9.『秘密の恋』part 16.
「ちょ、えーと、チュレア様? 少々よろしいでしょうかぁ……」
「わたくし、しかとこの目で見ましたわよ。二人がダンスを踊りながら頬を寄せ合って仲睦まじげに……」
「わーわーわー!! やめてくださいってばぁぁあああぁぁ!!」
慌てて女公爵様にカットインしつつ、私はアイテールちゃんを横目で見ながらベアトゥス様の殺気を感じた。こ、殺される……?
「王女様、助けてくださいよ!」
「我には、他者の心を変容させる能力はない」
「いやそういう問題じゃ……!!」
「ポヴェーリア、そなたはどうするのか」
アイテールちゃんは、何を考えているのか全然わからない無の顔でポヴェーリアさんのほうを見ずに尋ねた。
「仰せのままにいたします」
「おま……!」
ふざけんなよ、この……! いや、麗人で僕のポヴェーリアさんに何を言っても無駄か……
いやでも、おめーも男なら、もうちょっとこうさぁ……
ここは、アイテールちゃんと一緒に居たいです、とかいうシーンだろうがぁ!!
はぁー……しょうがないか……
……え? あれ? 運命は??
ポヴェーリアさんが悲しいくらいにAI状態なので、私は仕方なく強権を発動するために挙手をする。
「はい!」
「どうしたのです、ミドヴェルト」
「私はポヴェーリアさんと結婚するの、嫌です!」
ちょっとポヴェーリアさんに失礼かもしれないけど、ここで受け入れてしまったらいろいろと拗れる。こいつはもうAI過ぎて当てになんねえから、私が頑張るしかない!!
否、否、三たび否ァ!!
「あらまあ、もう婚約者ではなくなった勇者に操を立てるというの?」
「もうって……いや、そういうわけじゃないんですけど……」
「では、どういうことかしら?」
チュレア女公爵様が、私と勇者様の婚約が破棄済みなことを地味に強調してくるけど、そういう問題じゃねえ!!
私は、アイテールちゃんとポヴェーリアさんを幸せにすると決めたのだ。
二人から個別に頼まれたような気がするし、それに私はアイテールちゃんの教育係として機能しなければいけない。
だけど、その事情をストレートに言っちゃっていいのかというと、いろいろとセンシティブな問題だ。
こ、ここは……ここはとにかく……えーと……
「わ、私は……」
もうポヴェーリアさんじゃなければ誰でもいいや、追い詰められた私は、そんなふうにしか考えられなかった。
「フワフ……」
「あんた、しばらく此処におらんかね?」
「は? ミドヴェルトをこのようなところに置き去りにできるわけがございませんわ!」
「は? 急に何を言い出しやがる! この島に寝泊まりできる家なんかねえだろうが!」
急に口を開いたと思ったら、ヘスダーレン卿が突拍子もないことを言い出したので、ベアトゥス様とチュレア様が奇跡的にハモッてしまった。
私としては、それもアリかな? などと思う。
久々のサバイバル生活も悪くなさそうだ。
でもこの件に関して、私に決定権あるのかな……?
「我が教育係殿をひとりで置くことはできぬな。ポヴェーリアよ、そなたに世話役を命ずる」
「はい、仰せのままに」
とりあえず、アイテールちゃんの教育係である私としては、ポヴェーリアさんのレベルアップを図らなくてはいけないようだ。どんなプログラムを用意すれば、この麗人のレベル上げができるんだろう……ヘスダーレン卿を倒すとか?
