9.『秘密の恋』part 18.
「こんなにいっぱい居たんだ……ファレリ帝国の国民……」
「ったく、一言いえば俺が料理ぐらい手伝ってやったのによぉ」
「いえ、今回ベアトゥス様は招待客ですから、ごゆっくりお楽しみください」
私が他人行儀に一礼すると、勇者様は不機嫌に黙り込んだ。そもそも、何でフツーに隣に立ってんの? そっちが婚約破棄してきたクセして、馴れ馴れしいんだよね。意味わからん。
しかし、改めてこのガーデンヴィラに集まった人数を見ると、結構エグい。竜車から見たときは人っ子一人居ないような雰囲気だったのに、今目の前には100人以上いる。念のため、テラスも開放してBBQパーティーっぽくしといてよかった……室内だけだったらパンクしてたわ……
料理は朝の出発時、厨房のおばちゃんに分けてもらった材料で適当に料理した。といっても、私が作ったのは適当スープだけ。あとはおばちゃん謹製のぐるぐるパン、チョコとオレンジジュースに水と蛇苺ワインぐらいしかない。一応、ガーデンで丸焼きになっている牛系魔物のカトブレパスがメインディッシュとなっていて、その周辺には順番待ちのお客さん達が集まってかなり盛り上がっているようだ。
お酒は、ヘスダーレン卿のご意向で少なめになっている。
多分、酔った眷属に暴れられると、現在のヘス卿の弱ったお姿では抑えきれないんだろう。
「あんた、ミドヴェルトといったな、ちょっと良いか?」
「あ、はい……どちら様です?」
急に知らないおじさんに話しかけられて、私は状況が把握できなかった。それを見て、勇者様が助け船を出してくれる。
「ばぁか、このジジイは賢王ヘスダーレンだよ。見りゃわかるだろ?」
「え? え? でも……」
昼に見たときは、ものすごくちっちゃい痩せ細ったお爺ちゃんだったのに、目の前のおじさんは背筋が伸びて身長も私より大きくなっている。本当にヘスダーレン卿??
「はは……驚かせてすまんね。これでも少しずつ回復している最中なのだ」
「あ、そうなんですね。ご回復が順調そうで何よりです」
やっぱり魔国は謎だ……魔力さえあればアンチエイジング可能なんだろうか。
「その件であんたに聞きたいことがあるんだが……ベアトゥスよ、お主も来い」
「あぁ? 何でだ」
「元婚約者殿が私と二人きりになったと知られれば、良からぬ噂が立つであろう。お前はそういうことにも気を配るべきなのだ」
「チッ……そうかよ」
勇者様は、渋々私の後ろからついてきて、3人でヘス卿の部屋に入る。すいませんねぇ……ご面倒をおかけいたしまして。
ヘス卿のお部屋は私がセッティングしたので見慣れた光景かと思っていたけど、いつの間にどこから持ってきたのか、足の踏み場もなく本が積み上がっていてすべての壁が見えない状態だった。え、チラッと見えただけでも、かなりの古文書っぽいのがあるんですけど……アイテールちゃんに教えてあげたら、これ、狂喜乱舞するんじゃないかな。
あれ? 待って? あの本、たぶん魔導書の……アイテールちゃんが探してたやつとタイトル似てる……お? あれ? これって二人で読んだことある、まさかの中世科学本だ! うわー! うわー! 宝の山じゃん!!
ヘス卿はソファの上にも本を積んでいたので、私と勇者様で軽く整理して周囲の本の上に避ける。私は間に合わせでカップにオレンジジュースを注ぎ、花びらチョコをつまみ程度に出した。
「これは……あんたの魔法なのかね?」
「あ……はい」
掃除に夢中で、私はうっかりヘス卿の目の前でチョコ魔法とかを使ってしまった。一応、魔国ではみんなに知られているチョコ魔法だから問題ないけど、さすがに敵かもしれないヘス卿の前で披露するのはうかつだったかもしれない。
ヘスダーレン卿は、ふむふむとチョコを摘んでひと口齧り、まじまじとカップの中を見つめながらオレンジジュースを少量だけ口に含んだ。
「別に毒なんかねーだろ! 変な飲み方すんじゃねぇ!」
イライラしたようにベアトゥス様が苦言を呈すると、ヘス卿は何でもないように「すまんすまん」と謝った。
「話というのは他でもない、このチョコとやらについてなのだ」
「……どのようなお話でしょうか?」
「あんた、私を見てどう思うかね?」
「は? ジジイてめえ、色気付いてんじゃねえ!」
「ちょ、ベアトゥス様、落ち着いてくださいって!」
せっかくヘス卿と平和なやり取りができそうなのに、勇者様が切れたナイフみたいになってて困る。
「ははは、安心せよ。お主の元婚約者殿を掠め取ろうというつもりはない。しかし、売り言葉に買い言葉とはいえ、婚約破棄はちとやり過ぎだったな」
「うるせえよ」
……ん? ちょっと話が見えないけど、勇者様は婚約破棄するつもりはなかった……のか?
