9.『秘密の恋』part 13.
チュレア女公爵様が、一連の事実を上層部に報告したおかげで、さすがの王様も動かざるを得なくなったらしい。
あの後、私はすっかり抜け殻で、とりあえずやんなきゃいけない仕事だけをどうにか済ませて部屋に帰って寝た。
窓から見える月は、もう少しのところでまんまるになりそうな、微妙な形で何だか座りが悪い。
いやー……ビックリですよ。振られましたね……
これは、破談……てことよね……?
あごに金属の冷たい感覚があって、つまみ上げると勇者様からいただいた婚約指輪だった。はあ……
そのまま腕を投げ出すと、ペンダントに通した指輪に月の光が反射する。
「キラキラしやがって……」
私もそんなに積極的じゃなかったし、むしろ当初は面倒に感じてたぐらいだし、なんとか穏便に別れようとしてたんだから、向こうから振られたなら万々歳じゃないか。なんでこんなに落ち込んでんだよ……計画通りだろ……?
好かれて調子こいてたのかなぁ……?
私って……勇者様のこと……好きだったのか? いや、嫌いじゃないけど……大好き! みたいな強い気持ちはあっただろうか?
婚約しちゃってからは、受け入れようと努力はしてたし……ヒュパティアさんのお兄様だから、友達のお兄ちゃんぐらいの親近感はあったと思うな……ちょっと可愛いなぁとか思ったりもしてたかなぁ……
もうわからん……寝たら治るかな……?
そんなことをウダウダと考えているうちに、なんかあっという間に窓の外が明るくなってきた。
今日は天気いいんだなぁ……
「失礼いたします」
ドアをノックして、マーヤークさんが入ってきた。ベッドからまったく起きる気配のない私を見ながら、悪魔執事さんは引き連れてきたメイドさんにカーテンを開けさせ、自分は淡々とお茶を淹れ始める。強制的に「朝」をスタートさせるつもりか……
「統率者たるロワは、ミドヴェルト様の出国の許可を下されましたよ」
「……そうですか」
「今回はチュレア様もご同行されるとのことです」
「何故……」
「あの方は、ミドヴェルト様のご心痛に責任を感じておられるのです」
「…………」
まあ確かに……サクサク別れを演出してくれたし……でも勇者様がそもそも私から離れる気満々だったし……別にチュレア女公爵様のせいじゃないと思うけどね……
私は、お茶のいい匂いに渋々体を起こして、ベッドの上でティーカップを受け取った。
執事悪魔は余計なことを言わない。さすがプロやな……
私って結構おしゃべりだから、現実世界では具合悪そうな人に「具合悪そうですね」とか言っちゃって怒られたことある。
難しいよねー……
今ならわかる……何も言われたくない。
私にもわからないことを、質問されたくない。
余計なクソバイスも要らないし、放っておいてほしい。
ところで、こんな大人数で身支度させられてるのって、どういうアレなのかな?
「ミドヴェルトは起きたかしら?」
忙しく立ち働くメイドさんの間を抜けて、チュレア女公爵様が私の部屋に入ってきた。朝っぱらからキッチリ豪華なドレスを着込んで、かなりやる気満々だ。
このせいか……
「おはようございます、チュレア様。一体どういう風の吹き回しなんです? このようなところまでお越しとは……」
「おやおや、思ったより元気そうじゃないの。昨日はひとりで立てないほどの落ち込み様だったものだから、わたくしったら、とっても心配いたしましたのよ?」
「チュレア様の御心の安寧を乱してしまい、誠に申し訳ございませんでした」
私は着替えながら深々と礼をする。ちょうど髪を梳かしてくれてるメイドさんにご迷惑をかけてしまったがしょうがない。
女公爵様は満足げに頷いて、手に持った扇子を開いてパタパタさせている。これはまあ、犬で言ったら尻尾を振ってるみたいなものだ。明確にお喜びになっている。私の対応は合格だったらしい。
私はあんまりわかんないけど、貴族のご婦人方は、扇子でなんかハンドサインみたいなことをしているらしい。お上品な立場の方は、異性の前であまり言葉を発してはいけないらしく、主に秘密の恋愛のために利用されているようだ。でも、その扇言葉が染み付いてる方々は、普通の会話でも手話っぽく使ってしまうらしい。
「あなたがその様子なら、リベンジマッチもすぐできそうね。お兄様にも許可はいただいたし、ファレリ帝国に乗り込むわよ!」
「へ? 私も行くんですか?」
女公爵様の話が急展開すぎて、私は思わず聞き返してしまう。
勇者様を探したかったのは、ご本人から直で気持ちを聞きたかったからだ。で、結果的にベアトゥス様から直々に関係を終わらせたいみたいなことを言われたわけで……私はもう部外者なのではないだろうか?
