9.『秘密の恋』part 12.
竜車は、滑るように空を駆け抜けて、あっという間に南の湿地上空へとたどり着いた。
「ム、ムー! ム、ムー!」
「んまあ、報告には上がっていたけれども、こんなに景観が変わってしまったのねぇ」
あたり一帯が水に覆われた南の湿地を見下ろしながら、フワフワちゃんとチュレア女公爵様は驚きを隠しきれない様子だ。
私はといえば、どこの川に筋肉勇者がいるのか、見えもしないのにあちこち目を凝らしてしまう。
もういないだろうって悪魔執事は言ってたけど、ベアトゥス様ってしつこいから結果は絶対確認するはず。こんな綺麗に湖になってるのは、ただ堰を破っただけじゃなく、水が出てく場所もキッチリ閉じてるってことだ。てことは……
「もっと上昇していただけますか? 下流のほうを確認したいので」
「あら、わたくし達は上流の堰を見る予定だったのではない?」
「水が流れて行かないのは、下流に水を堰き止めている場所があるからだと思うんです。それで……」
「パトリス! 高度を上げて!」
さすが女公爵様というべきか、私の言わんとするところを一瞬で理解されて、お付きの文官さんに指示を出す。竜車の脇に並んで立つ文官さんたちが次々に伝言ゲームをして、御者さんに指示が伝わると一気に高度が上がった。
「どうやら下流はあちらのほうみたいねぇ……おやまあ!」
おしゃれな金色の望遠鏡で湖の端のほうを眺めていた女公爵様が、唐突に声を上げた。
私は、勇者様の姿が見えたのかと思って、そちらと同じほうを凝視する。肉眼では何にも見えなかったけど、女公爵様が望遠鏡を貸してくださったので、そのまま木が横に積み上がっている箇所に焦点を合わせた。
「ちょ……! 何やってんですか、あの人ぉ!?」
「あなたの言うとおり、水を堰き止めているようね。あの方が勇者本人で間違いないのかしら?」
「た、たぶん……魔物が化けているのでない限りは、勇者ベアトゥス様です」
「あら嫌だ、あなたの里には人間に化ける魔物がいたってこと?」
「はあ……噂話ですけど、タヌキとかキツネとか……」
「んまあ、結構なお里ですこと! 今度ぜひ訪ねてみたいものですわ」
何でもないような雰囲気でそう言いながら、チュレア女公爵様は手のひらを上に向け、何やら大きめの魔法陣を空中に出現させる。そのまま腕を前に振り出すと、炎の球体が数個、勇者様のいるあたりに飛んでいった。
「え?! え?! 何してるんですか?!」
「案ずることはありません。ちょっとご挨拶をしただけのこと」
「ええ?!」
私が状況を把握できずに思わず後ろへ振り向くと、視界の端にマーヤークさんが頭を抱えている姿が見えた。フワフワちゃんは、ニッコニコで伯母さんの魔法に興奮し、ムームーとはしゃいでいる。
炎の球体は、高高度で空を走る竜車より少し速く、一面の湖と森に吸い込まれるように勇者様のほうへ進んでいく。
女公爵様の魔力はどのくらいヤバいのか? 勇者様はあの魔法をちゃんと防御できるのか?!
町をひとつ壊滅させるというのは、別の魔法かな? あの小さな火球では、そんなに恐ろしいことにはならな……
ドカーーーーーーン!!!!
「え……」
とんでもない爆発を目にして、一瞬、私の思考が止まる。
次々と女公爵様の大量破壊魔法が着弾し、森がところどころ丸く禿げた。半径1kmはある円形が、4〜5個重なっている。湖の水は、一旦爆風に押されて中央に向かい半円形に波立っていたが、ゆっくりと下流に流れ出した。
「あああ……」
これって、下流に町とかあったら洪水被害がヤバいやつ……!!
湖の水は、パッと見ちょっとしたダム湖ぐらいあるっぽく見える。深さがなければ、あんまり体積はないのかな? っていうか……女公爵様は、魔国の住民のこと一体どう思ってるのかな?!
「ほう……ミドヴェルト、あなたの婚約者とやらは、んふふ……なかなか見どころがあるわねぇ!」
何やら嬉しそうに声をうわずらせながら、チュレア女公爵様は竜車から当たり前のように飛び降りる。やおら立ち上がると、空中に一歩踏み出して、ウイングスーツのスカイダイビングみたいにものすごいスピードで飛行していった。
「ひゃああああ!! え?! え、チュレア様って飛べるんですか?!」
私の悲鳴は、最後の火球の爆風と竜車の向かい風にかき消えた。悪魔執事のマーヤークさんが無言で頷きながら、魔国の王子殿下が竜車から落ちないように全力で抱きかかえていた。お付きの文官さん達は、女公爵様を止めるどころか片手でやんやと囃し立て、盛大に女主人を送り出した後は石像のように静まり返って竜車の両脇に並んでいた。
地面のほうでは、頭上の竜車を気にもせず、筋肉勇者と女公爵様の戦闘がはじまっている。
女公爵様に借りたままの望遠鏡で見る限りでは、ベアトゥス様はまだ無事っぽい。とりあえず物理攻撃は無効な勇者様だけど、魔法攻撃も無効だったのか……?
