9.『秘密の恋』part 21.
「勇者ならば勇者らしくあれ。戦いこそがお前の求める生き方であろう。それ以外にどのような使命があるというのだ」
「うるせえな、気が散るだろ!」
結局、深夜までカードゲームは白熱し、ガーデンヴィラでの夜はフツーに朝を迎えた……
ヘス卿は大勝ちして、勇者様は1日中草刈りをする羽目になり、私は早朝に御前を拝辞して浜辺の散歩がてらひんやりした空気を思いっきり吸い込む。
空はもう白々と明けていて、ピンク色の雲がすごくきれいだ。
砂の踏み心地も楽しくて、靴に砂が入ったタイミングで裸足になってみた。何かとんがった物を踏んだら大変なので、足の裏に物理防御結界をほどこす。
「おい待て、送る」
少し歩くと、ヘス卿に言われたのか、ベアトゥス様が追いついてきた。
このワイルド筋肉勇者は、そんなことするタイプじゃない。ヘス卿はお育ちもいいっぽいし、女性の扱いとかもきっちり学んでそう。つまり、そういうことね……完全に理解した。脳内ピタ◯ラスイッチが繋がってしまい、私は少し意地悪な気持ちになっていた。
「無理しなくて良いですよ。私たち、もう婚約関係にありませんから」
「悪かった……そのほうがお前に災いが降りかからないと思ったのだ」
勇者様が意外に素直なので、なぜかもっとイジメたくなってしまう。私はサディストなのか? そんなつもりは無かったけど。でも、気になってることを流そうと思っても流しきれないなら、この機会にスッキリさせてもらおう、そうしよう。
「エンヘドゥアンナさんに聞きましたよ」
「……!」
「どーせワタシは色気も無いし、お淑やかでも無いし、女子力も低いし……」
「……すまない」
否定しねーのかよ!! まあ、事実ですけどね……ははは。
「そこは……嘘でも否定してくださいよ……」
「そ、そうだったな、悪い」
正直もう仲直りしたいんだけど、どうしたらいいかわからない。私は勇者様に振り回されてると思ってるけど、私も勇者様を無理やり魔国に連れてきたり、まあ……意図せず心のコアを抜き取ってしまったりしたのだ。それに、妹さんをホムンクルスとして復活させてしまったし……いやそれは、厳密には私の所業じゃないんですけど。まあとにかく、お互い様だ。
ベアトゥス様の失踪前なら、もう少し気楽に抱きついてみたりできたはずなんだけど、一旦拒否られたショックが結構長引いてるっていうか……臆病になってしまった気がする。
「なんでアンナさんに抱きついちゃったんですか? 私のことは……もうお嫌いですか?」
「いや違う、そういうわけではない!」
ふと『元彼との関係を再構築するには?』などというネット記事のタイトルが脳内に浮かぶ。現実世界では、いろいろ悩んでよく恋愛系の情報サイトだとか、誰かの経験談を読み漁っていたものだ。ベアトゥス様が目を逸らすのをぼんやり眺めながら、私は冷却期間が足りてないなぁという気がしていた。
何となくお互いに引かれ合ってるし、脈はあると思うんだけど、あと一歩のところで自信がなくて動けなくなってしまう。それって心の整理ができていないってことだよね。迷いを抱えたまま進むのって難しい。もっとよく考えたいというか……納得したいし、強くなりたい。
相手に心を預けるっていうのは、無防備になって、深く傷つけられてしまう可能性が高まるってことだ。敵に裏切られるのと、信じていた味方に裏切られるのでは、心に負う傷の深さや大きさは段違いだろう。だから心が開けない、いや、開かないのが常識だと思う。相手のせいにしないために、自分の心は自分で守らなければ。それが大人ってもんだろう。……と思う。
まずはベアトゥス様がどうしたいかを聞いて、私は自分がどう行動すべきか考えたい。
「このまま、ヘスダーレン様の元に留まるおつもりですか?」
「あのジジイには俺が必要だからな……」
どういう意味だろう?
ヘス卿から頼りにされているような雰囲気は感じるけど、そこまでの関係なの?
