしょう。私に遺言を託されましたので、王城にご報告いただけますでしょうか?」
「は、はい。どのような……」
「『カッちゃん、お父ちゃんはお家に帰れないけども、お母ちゃんのいうことをよく聞いて、嫌いなものもちゃんと食べるんですよ。ミッちゃんにも優しくしてね。アギーすまない、愛してる』……とのことです」
「グハッ……!」
ちょっと待って?! 私、これからお父ちゃんを食べなきゃいけないんですけど?!!
まあ……牛だって豚だって鳥だって魚だって家族はいるだろうし、弱肉強食の世界ですけどぉ……
魔物って勝手にひとりで生まれるとか聞いてたんだけど、わりと家族形成してる種族もいるんだよね……
しかも魔国の代官の仕事できるくらいに知能が高い魔物さんだったのね……
でもイノシシって絶妙に食べ物感あるよなぁ……
いや、待って? ベヘモト騎士団でご一緒したことあるイノシシ系の騎士さんいたなぁ……でもあの人は、大きさとか二足歩行感とか諸々が亜人系だったし……こんなイノシシ感丸出しじゃなかったし……いや、そういう問題か?? お父ちゃん、もう4分の1無くなってるんですよ!!
「……大丈夫ですか? ミドヴェルト様」
「え……あ、ずびばでん……」
感情グチャグチャでうっかり号泣してしまったが、遺言はしっかりメモした。私はその場でスマホ魔法を使いメッセージを送る。王様には、代官セナイレン・ロージの2階級特進と遺族年金の厚遇を進言した。あるのか? 魔国に遺族年金……まあ、あると信じよう。
「ヘスダーレン卿は、かなりの強さでした。魔法攻撃と剣戟を巧みに使い分けており、周囲の者たちに声をかけ、的確なアドバイスをしていつも以上の力を発揮させていたようです」
「さ、さすがですね……」
王様からは、速攻でメッセージが返ってきた。ファレリ島に魔国の保護がなくなったという情報だけは、契約魔法の消滅かなんかで向こうに伝わっていて、今上層部はてんやわんやの大騒ぎな感じになっているらしい。てんやわんやって……なんか相変わらず他人事だよなぁ、この王様……
でも取りあえず、代官さんのご遺族には手厚い補償がされるようだ。
私はといえば、もう諦めて供養のつもりで代官さんを食べる覚悟はできている。人型だったら無理だけど、大きいイノシシだから、どうしても食べ物に見えてしまうし……号泣しちゃったけど何となく余裕だ。私は人非人なのかもしれないけど、まあ調理されてれば食べられる気がする。
そんな感じで、私は何事もなかったようにヘス卿の夕食会に参加した。
今回は、普通に広間でテーブルについてコース料理な感じだった。メインディッシュは、野趣あふれるステーキで、すごく美味しかったです!
「どうしたんだね? 大丈夫か、あんた」
「ずびばでん……おッ美味しすぎてッ感動……しちゃってッ!」
「それならいいが……」
平常心でイケると思ったが、美味しいと感じたら、ついお父ちゃん頑張ったなぁと思って泣いちゃった。
ナプキンでめちゃめちゃ鼻かんでしまったが、ヘス卿はそれ以上追求してこなかった。
「ところで、お前たちの結婚について考えたんだが……」
「チッ、しつけぇな、まだそんなこといってんのかよ!」
勇者様が、お父ちゃんを大口でむしゃむしゃ噛みながら答える。いや、決してクチャラーではないんだけど……もうなんか……つらい……
お父ちゃんも結婚したときは幸せだったろうなぁ……子供も生まれて嬉しかったろうなぁ……単身赴任で仕事頑張ってたのかもなぁ……ああもうダメだぁ……
「うぅ……ずびばでん……ちょっとッ……今は何もッ……考えられなくでッ!」
「どうした、具合悪いのか?」
「あんた、ちょっと休んだほうがいい。ポヴェーリア君、彼女を私の部屋で休ませなさい」
「わかりました」
デザートが来る前に私の涙が止まらなくなってしまったので、勇者様との打ち合わせ通りに会話できなかった。まあ、結果的にはヘス卿の提案をかわすことができたので良しとしよう。問題はこっからだよね!
ポヴェーリアさんに支えられて階段を上りながら、私はうまく泣き止めない自分に嫌気が差す。
「ず、ずびばでん、ポヴェーリアさん……」
「いえ……私がもう少し問題をうまく処理できていれば、ミドヴェルト様にご負担をかけずに済んだのでしょう。謝るのはこちらのほうです」
「うぅ……でも……」
「とりあえずこちらにお座りください。何かお持ちしましょうか?」
「じゃあ、お水をお願いします」
お水をいただいてしばらく部屋で休んでいると、ポヴェーリアさんと入れ違いに、勇者様がデザートを持って様子を見にきてくれた。
「大丈夫か?」
「あ、すみません、もう落ち着きました」
「食えるか?」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
もしかしたらこのデザート……ベアトゥス様の新作?!
「ん! 美味しい!」
森のどこかで見つけたのか、それともキッチンに材料が補充されていたのか、夏っぽい透明なゼリーに色とりどりのフルーツが入っている。甘酸っぱくてビタミンたっぷりな味がした。グラスに入って見た目も可愛いし、ホント何なの、この筋肉勇者のセンス。
喜んで食べ進めていると、急にベアトゥス様からの視線に気づいて、何だか私は気まずくなってしまった。
「す、すみません。なんか大口開けてるとこ見せちゃって……」
「いや、お前が元気ならそれでいいんだが、事情を教えてもらえるか?」
私は、先ほど食べた山鯨の肉が、魔国の代官を務めていた名のある魔物だったことを話した。勇者様は、わりと耐性があるのか普通の顔で聞いていたが、流れで代官さんの遺言を聞かせると眉を顰めた。
「なるほどな……お前はいつも飄々としているように見えるが、意外と優しいところもあるのだな」
「意外っていうのは余計じゃないでしょうか?」
「まあ、怒るな。しかし……そうとは知らず悪いことをしたな。あの麗人を鍛えるということで、俺は狩りにはあまり関わっていなかったが、確かに倒れるときの山鯨は何か言っていたようだった」
「そういえば、ヘスダーレン様がかなり強かったと聞いたのですが、ベアトゥス様ってヘスダーレン様に勝てそうですか?」
「は? 何で俺があのジジイと戦うんだよ? 俺はアイツを守る側で…………?」
最後のほうは、勇者様も違和感に気づいたようで、困惑しながら口を押さえる。
そう、契約によって、勇者様はヘス卿と戦えないのだ。魔国では暴れない、魔国民に危害を加えない、という契約もまだ有効なはずだけど、今はヘス卿の命令のほうが強い可能性がある。チュレア女公爵様とも戦ってたし。
やっぱり、ヘス卿が勇者様と結んだ契約書を、早く見つけなければいけない。