ま、まあ元気そうで良かった……
いや、これからどうなるか、全然わからないんだってば!!
で、でも……最強存在の精霊女王ベリル様とすら、互角に渡り合える勇者様なのだ。魔国の王妹殿下とはいえ、チュレア女公爵様は、さすがにベリル様よりは格下なのではないか。希望的観測だけど。
ところで、ベアトゥス様のお姿を見られて少し安心したら、この筋肉勇者がなんで魔国に被害を与えているのかが気になってきた。外見だけではわからないけど、動きを見てると別にチャームとかで操られている感はない。……と思う。
目とかも普通っぽいし、勇者様は別に赤目とか白目とかには変化してないっぽい。
「ベーアートゥースーさーまぁーー!!」
駄目元で叫んでみると、勇者様がチラリとこちらを見た気がした。
キャァアァァーーーーー目が合ったぁーーーーーー!!
……じゃねーよ!! 何やってんだよ勇者のバカぁ!!
私は、首から下げていた勇者様の心のコアを握りながら、大人しくなるように祈ってみた。勝手に失踪した時点で、心のコアの呪縛とかは効かなそうだけど、ベアトゥス様に少しでも正気に戻ってほしかったのだ。
落ち着いてください一緒に帰りましょう大丈夫です今なら丸く収まります……
思いつく限りのお願い事をして、私は勇者様の心のコアを握りしめる。チュレア女公爵様も相当強そうだから、お怪我をさせるようなことはないと思うけど、ドレスの裾をつかんで引き倒すぐらいのことはしそう。そうなると、王族に不敬罪とかになりそうでコワイ。
薄目でチラッと確認してみるも、地上のお二人は何やら小競り合いといった感じで、小さめの爆発音と打撃音が聞こえるのみ。チュレア女公爵様は物理攻撃も案外いけるらしい。
日曜日の午前中みたいな荒野で戦うお二人は、女公爵様のドレスが赤黒いのも相まって、完全に戦隊モノの様相を呈している。
勇者様の背後では相変わらず盛大に爆発が起きているし、今度は女公爵様が、なんか硬そうなトンガリをいっぱい出して勇者様に向け発射している。
勇者様は、女公爵様の攻撃魔法を難なく跳ね除けた。さすが。
でもそのトンガリのひとつが、勢い余ってこっちに飛んできて、勇者様はチッと舌打ちしながら地面を蹴って空高く飛び上がった。え?! と……飛べるの……?
「飛行用の魔道具を与えられているようですね……」
私の疑問に答えるかのように、マーヤークさんが呟いた。与えられてるって……それはつまり背後に誰かいるってことですよね?
一瞬、思考の波に飲まれそうになるけど、竜車の近くまで飛んできたトンガリに追いついて払い落とした勇者様に怒鳴られて我に返る。
「何しにきたんだお前、危ねぇだろうが! 早く帰れ!!」
おっと……え? あれ? 洗脳されてない系……? ベアトゥス様、なんか正気っぽい。それなのに何故こんなことを??
「なな、何って……ベアトゥス様を探しにきたに決まってんじゃないですかぁ! 一体なんてことしてくれたんです?! 蛇男くんの実家ですよ、ここ!!」
「ぐッ……! お前には関係ない、いいから帰れ!」
我ながらとっさに蛇男くんを引き合いに出すなど、なかなかエグいな。蛇男くんの相談に乗って、親身になって鍛えてあげてたから、絶対響くと思ったんだよね。勇者様優しいからね。ごめんね、弱みにつけ込むようなことして。でも、なりふり構っていられない。わかってほしい。
だけど二言三言交わすか交わさないかのうちに、女公爵様が戻ってきてしまった。
「ミドヴェルト、あなた、この男とは別れなさいな。まったく話になりません。賢王ヘスダーレンが復活したなどと……妄言にも程があるぞ!」
最後だけ勇者様に向けて強めに言い切ると、女公爵様は顔を上げたまま、ストンと竜車に舞い降りて着席した。そそくさとお付きの文官さん達が動き出し、ドレスの裾を整えたり髪についた埃を払ったりする。女公爵様は、そのまま何も言わずに目を閉じて、我関せずの姿勢をとり続けた。
私はどうしていいかわからず、思わずマーヤークさんをみると、悪魔執事は女公爵様に意見するなど考えられないといった体で首を横に振っていた。フワフワちゃんはすでにマーヤークさんの腕から逃れてニコニコしている。
困り果てて恐る恐るベアトゥス様のほうに顔を向けると、厳しい表情の筋肉勇者は私の言葉を待っているようだった。
「わか……れたいんですか……?」
「そろそろ潮時だろ……お前と俺の間には、元々無理があったのだ」
「そんな……」
「はーい決まりね。この子の面倒は、わたくしがしっかり見てあげますから案ずることはありません。では、ごきげんよう!」
チュレア女公爵様が合図をすると、竜車はくるりと方向を転換して出発してしまった。
空中でひとり残された勇者様のほうを見ながら、私はただ女公爵様に抱きしめられていた。