「わ、私にもベアトゥス様は必要です!」
「……!」
何となくヘス卿に張り合ってしまったが、冷静に考えると私のライバルはあのおじさんなのだ。ヘス卿が何を考えているのかはわからないけど、今私たちは三角関係になってしまっている。私がヘス卿に意識を向けるのは、潜入捜査的な意味があるんだけど、やきもち焼きな勇者様は恋心があると勘違いしてるのかもしれない。
とりあえず、余計な誤解はできるだけ解いておきたい。
「私は、ヘスダーレン様からベアトゥス様をお返しいただくためにここに残ったんです!」
あれ? これだとちょっとアレかな……? 勇者様が物扱いになっちゃうか?
「えーと……だからその……まずはヘスダーレン様のお考えと、ベアトゥス様のご意向を確認してからですね……」
いや、ここはヘス卿って関係なくない? 私と勇者様の問題じゃない?
「えー……つまり、私たち二人の関係を……」
「ミドヴェルト、俺はお前が何を考えているのかわからん」
「え? あ、すみません……言葉を簡潔にまとめられず」
「いや、そうではない。お前を見ると、心が乱れて集中できなくなるのだ」
それって……ドキドキしちゃうってこと? だったら私も同じなんですけど。
「なら一緒に……」
「だから、俺は修行の必要を感じた!」
「……は?」
「そんな時にあのジジイと出会ったのだ」
ベアトゥス様のちょっと感情的な単語を交えたお話によると、自分の判断力が落ちていると感じた(?)勇者様は、試しに私にそっくりな外見のエンヘドゥアンナさんにうまく接することができるかチャレンジしてみたらしい。いやチャレンジすんな!
そんでもって、冷静に行動できたので大丈夫かと思ったけど、私にハグを迫られた途端、混乱して逃げ出してしまったらしい。どゆこと?
ヘスダーレン様には、期間限定で弟子入りしているらしく、たまに用事を言いつかって代わりにこなしてるんだとか。
まあ……大体はわかったけど……え、でも、それじゃ南の湿地を水没させたのはなぜ? ヘス卿の命令は断れないの??
というか、迷ったときに都合よく現れるっておかしくない?
「ヘスダーレン様のほうからベアトゥス様に会いに来たんですか? あのおじいちゃんのお姿で? 魔国の王都に??」
「そう言われるとそうだな。食材の買い出しの帰り、魔車に轢かれそうになってるジジイが居たので、背負ってやったのだ」
そんな子泣き爺みたいな導入?!
このお人よしな勇者様は、まあ強いからしょうがないんだけど、ご自分に対しては警戒心ゼロなんだよなぁ……
どんなトラブルに巻き込まれても死にゃあしないっていう安心感が、勇者様に隙を作ってるんじゃないかな?
「ベアトゥス様、もしかして何か光る契約書にサインとかしませんでした?」
「……光る? ああ、アレか?」
どうやらこの筋肉勇者は、ヘスダーレン卿と何か契約を交わしてしまったらしい。自分で賢王ヘスダーレンとか名乗るだけあって、ヘス卿はそこら辺しっかりしてるみたい。やっぱ侮れねえな……
ということは、もちろん違約金とか、何かペナルティも盛り込まれているに違いない。以前マーヤークさんと契約したとき、どういう仕組みかわかんないけど違約金きっちり貰えたから、勇者様も勝手に連れ帰ったら違約金が発生するかもしれない。いや、違約金ならまだいいけど、ファレリ帝国を裏切ったら命をとられるなんてことになったらヤバい。
ヘス卿の雰囲気からすると、そんな過酷なペナルティは課してなさそうだけど、正確なところがわからないと身動きは取れないだろう。まずは、契約書を探し出して、何が書いてあるかチェックしないといけない。
「ベアトゥス様……いいですか? 魔国は高度な契約社会なのです。一度契約を交わしてしまえば、謎の力が働いて裏切りには必ず報いがやってきます。ヘスダーレン様と一体どのような契約を交わしたか、ご記憶されている分だけでもお教えください」
私のマジな顔を見て、やっと勇者様も事の深刻さを理解してくれたようだ。
朝の砂浜は、あっという間に明るい陽射しに包まれて、ひんやり感はもうなくなっている。
それでも、やることが見えてきたってことに関しては、ちょっと嬉しかった。




