9.『秘密の恋』part 22.
水上コテージの部屋に戻って寝たのは、なんだかんだで昼過ぎのことだった。
一応、怪しまれないようにポヴェーリアさんをヘスダーレン様のところに送り出して、念のためどんな契約にも応じないように言い含める。
中間報告として、スマホ魔法で王様に電話して、ヘス卿と勇者様たちが元気にしてることを伝えた。
さてっと……
ヘス卿は、魔国の叛乱者をどうやって集めたのだろう。王族という立場とカリスマ性だけで人が集まった? いや、そんなもので強大な魔国を敵に回す覚悟ができるわけない。迷える者の前に現れる能力がもしあるなら、それを使って一人ひとり仲間にしていったのではないか。
話してみればいい人だし、ヘス卿を信用してしまう人は多いだろう。私もいまだに悪い人ではないと感じているし。
それに、ヘスダーレン卿自体に悪気がないんだと思う。
計算じゃなくて、直感的にアドバイスとかしてくれるから、みんな素直にヘス卿の言うことを聞いてしまうんじゃないかな。
その能力を利用しようとしている存在って何だろう?
ベッドに寝転んで、うつらうつら寝入りしなに考え事をしていると、急に部屋の中で声がした。
「お困りでしょうか?」
「うわぁ!!」
焦ってバタついていると、ベッドサイドに悪魔執事のマーヤークさんがいる。なんで??
「あれ? え? お呼びしましたっけ???」
「こちら、統率者たるロワよりの資料です」
あ、そゆこと……
王様がなんか送りたくて、この悪魔を使わしてくれたようだ。書類程度なら画像で送ってくれればいいものを……と思ってしまったけど、あのおじさん達が最新機器を使いこなせないのは仕方ない。だって、現実世界でもうちのお父さんとか使いこなせてないし。今度スマホ講座でも開こう。
などと考えていると、マーヤークさんは何か言いたそうに、私が資料に目を通しているのを見ている。
「……何です? もしかしてマーヤークさん、賢王ヘスダーレンにも関係があったりするんじゃないでしょうね?」
「チュレア様がいるところでは申し上げにくかったのですが……」
珍しく、悪魔執事がしおらしくなっている。そういえば、チュレア様抑え役としてすぐ王城に帰らなきゃいけないのでは? 何か情報があるなら、可及的速やかにさっさと言ってくれ! ヘイカモン!!
「チュレア様と王子殿下は、以前婚約されていたのです」
「は?!」
悪魔執事の話によると、チュレア女公爵様は、その魔力量の多さを買われてフワフワちゃんの許嫁になっていたらしい。ヘス卿の話を聞いた後だと、さもありなんという感じだが、いやーエグいですね……
だけど王族の儀式でウェスパシアの祭壇の秘密を知ったフワフワちゃんが全力拒否して、なんかすごいスピードで暴れ回った挙句、どっかに消えてしまったらしい。その後、魔国の沢でさまよっていた私と出会ったということになる。なるほど、そういう繋がりね……
「そうでしたか。いろいろと腑に落ちました。ところで王子殿下はお元気ですか?」
「本日は騎士団での訓練に参加した後、ご公務で統率者たるロワと一緒にお出かけになっていらっしゃいます」
「そうですか、お手数をおかけしますが、こちらのチョコを王子殿下にお届けください。こちらは執事さんの分です」
「ありがとうございます。ではまた」
用事が済んだ悪魔執事は、ジニーエフェクトのように、私の首にかかったペンダントへと吸い込まれていった。
なんか、ニヤニヤしてたな……
あの悪魔、私に何をさせたいんだ?
まあ、警戒してもしょうがないので、なるようにしかならんと割り切るしかない。
改めてベッドに寝転んで目を閉じると、眠いのに色々なことを考えてしまう。
婚約破棄って、フワフワちゃんがしたのかな?
王族は、みんな自由自在に婚約とか結婚の契約を結んだり破棄したりできるのかな?
フワフワちゃんて……ああ見えていろいろと大変なのね……
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
起きると外は夕方になっていた。
ちょうどベッドで体を起こしたタイミングで、ドアがノックされる。
「はい! どうぞ」
「起きたのか? 今日も夕飯に誘いに来たぞ」
「あーベアトゥス様、ちょっとお待ちください」
ささっと服を着替えて、髪を手櫛で整えてから、私はコテージのドアを開ける。
「お入りになります? ちょうどお茶にしようと思ってたんですよ」
「あ、お、おう……じゃあ失礼する」
勇者様は身を縮めてドアをくぐると、ベッドに背を向けてソファにチマッと座った。
私は、お茶を蒸らしている間にベッドメイキングを済ませ、ふと思いついて言った。
「その椅子が小さすぎるなら、こちらのベッドでお寛ぎになりますか?」
「お前、俺を誘ってるのか?」
おっと……そうなるのか……
私は何となく、でっかいソファ的な使い方を想定して言ってみただけなんだけど、勇者様はそのままベッド的な使い方を想定してしまったようだ。
「じゃあ、そのまま座っててください」
「おう……」
二人でお茶を飲むなんて久しぶりかも。
私は、今のうちに勇者様と話をつけておかなければいけないと思って、テーブルに資料を並べた。
「なんだ? 仕事中なら俺は帰るが……」
「あ、申し訳ございません。王様から、私たちが再度婚約することを認める契約書が送られてきたので、もしよろしければベアトゥス様のサインをいただきたいと思いまして」
「お前、さっき簡単に契約するなって言ってなかったか?」
「あ、それ良くないですよ。騙されやすい人って、敵にやられたからって、すぐ味方を疑うんだから……敵を疑って、味方を信じなきゃダメでしょ?」
「そうか、すまん」
「別に、サインするのは今すぐじゃなくてもいいですよ。ただ、契約の力が命綱になるかもしれないと思っただけなので」
私が勇者様と婚約を続けたいのは確かだけど、それ以上にヘス卿と勇者様の契約がどうなってるのかわからない限り、こっちも契約で対抗したいってのはある。でもデリケートな問題だし、強引に事務手続きをしてベアトゥス様に引かれるのもアレなので、なんとなくユルい雰囲気を醸し出しておいた。
書類をしまおうとすると、勇者様が「待て」と私の手を止める。
「ここまで巻き込んでしまったら、どっちみち同じだ。サインするから寄越せ」
「え……いいんですか?」
「あんな話を聞いちまったら、危なくてお前を手放せねぇだろ」
勇者様の言う『あんな話』というのは、ウェスパシアの祭壇のことだろう。私を守ってくれるつもりみたいで、ちょっと嬉しい。フワフワちゃんはチュレア様との婚約を拒否してたらしいし、アイテールちゃんのことも、あれは嫌で逃げてたんじゃなくて犠牲にしないために拒否ってたんだと今ではわかる。だからたぶん私を生贄にはしないと思うけど……余計なこと言って、せっかくのサインが無しになるのも嫌なので、私はなんとなく黙り込んだ。
ベアトゥス様が契約書にサインをすると、紙が光り出して、なんか小さい魔法陣みたいな模様が浮かんでホワンと消える。
「これでいいのか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「あのジジイ、俺たちを結婚させようとしてくるぞ。どう対処するつもりだ?」
「あ、それなんですけど……」
私は、さっき王様から聞いた話を、そのまま勇者様に伝える。
ベアトゥス様は、難しい顔をしながら頷いた。
「なるほどな……まあ、この状況ではソレしかないだろう」