この筋肉勇者は、ヘス卿に恋愛相談してたのかな? 何となくだけど、午前中にヘス卿の目の前でやらかしてしまった痴話喧嘩以上の事情を、このおじさんに知られてるっぽい雰囲気がある。
思わず疑いの目でベアトゥス様を見ると、元婚約者様はギョッとしたような顔をして目を逸らした。
ちょっと、ちょっと、え? ついうっかりで婚約破棄とかありえないんですけど?
私、すごくすごく落ち込みましたよ?
思わず問い質したくなって、勇者様を追い込もうとしていると、ヘス卿が咳払いをする。
「あー、ゴホン。つまりだな、あんたのチョコというものは、だ。私を大幅に回復させる効能があるようなのだ」
「そうでしたか、それではもっとお召し上がりになります?」
「……いいのか? あんたかなりのお人よしだね。どうやってあんたにチョコを出させたもんか考えていたのに、毒気を抜かれるとはこのことだな、はっはっは!」
大盤振る舞いは当然、こっちだって平和裡に問題を解決したいという意図があるのだ。チョコで話がうまくいくなら、いくらでも譲渡しようじゃないの。ただ、このおじさん、お爺ちゃんの頃よりも何というか前のめってる感じある。
好好爺な雰囲気は、弱さをカバーするものだったのかも。ヘス卿もいろいろと回復したら、やっぱ悪者オーラ全開になるのかな?
私にチョコを「出させる」って言ってたが、下手すると勇者様を人質にしてチョコを要求するパターンも考えてたんじゃねーか? このジジイ……侮れないぜ。
「ところで、ヘスダーレン様は、一体いつからご復活されているんです? あのお爺ちゃん状態は、どのぐらいの期間続いてました? 今日1日で、チョコをどのくらいお召し上がりになったか覚えていますか?」
「おいおい、そんな一度に聞かれては答えられんよ」
「あ、申し訳ございません。一体どの程度チョコをご用意したらいいのか考えたくて。あと、1日にどの位たくさん食べていいのか、毎日少しずつ食べたほうがいいのかわからないものですから」
「ふむ……このチョコというものは毒なのか?」
「基本的には毒ではないのですが、食べ慣れない方が大量に摂取すると、場合によっては鼻血が止まらなくなったりするみたいですね。ヘスダーレン様は、胸焼けとか頭痛などはお感じになられませんでしたか?」
「今のところは何もないようだが……」
「ではチョコがお体に合っているのでしょう」
「おい、俺はそんな話聞いてないぞ!」
私がヘス卿にチョコの効能と副作用について説明していると、横に座っていた勇者様が急に会話に入ってきた。勇者様はお菓子作りとかもしているから、チョコに触れる機会も多いのだろう。でもさ、勇者様って物理攻撃も魔法攻撃も状態異常も無効じゃん。ナニ急に心配になっちゃってんの?
と、そこまで考えて、心のコアを抜いちゃったときのことを思い出す。勇者様って、直接的にはフワフワちゃんに倒されてたけど、私の謎の能力で心のコアを抜き取ってしまったことによって、わりと長いこと寝込んでた気がする。同じく私の謎魔法で出すチョコレートで、筋肉勇者の最強無効設定が破られるかもしれないと考えるのは至極当然のことだろう。
などと一瞬のうちに考えたけど、結果、どう答えるべきかは思い浮かばなかった。そんな私の顔を見て不安になったのか、勇者様は少し気弱な眉毛になる。
「なんか言えって……」
「あ、すみません。ベアトゥス様にチョコあげたっけかなー……と思っちゃって……」
「おい! くれただろうが! 忘れてんじゃねえよ!!」
私たちが揉めている様子を眺めながら、ヘスダーレン卿は気楽にチョコを摘んでいた。




