3.『蛇男君の昇進試験』part 4.
「こんな大事なときに……僕はいっつも間が悪いんだ……」
落ち込む蛇男君を私の部屋に招き入れ、みんなでひとまず落ち着こうとお茶を出す。
人間の皆さんは魔物の脱皮に興味津々だが、かくいう私も脱皮した後の抜け殻が欲しいなぁ……なんて思ったりしている。迷信だとは思うけど、蛇の抜け殻をお財布に入れておくと金運がアップするとかいうしね。
とりあえず下心は置いといて、蛇男君の脱皮をみんなで見守る。
筋肉に無言で囲まれて、ウブな蛇男君は非常に気まずそう。私は脱皮ってザリガニぐらいしか見たことないけど、蛇の脱皮もやっぱりデリケートなものなんだろうか。何か手伝えることがあると良いけど、余計なお世話をして大変なことになったらマズいので、まずはヒアリングからはじめる。
「脱皮って、自然に剥がれるのを待つの? それとも、自分で動いて脱いだりできるの?」
「ぬ、脱ごうと思えば脱げますけど……」
蛇男君は、視界が悪くなってきて脱皮が近いというのは感じていたらしい。どうにか人事異動の試験に被らなければいいなと思っていたんだけど、鍛錬中に転んでずるんと何かが剥けた気がしたら、もう脱皮がはじまってしまったのだとか。脱皮には丸1日かかり、脱皮後は弱体化してしまうので1週間はどこかに隠れてないといけないとのことだった。私が公爵領に出かけていて留守だと聞き、ちょうど良いから階段に潜んでいようと思ったっぽい。
「もしかして、今からだと試験が受けられないってこと?」
「はい……僕は騎士団志望なので、座学より実技の試験が重要になり……実技試験は明後日なので今回は見送るしか……」
「え、そんな……」
私が魔国に来たときから部屋の警備をしてくれてた蛇男君には親近感もあるし、南の湿原では親御さんにも息子をよろしくと言われている。4年後にまたチャンスがあるとはいえ、必ずしもうまく行くとは限らないじゃないか。また同じことが起きたら諦めるってこと?
「とりあえず今それ脱いで! それからできることを考えよう!」
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「はあ……それでは追試とかも無理ですか?」
「無理ですな。みんな同じ条件の元に評価していますので。特に戦士を目指すなら、戦闘中に体調不良だからといって敵が大目に見てくれるかは、推して知るべしというほかはありません」
自室に蛇男君と筋肉4人を置いて、私はお城の訓練場でモコモコ騎士のモルドーレさんに、事情があって当日受けられない者の実技試験の延期を打診してみたけど駄目そうだった。
まあ確かにね……脱皮してるから襲わないでとか、敵に言っても意味ないもんね……
蛇男君は素直で良い子だけど、だからといって騎士になれるわけじゃない。なんたって魔国では力こそ正義。強さをアピールしないと評価されないし、ましてや弱点を晒すなんてもってのほかなのだ。
だから私も一応、蛇男君の脱皮は伏せて、もしも当日に都合がつかない場合はどうするのかと、素人ぶってバカっぽい質問をしている。お忙しいモルドーレさんにはご迷惑をかけて申し訳ないけど、こっちだって藁でもなんでもつかむしかない状態なのだ。ご了承ください。
表面的にはフワフワちゃんの様子を見にきた体で、応援がてら説明を聞くみたいな流れなので、モルドーレさんも仕事として対応してくれている。軽い職権濫用かもしれない。
「ところで騎士になる試験ってどんなものなんですか? 魔獣を狩るとか?」
「まあそうですな。騎士の心得や戦い方の基本などがどのくらい頭に入っているか見て、実技試験は勝ち抜き戦です」
「勝ち抜き戦……」
それは追試とか無理そうだわ……
これ以上食い下がっても無理だ、とにかく蛇男君をどうにか戦えるようにする方向性でいくしかない。……と思う。今頃脱皮終了してるといいけど……
モルドーレさんにフワフワちゃんのご指導ご鞭撻をお願いして、私は訓練場をあとにする。訓練場につながる通路の向こうからは、下町で働いてそうな普通の服装の人たちがワイワイとやってくる。みんなやる気にあふれているなぁ……
魔国の大規模人事異動は、こうやって新しく下町から新しい才能が王城に就職するきっかけになるんだろう。能力主義は厳しいけど、魔国の強さの元は、みんなが切磋琢磨してこそのものなんだろうね。
蛇男君を特別扱いすることはできないけど、全力で応援するのは自由だし!
