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9.『秘密の恋』part 19.

「おはようございます、だいぶご回復されたようですね、ヘスダーレン様!」


「そうか? あんたに言われるとそんな気もしてくるな」


「いやいや、以前とはだいぶ見違えましたよ!」



 チョコレートを摂取して3日目。ヘス卿は、今日も浜辺に散歩に来てくれる。正直、ヘス卿の回復速度は異常だ。今日はもう、ほとんど30〜40代くらいの壮年期といってもいいくらいに見える。あんなにちっちゃいお爺ちゃんだったのに、今や勇者様と同じくらいの背丈になっているんじゃないかな。私は水上コテージに泊まってるけど、何か心配されているんだろうか? なんで毎日来るんだ?


 ポヴェーリアさんは、お向かいのアイテールちゃん用の部屋を使っている。正直、まだレベルアップ作戦は進んでいない。話題に困ったのもあって、私はひとつヘス卿に相談してみることにした。



「ヘスダーレン様は……とても古い時代の方だと聞いておりますが、ホリーブレ洞窟のことはご存知ですか?」


「ふむ、あんたの付き人のことかね? いつ明かされるのかと思っていた」


「え、麗人のこともご存知なのですか?」


「まあ、戦ったことはある。成り行きでな」


「戦った?!」



 過去の魔国って……というか、ヘス卿が戦闘狂だったのかな? このまま彼を若返らせていいのか、今さらながら悩んでしまうが、とにかく今さらだ。



「あ、その……ホリーブレ洞窟の精霊には、気軽に触れてはいけないといわれていたので……驚きました」


「それで、何が聞きたい?」



 いかにも良い人そうな笑顔で質問を催促するヘス卿に、私は思い切って頼ってみることにした。



()()()()()()()()()()って、わかりますか?」





☆・・・☆・(★)・☆・・・☆





 まあ、想定内だったよね。


 ヘス卿は、ガーデンヴィラの前の森を切り開いて広い空き地を作った。重力魔法なのか、四角いオレンジ色の立方体で盛大に森を押しつぶし、ちょうど手合わせできそうなツルツルの硬くて四角い場所を作り出す。圧縮された部分はまるで大理石か御影石のようだ。じっくり探したら、葉っぱとか虫の化石が見つかるかも知れない。


 そこに勇者様が呼び出され、ポヴェーリアさんと対峙することになった。



「まずは実戦を重ねることが成長への第一歩だ」



 ヘスダーレン卿に命じられた勇者様は、仏頂面で舞台上に立っている。ポヴェーリアさんは少し緊張したような面持ちで、手袋をはめ直していた。



「あの……素手で手合わせするんですか?」



 私が聞くと、ヘス卿は黙って見ていろとばかりに笑顔でウインクを返した。ポヴェーリアさんの得意な武器は剣だ。アイテールちゃんと訓練しているときは、いつも剣でやり合っていた。まあ、どんな状況でも戦わなきゃいけないってのはわかるけど、殴り合いでもするっての? そんなん、完全に勇者様が勝って終わるじゃん!!


 組み手で力比べするにしても、体格差で勇者様の圧勝だろう。そもそも論として、精霊女王のベリル様と互角に戦えてしまうベアトゥス様と、大精霊様の部下として働く麗人さんでは、純粋に階級が違いすぎるだろう。ボクシングなら、ヘビー級とフェザー級ぐらいの差があるんじゃないか?


 と思っていたけど、ヘス卿の合図で戦い始めた二人は、意外にもいい感じで一進一退攻防を繰り広げている。


 筋肉勇者は本気を出していないのか? 何か柔道みたいな、お互いにぶつかり合ってはすぐ離れて距離を取るって行動が続いてる。この異世界では、これが種族に関係なく共通した戦い方なのだろうか?



「魔法や物理防御があると、普通に殴っても意味はないからな。まずは防御を突破する方法を身に付けねばならぬ」


「はあ……そうなんですね……」



 突破なんてできるもんなの?


 よくわかんないけど、もしポヴェーリアさんが勇者様の防御を突破しちゃったら、ベアトゥス様は怪我するんじゃない?