「何を言うの、ミドヴェルト! 大臣たちに任せていては、いつまで経っても答えは出ませんわ。わたくし達でチャッチャと解決するのです!」
「え、ちゃっちゃとって……」
誰だよ、王妹殿下に関西弁インプットしたヤツは……ライオン公爵様か? それともメガラニカ王?? あいつら標準語っぽかったけどなぁ……
今日は朝から上層部の皆さん全員、王様と一緒に会議中らしい。チュレア様は、議題の提案者として昨夜の会議に出席されていらっしゃったらしいが、今朝の会議は虚無過ぎて、どうにもこうにも聞いていられなかったんだとか。いわゆる小田原評定ってやつ??
中世設定でわりと男尊女卑が当たり前の魔国では、どんなに攻撃力が高くてもチュレア女公爵様はあくまでゲストであり、将軍とかにはなれないらしい。
そんなわけで、もし女公爵様が男性だったら今頃は王様になっていただろうと言われているが、実際に担ぎ出す人はいない。妖精の国や精霊の世界だと女王様はいらっしゃるけど、魔国はマッチョ思想が凄いから、優秀な女性が出世すると男達が寄ってたかって勝負を挑んでくるらしい。そこら辺は、前にロプノールくんから、ざっくりと聞いたことがある。
魔国にも冷静なキャラは多いけど、まあ当たり前のように粗雑なキャラもいっぱいいる。何ならヒャッハー系もいっぱいいるし、弱肉強食の世界だし、いくら強い個人でも、途切れることなく集団に攻撃され続けたら、やっぱり大変なのかも。女公爵様がガチギレして何やら大変なことになり、マーヤークさんが結界係になったという顛末も、もしかしたらそっち系の問題があったのかもしれない。
などと思ったりしていると、目の前の女公爵様は、部屋を行ったり来たりしながら楽しそうに持論を展開していた。
「あの勇者が南の湿地を狙ったのは、おそらくヘスダーレン卿の指示でしょう。あの地は魔国と海を結ぶ唯一の場所ですわ。前々から扱いに憂慮していた場所ですの。でもあえて何もせず放置することで、注目を集めないようにしていたらしいわね……ハッ、お兄様の取りそうな選択肢だわ! 私だったら堅固な砦を築いてしっかり管理いたしますのに……!」
大丈夫かな……? 何だか夢が広がっちゃってるみたいだけど……
ていうか、賢王ヘスダーレンなど復活してるわけない! 的なことを勇者様に言ってなかった?? 可能性は否定できないと言うこと??
着替え終わって長椅子に座ると、私はひとりで朝食をとる。
部屋に運んでもらった朝食は、ぐるぐるパンとヨーグルトみたいなソースが絡んだニンニク風味のサラダ。それにオニオンスープみたいな味の澄んだ紫色の飲み物だった。朝からニンニク……と思ったけど、厨房のおばちゃんは私がニンニク好きだと思い込んでいるので、優しい心遣いなのである。
面倒にはできるだけ巻き込まれたくないけど、女公爵様について行くのはアリかもしれない。
ベアトゥス様の新作スイーツ、また食べたいしなぁ……
モムモムと口に詰め込んだぐるぐるパンを咀嚼しながら、私はそれっぽい理由付けを考えていた。