「ミドヴェルト、ヘス卿の言葉を真に受ける必要はありません。あなたのことはわたくしが責任を持って王城に連れ帰ります」
「王城というならば、ある意味ここも王城だが」
「んなわけあるか、いい加減にしろよジジイ! 俺は仕事に戻る! いいか、お前はさっさと帰れ!」
最後のほうは私に投げかけられた言葉だった。とりあえずポヴェーリアさんを強化合宿で大幅に成長させなければいけない私としては、ここで「はいそうですか」と帰るわけにはいかない。それに勇者様の言葉に従うのも、なんだか癪だった。
「でも私……ここでしばらくゆっくりするのもいいかなと思います」
「はぁ?! お前な……!」
「ヘスダーレン様、この辺りにコテージを数棟建ててもよろしいでしょうか?」
「よいぞ」
「ちょっとお待ちになって? ミドヴェルトあなた……まさかこの島をリゾート地として開発したいのではないでしょうね?」
「いや、そこまでは考えてませんけど……」
「いーえ、あなたならやりかねないわ。今や西の森は、魔国民が足繁く通う観光地と聞いていますよ。あなたがホテルやらコロッセオやらを生み出したおかげで……」
「ほほう、あの西の森をな……」
何やらヘスダーレン卿が楽しげに会話に混ざってくる。西の森って、そんなに開発されてるかな? まだまだ森の中って感じだけど……
それに、魔国のミッドサマー・イベントで使う狩場は、ちゃんと自然のまま保存している。
そこらへんは悪魔執事さんにちゃんと調整をお願いしたし、女公爵様にも許可は取ってあるはずだ。法律違反とかはしていない。
「では、あんたにこの島のことを任せよう。好きにして良い!」
「ありがとうございます」
「ヘス卿、この島はあなたの物ではありません、あくまで所有権は魔国に帰属するものであり……」
「チュレアよ、お主も忙しい身であろう。そろそろ帰ったほうがいいのではないか?」
途中から女公爵様が、お名前を短縮して「ヘス卿」呼ばわりしていたのが気に障ったのか、ヘスダーレン卿も女公爵様を呼び捨てにする。傍から見ると仲良さげだけど、女公爵様は確実に殺気立っていた。その証拠に、マーヤークさんの表情が強張っていて、その手元はいつでも結界が張れるように準備されている。
「チュレア様? 大変恐縮ですが、マーヤークさんをお借りしてもよろしいでしょうか? 細かい部分を相談したいので……」
ビビりながらもダメ元で女公爵様に声をかけると、チュレア女公爵様はひと呼吸おいて顔を上げ、そのまま首を傾げて私を見下ろす。
「なぁに? ミドヴェルト。あなたも気が回るようになったものですね。わたくし、とても感心しました」
「きょ、恐縮です……とりあえず、女公爵様にくつろいでいただけるような施設を、一刻も早く用意したいと思いまして」
「あらまあ、そうでしたの。ではわたくし、もうしばらくこの島を散策いたしますわ!」
女公爵様は、ニッコリとヘス卿に笑みを向けると、ゆったりとお辞儀をして背を向けた。そのままお付きの文官さんを引き連れて、島の向こう側へと歩いていってしまった。
「やれやれ……じゃじゃ馬だのう」
ヘスダーレン卿は、軽くため息をつくと、立ち上がって小屋の中に入り横になる。
私は、勇者様と向かい合う形になって、ものすごく気まずい。
「お前、またアレをやる気か?」
ベアトゥス様が、マーヤークさんを睨みつけながら私に尋ねてきた。
「さすがに外ではやりませんけど……」
チュレア様からマーヤークさんを借り受けたのは、確かにこの悪魔執事さんにひと働きしてもらうためだった。悪魔に生命力を吸わせると、寝込んでしまったりするので、できるだけやりたくない。でも、どうやらこの悪魔、余裕を持って生命力を吸い溜めてるっぽいのだ。コテージ2、3棟なら、今すぐ余裕で出せるだろう。
筋肉勇者は、婚約破棄した自覚があるのか、それ以上突っ込んだ質問はしてこなかった。
「そうか、まあ無理するな。俺は仕事に戻る」
「ご武運を」
「ばぁか! ただの草刈りだっつーの!」
「それでもお気をつけて」
「……おう」
勇者様が見えなくなると、私はマーヤークさんに向き直る。
「さてと……インフィニティプールって作れます??」