 そこら辺はどうなってるのかな??


 などと考えているうちに「そこまで!」とヘス卿が戦いを止めた。



「はあ……はあ……はあ……」


「…………もう帰っていいか?」



 ポヴェーリアさんはかなり消耗していて、今にも倒れそうになっていた。勇者様はといえば、不機嫌な視線を私に向けて、一刻も早くこの場を去りたいという雰囲気を隠しもしない。私、何かしたっけ……? もしかして、チョコあげたの忘れてたやつ、まだ怒ってんの??



「大丈夫ですか?」



 何となくムカついてしまい、勇者様をスルーしてポヴェーリアさんに駆け寄る。タオルを渡しながら、ベアトゥス様が発する不穏な空気を感じるが、残念、私は今あなたの婚約者じゃないんです。別にご機嫌を取る義務はないってワケよ。こうなりゃ意地だね。何でこっちばっかりビビってなきゃいけないのか。最悪の場合、心のコア握ってんのはこっちなんだぜ。暴力反対だもんね!



「何かつかめましたか?」



 ポヴェーリアさんに尋ねてみると、ガッカリしたように首を横に振っている。私がちょっと眉を(ひそ)めてヘス卿のほうを見ると、満面の笑みで(うなず)き返される。


 これでいいってこと……? 本当かなぁ……?



「今日はもう休んでくださいね、王女様の期待に応えるには、焦りは禁物です。ヘスダーレン様が成長のための試練を与えてくれますから」


「お気遣い……ありがとうございます」



 ポヴェーリアさんがアイテールちゃんと釣り合うほどに成長するには、ベリル様と互角の実力を持つ勇者様と実戦経験を積むに越したことはない。その理屈はわかるけど、これは実戦か? どっちかっていうと訓練のような……


 などと思っていると、ヘス卿が満足そうに言った。



「これなら森の主と戦えるな! 明日は朝からひと狩り行こう!」



 いいのか……!? 森の主なんて狩っちゃって……





☆・・・☆・(★)・☆・・・☆





 一旦、自分の水上コテージに戻った後、ヘス卿から夕食に招待されて私はまたガーデンヴィラに向かう。


 迎えにきたのはベアトゥス様だった。



「……何で怒ってるんですか?」


「別に怒っちゃいねえよ」



 海の上に伸びる桟橋を歩きながら、私は気まずさをどうにかしようとして勇者様に質問を投げかける。筋肉勇者が不機嫌なのは、私のせいなのか? 考えてみたら、私がここにきてから勇者様はずっとご機嫌斜めだ。チュレア女公爵様に、半ば強引にこのファレリ島に連れて来られたとはいえ、残ると決めたのは私なのであまり言い訳はできない。



「どうして……ヘスダーレン様にお仕えしているんですか?」


「どうしてか知りたいのか?」


「……秘密なら言わなくていいです」


「そうか」


「……やっぱり怒ってますよね?」

「怒ってねぇよ」



 食い気味に返事をするベアトゥス様は、何だかちょっと笑っている。


 私もこの会話遊びが楽しくなってきて、わざと無意味な言葉を勇者様にいくつか投げかけてみた。そんなことをしているうちに、ヘス卿の待つガーデンヴィラに着いてしまう。急に真面目な顔で振り返った勇者様が、私に忠告をした。



「お前の魔法に、あのジジイは目を付けてる。気をつけろよ」


「わかりました」



 今はまだ、何というかフレンドリーな感じだけど、ヘス卿は魔国に叛旗をひるがえす要注意人物なのだ。


 ベアトゥス様は何かヘス卿の裏の顔を知っているのかもしれない。


 私に教えてくれないのは、何か事情があるのだろう。監視されているとか、話すと呪われるとかかな? だとすると、さっきのアドバイスは、わりと危険行為なのでは?


 急に緊張してきたけど、あと4日くらいでヘス卿をどうにかできるのか?


 私の使命は、平和的にヘス卿とチュレア様の話し合いを成立させること。そして、ポヴェーリアさんをレベルアップさせて、勇者様を連れ帰る。


 よし、頑張るぞ!






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