とにかく蛇男君の様子を見に行こう!
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王城の端っこにある私の部屋に戻ると、筋肉たちが四苦八苦していた。
なぜか妖精王女のアイテールちゃんもいる。
「おそかったな、きょういくがかりどのよ。そろそろかえるとおもってきてみた」
「あれ? 王女様はもう出かける準備終わったんですか?」
「うむ、われはもともと、このみひとつでむかうてはずだったゆえな」
筋肉たちは蛇男君の脱皮の手伝いをしながら、私の依頼どおりに抜け殻を破らないよう慎重に皮を引っ張っていた。ペロリと剥ける瞬間は、ゆで卵の皮剥きがうまく行ったときみたいに気持ち良さそうだ。
「よし、こっちはここまで。今度はそっちを持て、そうそう、少しずつ引っ張れよ」
ベアトゥス様は3人に指示を出しながら、テキパキと蛇男君を剥いていく。
「ちょっと珍しい食材だと思えば、扱いは簡単だな」
などと口走っているが、聞かなかったことにしよう……蛇男君、気をつけて!
妖精王女のアイテールちゃんはといえば、身動きの取れない蛇男君に水を飲ませたりチョコを食べさせたりと、意外にも甲斐甲斐しくお世話してくれている。
蛇男君は、もう恥ずかしさからは解放されて、ベアトゥス様の掛け声に合わせて「ゴッドヴァシュランズオルムの名にかけて!」などと叫んでいる。気持ち的には前向きになっているみたいで何よりだ。
「蛇男君、脱ぎながら聞いて欲しいんだけどね、やっぱり試験の予定は変えられないみたいです」
「そ、そうですよね……すみません、お手数をおかけしまして……」
「でもね、弱くなった部分をカバーすれば、試験でいい成績を収めるのも可能だと思う。頑張る気ある?」
「が、頑張ります! 俺……頑張らせてください!!」
警備希望の人間3人も、蛇男君のやる気に共感したのか笑顔が見えはじめていた。そういえばこの人たちも王城で働くために試験を受けたいんだったっけ。それを蛇男君に聞こうとして、今こんなことになっている。
「ねえ蛇男君、警備の試験って騎士の試験と同じ日なの?」
「えーっと、警備のほうは明日からだったと思います……俺、今回は騎士採用に賭けてたので、締切の詳しい時間は知りません。あ、でも、文官さんに聞けば誰でも受付できますよ」
「……だそうです。皆さん大丈夫そうですか? 自分で申し込みできます?」
「まあそっちは俺が何とかしよう。それより、こいつはどうするんだ?」
「まずはドライですね。それから防御結界で強化しようかと……」
蛇男君の弱体化は主に鱗的なもので、めまいとかダルさとかではないらしい。つまり、もう強化一択しかないってことだ。蛇男君の脱皮が無事終わると、私達は蛇男君をあちこち触って体の強度をチェックしてみる。
「そーっと……そーっとしてください……おねが……あっ!」
「デコピンも駄目か……これはかなり弱そうね」
「だいたいこいつ、もともと強いのか?」
さすがにソフトシェルクラブみたいな柔らかさではないけど、蛇男君は少し敏感になっているみたい。この状態で激しい戦闘は厳しいかもしれない……けど、やるしかない。
「もし今、敵が襲ってきたとして、脱皮し立てだからって隠れられませんよね? ちょうど良いじゃない。どこまで立て直せるか、何ができるのか考えてみるチャンスだと思おう!」
「は、はい!」
蛇男君が騎士試験に合格できるかはわからない。でも目の前のチャンスを活かせなければ、次の機会だって怖気付いて先送り癖がついてしまうかもしれない。今年試験だけでも受けておけば、駄目だったときの対応策も練れるってもんだよね。
私は、いつの間にか蛇男君と3人の就職活動を本気でサポートしたい気分になっていた。