9.『秘密の恋』part 15.
「ま、まさか……このお家にヘスダーレン卿がいらっしゃったり……?」
「復活していればの話ですわ」
「何か居るようではあるが、感知したことのない存在じゃな」
ビビり散らかした私の言葉に、チュレア女公爵様と妖精王女アイテールちゃんがそれぞれ答えてくれた。
手作りハウスは、葉っぱの屋根と木の柱と土壁でできている。森の中にぽっかり空いた、明らかに人の手が入ったと思われる草を刈られた場所に、家っぽいものと何だか石を積み上げて作ったカマドっぽいものがある。
私たちの存在に気づいたのか、奥に寝ていた影がむっくりと起き上がった。
「よう来たな」
「まさか本当にご復活されていたとは。ずいぶんと簡素な場所にいらっしゃいますのね、ヘスダーレン卿」
チュレア女公爵様の言葉に、影が立ち上がって時速5mぐらいの速さでゆっくり近づいてくる。
まだ復活したてで全盛期の力が戻ってない的なアレか……?
家の中から出てきたのは、ものすごいヨボヨボのおじいちゃんだった。
え、今すぐ勝てるよね? コレ……
誰も攻撃する気配はないけど、やっぱり平和交渉が先なのか。
「あんたは……王家のもんじゃな?」
「ええ、そうですわ。ですが、あなたとは血族ではございませんの」
「はは! 血など関係ないわい! 血族など……あらかじめ認識可能な敵以外の何者でもない」
さすが、血で血を洗う血煙り荒神山の時代に生きてただけのことはあるっていうか、このおじいちゃん見た目によらず凄く殺伐としてる。
ヘスダーレン卿はゆっくりと玄関の敷居を跨ぐと、外壁に取り付けてあるベンチみたいな部分にどっかりと座った。
「して、何用かな?」
サンタのような白い髭を右手で撫で付けながら、薄く微笑んでいるヘスダーレン卿の姿は、なるほど賢王と言っても良さそうな風格がある。
「何というほどのことはございませんわ。わたくし、ご友人の皆様にファレリ島をご紹介したくて朝の遠乗りを楽しんでおりましたのよ?」
女公爵様も風格では引けを取らず、まるで散歩中の立ち話のようだ。
「ふむ……戦う気がないのであれば、あやつを呼ぶ必要はなかったか」
ヘスダーレン卿がそう呟くと、地面に現れた魔法陣から一瞬で勇者ベアトゥス様が現れた。
「ったく、何なんだよ今度は! 草刈り中に何度も召喚すんじゃねえ! 危ねぇだろうが!!」
どうやらこのヘス爺、勇者様を小間使いのようにこき使っているらしい。何度目かの理不尽な召喚にキレ散らかしたベアトゥス様を見て、私は思わず吹き出してしまった。
「あん? ……おい、またお前かよ! 来んなっつってんだろ!!」
筋肉勇者はチュレア女公爵様を見咎めると顔を顰めたが、そのまま並ぶ面子を見て、私に目を留めると急に威嚇し出した。
ホントごめん。いや、私も好きで来たわけじゃないっていうか、少なくとも1週間ぐらいは寝かせたかったんですよこの問題。でもほら、王妹殿下に誰も逆らえなくって……ヤケクソです。
「すみま……」
「この子はわたくしが連れ出しましたの。酷く気分が優れないようでしたから」
「誰のせいだよ」
「あら、あなたのせいじゃなくって? 正式に婚約を破棄したいのならば、それなりの手続きが必要なんですのよ。ご存知なかったのかしら?」
言い訳をしそうになった私を、女公爵様が遮って話しだす。
急に始まった修羅場にヘス爺は少し呆気に取られているようだったが、そこは年の功というべきか、早くも状況を把握して高みの見物を決め込んでいた。
くっ……敵にプライベートの揉め事を見られてしまうとは……って、本当に敵なのか? このおじいちゃん。
今んとこ、ヘスダーレン卿は、ちょっと雰囲気が怖いだけで穏やかな御隠居さんてイメージだ。見た目もサンタだし。
勇者様もすごく自然な感じでヘスダーレン卿のそばにいて、無理に束縛されてる感じもないし謎だ。
ひとしきり言いたいことを言い終えると、チュレア女公爵様はノールックで右手を横に差し出した。
「マーヤーク、あれを」
「はい、ここに」
女公爵様は、悪魔執事さんに渡された金色の巻物を淡々と読み上げる。名前っぽいものと、住所っぽいものが交互に来てるから、たぶん、これまで引き抜かれた魔国民の名簿だろう。ヘスダーレン卿は、目を閉じて静かに聞き入っていた。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「……以上の者の返還を要求し、賠償請求は免除とす。なお、この条件を受け入れないのであれば、帝国の存続は認めませんわ」
「人は物ではない。彼らは私の考えに共感し集った協力者達だ。去れと言って簡単に去ることはないだろう」
「まさか……眷属の自由意志を認めていらっしゃるというの?」
「偶然に期待などしてはおらんよ。ただ、自然の流れを受け入れているだけだ」
「はっ、年寄りの冷や水ですことよ!」
「こちらには件の魔道具があるのだ……その意味がわからぬ訳でもあるまい」
本来の王冠とやらは、そんなに凄いものなのか?
ヘスダーレン卿の言葉に、女公爵様は少し押され気味だった。
魔力が込められてるだけなら、そんなに怖がらなくても良さそうだけど、なんか特殊な機能でもあるのかな?
「ところで、そちらの人間の勇者、お前です。魔国に帰る気はないの?」
女公爵様は、気を取り直してベアトゥス様に話題を移した。今、攻撃できそうなのは、やっぱり勇者様なのだろう。そのために私を連れてきたんだろうし。
「今さら何を聞いて……いや、帰る気はねぇな」
やっぱりね……チュレア様が何を期待していたのか知らんけど、私に勇者様を引き留めるような価値はありませんて。あああ……早く帰りたい。いたたまれない、この空気。まあアレですよ。振られた時点で察してほしかったって感じですね……
「そうですか、ミドヴェルト、婚約者の意思は確認しましたね?」
「え? は、はい!」
「では、統率者たるロワに代わり、わたくしが二人の婚約破棄を承認します!」
「……あ、はあ……」
女公爵様の仕切りでどんどん事態が悪化しているような気がするけど、私はこちらを睨むような勇者様の表情を窺いながら曖昧に返事するしかない。
チュレア女公爵様といえば、王城の伝統やしきたりを一手に引き受けるほどの生き字引き的な存在だ。わがまま勘違いお嬢様の根拠のない戯言なんかとはわけが違う。たぶん王様の許可をもらったって言葉の中に、この一連の流れも入っていたのだろう。
うわぁ……完全に婚約破棄が成立したんだ……
何の実感もないままに、私はベアトゥス様の胸についた草の切れ端を眺めていた。なんとなく顔は見れない。あ、飛んだ……結構クルクルクルって回転早いんだねぇ……
しかし、続く女公爵様のお言葉に、私は意識を引き戻される。
「ミドヴェルトは、こちらの麗人ポヴェーリアと結婚させますわ」
「……は?!」
「そういうことであったか……」
驚く私のツッコミと妖精王女アイテールちゃんの呟きが、ほぼ同時に重なった。




