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9.『秘密の恋』part 14.

 かつて、魔物も人間も妖精も仲良く暮らしていた国があった。


 だがしかし、理想郷を保ち続けるのは難しく、生活が充実するにつれ、人々は少しずつ不満を露わにするようになっていった。


 はじめに、力の弱い人間たちが国を出ていった。


 人間を馬鹿にすることで話が合っていた魔物と妖精は、次第にお互いを(くさ)すようになって、後戻りできないほど(いが)み合う関係になった。


 妖精たちは国を出ていき、すぐ近くに自分たちだけの王国を作った。


 残された魔物たちは、人間が作ったインフラと妖精魔法が生み出す恵みが無くなったことに気づく。


 そして魔物たちは弱肉強食の原始的な生活に戻り、血まみれの歴史が始まった。


 一番強い者が王になるというシンプルなシステムが採用されたが、王位の簒奪(さんだつ)が続き、親兄弟が殺し合い、側近に殺される王もいた。


 そんな中、過去の楽園を夢見る者が現れた。


 ヘスダーレン卿である。


 若きヘスダーレン卿は、理想郷を求める同志を集め、次第に勢力を拡大していく。


 王族に連なるヘスダーレン卿は、生まれ持ったカリスマ性を利用して、王家の秘宝とされる魔道具を持ち出して国外に逃げた。



「その盗まれた魔道具が、()()()()()と言われているのですわ……」


「な、なるほど……」



 私は曖昧に答えながら、竜車が走る速度で発生する強風に耐えていた。


 朝食をとった後、女公爵様の()()()()()に付き合う(てい)で、私たちは竜車で南のほうに高速で移動している。


 今回は、フワフワちゃんとマーヤークさんのほかに、アイテールちゃんとポヴェーリアさんも誘われていた。


 妖精王女様はポヴェーリアさんだけを送り出したかったみたいだけど、女公爵様がぜひにと強くお誘いして、断りきれずにご一緒することになってしまった。


 確かアイテールちゃんの千里眼によれば、私は正式な形で魔国を出られないということだった。ある意味当たっている。でも一応王様の許可だけは取っているし、まさかのチュレア様も一緒だ。そして、最強状態の妖精王女アイテールちゃんもいる。考えられる限り最高の布陣だ。


 そして今は、女公爵様による、王族のみに伝えられた裏歴史を学ぶ授業の最中だ。


 フワフワちゃんは伯母上様の膝で半分寝ている。自由過ぎんか王子殿下……ま、まあ、朝早かったからしょうがないね……


 マーヤークさんは所在なさげに(うつむ)いており、とにかく女公爵様に目をつけられないことが第1の目標とでもいうかのようだ。


 竜車の外側に並んでつかまり立ちしているお付きの文官さんたちは、実際は全部聞こえているだろうけど、何も聞こえないフリをしていて石のように動かない。


 結果的に、女公爵様に何かと話しかけられてしまう私と、研究熱心なアイテールちゃん、そして真面目なポヴェーリアさんが主な生徒となっている。アイテールちゃんなんて「はいはい!」と手を挙げる勢いで、何やら細々とした質問を女公爵様に投げかけていた。


 またぞろ恋愛小説の二次創作にでも使うつもりに違いない。


 王城の図書館の本は速読であらかた読んでしまったようだから、妖精王女様の知識欲を満たすには、女公爵様の講釈はちょうど良かったみたい。



「その王冠は、一体どのくらいの魔力が秘められておるのか?」


「そうねぇ……概算でも()()()()()()()()はあると思うわ」


「え? 私ですか??」



 急に注目が集まって、私は慌てて話の流れを整理しようとするが、何でこんな展開になったのかまったくわからない。


 魔力って、生命力のこと? 正確に言えば、私の魔力はかなり低いほうだ。……と思う。悪魔執事のマーヤークさん(いわ)く、私の生命力はかなりいっぱいあって、それは悪魔のエネルギーになるらしい。だけど、HPとMPはやっぱり別物だろう。現実世界だと、ゲームによっては、ダメージの肩代わりとかできたけど。


 でも女公爵様が間違ったこと言うだろうか?


 私は勉強不足であんまりすごい魔法使えないけど、もしかして頑張れば、チュレア女公爵様みたいに強力な範囲攻撃魔法とかできるんじゃない?



「いえ、あなたの魔法攻撃力は、これ以上高くならないと思うわよ?」


「え?! な、なぜわかったんです?」


「あなたの顔を見ていれば、何を考えているのか大体わかりますわ……それなりの立場にいるのだから、そろそろ感情を表に出さない訓練をすべきですわね」


「す、すみま……申し訳ございません……」


「いえいえ、よろしいの。わたくし、あなたのそういう他意のないところも好きでしてよ」


「あ、ありがとうございます……「も」?」



 私が引っかかっている姿を見ながら、女公爵様は何も言わずに微笑んでいる。よくわからないが、これ以上は会話に付き合っていただけないようだ。


 どっちみち王族とは馴れ合わないほうが良いだろう。あ、フワフワちゃんは特別だよ。


 とにかく、そのヘスなんとかってやつが全部悪いわけね、OKすべて理解した。



「ところで……その、ファレリ帝国ってとこは有名な場所なんですか? 迷うことなく向かっているみたいですが……」


「魔国の避暑地だった村だし、知っている者は多いでしょうねぇ……わたくしも幼少のみぎりには、そうと知らぬ間に訪れていたはずですわよ」



 チュレア女公爵様のお話を聞いていると、何だか帝国の規模がどんどん小さくなっていくような気がするけど……


 ……村?


 そういやセドレツ大臣も、国とは認められないとか、コミュニティみたいなものだとか言ってたような……?


 ……同好会?



「その……ファレリ帝国というのは、一体どのくらいの大きさなんでしょうか……?」


「大きさねぇ……まあ、王城よりは小さいかしら……? あなたが知っている場所でいうなら……コロッセオ2つ分といったところかしら?」


「え……」



 西の森のコロッセオは結構広めに作ってもらったけど、あれが2つ分というと……某ドーム1つ分ぐらいの規模感じゃないかな?


 狭くはないけど……帝国か?


 あれか? テーマパークみたいなものか?


 …………もしやヘスちゃん、形から入るタイプ……?


 魔国より正当性を主張した過ぎて「帝国」を名乗っちゃったり、「賢王」ヘスダーレンとか名乗っちゃったり、案外かわいいんじゃないの?


 私はすっかり脱力して、何だかボーッとした感じになってきた。昨日の夜、ほとんど眠れなかったからなぁ……



「おや、見えてきたようね」



 女公爵様の言葉に釣られて竜車から外を見ると、眼下に広がる海の真ん中に、ちょっと大きめの孤島が浮かんでいた。


 亀島の倍以上あるかと思われるその島は、南側一帯がきれいな砂浜になっていて、少し細長で包丁っぽい形をしている。



「着いたわ、ここが()()()()()よ!」



 いや、島の名前?!


 帝国は、リゾート気分な楽園の島にあった。





☆・・・☆・(★)・☆・・・☆





 竜車は、緩やかに螺旋を描きながら駐機場みたいな広い場所に降りた。


 とくに攻撃はされないみたいだけど、どういうことだろう?



「当たり前ですわ。竜車は王族や停戦交渉の使者が乗っている可能性が高いのだから、無闇に攻撃するものではありません。そもそも、ここは魔国の避暑地であって、わたくしは遠乗りに来たのです!」



 私がキョロキョロして挙動不審だったせいか、チュレア女公爵様が、また私の脳内を読んで的確なツッコミを入れてくる。まさか、本当にサトラレている……?


 ファレリ島は、リゾート地ということだけど、ホテルっぽい大きな建物はなくて2、3棟のコテージが見えるだけだった。上空から見たときもそんなに開発された感じはなかったし、自然を楽しんだり日光浴したりするのがメインの楽しみ方なのかもしれない。


 チュレア女公爵様が竜車を降りると、お付きの文官さん達がさっと円陣を組むように広がって、女主人のドレスの(すそ)を持つ。また座席を取り外して座ったまま移動するのかと思ったけど、さすがにここは歩いて移動するみたいだ。


 女公爵様に続いて、私たちも順々に降りていく。竜車は一旦帰すことにして、とりあえず島の中央に進んで行く。


 海と砂浜と青空に囲まれて、またフワフワちゃんが興奮しちゃうんじゃないかと思ったけど、今回は伯母様の目があるからか比較的大人しめにピョンピョンと飛び跳ねている。これといって誰も言葉を発しないまま、睡眠不足も相まって、何だか気だるい夏休みの昼下がりみたいな雰囲気。


 危うく緊張を解いてしまいそうになったが、妖精王女のアイテールちゃんが私の耳元で(つぶや)いた言葉に目が覚めた。



「勇者殿の気配を感じるぞ……少なくともこの島には居るようじゃな」


「え、ど、どこら辺でしょう? 詳しい座標ってわかります??」



 思わずスマホ魔法を発動させて電話をしようとすると、その腕をアイテールちゃんに掴まれた。



「今はやめておくがよい……」


「あ、そうですね、すみません……」



 元々メッセージも既読無視っぽい感じになってるし、今さら電話したって出てくれるわけないか。眠過ぎて判断力が落ちているのかも知れない。ベアトゥス様の居場所がわかるアプリでも入れときゃよかったかな? でも現実世界で使ったことないから、どっちみちこっちでも動かせないだろう。そういう仕様だ。


 しばらく獣道(けものみち)みたいなワサワサした植物の間を歩いていくと、急に広めの整った庭みたいな場所に出た。


 その真ん中に、海の家のような手作りっぽい建物が見えてきた。








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