9.『秘密の恋』part 11.
珍しく大雨が降って、魔国のあちこちに結構な被害が出たらしい。
私は、部屋に遊びに来たフワフワちゃんと悪魔執事さんを最近お気に入りのキャラメルチョコでおもてなししながら、魔国の状況とか大臣さん達がてんてこ舞いになっていてまた勇者様捜索隊の出発が伸びそうだとかいう話を聞いていた。
とはいっても、フワフワちゃんの言葉は相変わらず解読不能なので、もっぱらマーヤークさんのお話を聞く形になってしまう。
「南の湿原は、もはや湖になってしまったということです。元より水辺に棲息する者たちなので、それほど被害は受けていないようですが……」
「うえぇ……ゴッドヴァシュランズオルムご夫妻は大変でしょうね」
「あの方たちの居城は、コウガイの丘にあるので問題ないようです。歌女どもは湿気を好む割に水に溺れるので、救出部隊を派遣しています」
「カジョ……?」
「歌女は細長く非力な魔物で、手も足も目もないため、メメズとも呼ばれているようです」
ああ、ミミズね。あいつらって水が大好きかと思いきや、溺れてすぐ死ぬんだよね。魔国でもそうなのかな? 現実世界の実家近くの用水路には、ミミズ以外にドデカいヤマナメクジが落ちてたりするんだけど、某風の谷みたいなマークが入ってたりしてものすごく強そうだった。魔国にもいるのかな、ヤマナメクジ。蜘蛛の魔物がいるんだから、絶対いるよね。今度探してみよ。
歌女たちは、南の湿地に棲んでいて、土をフカフカにしてくれる貴重な人材らしい。農民的な位置付けなのだろうか。湿地って何が育つんだろ? 前回湿地に行ったときは、ただひたすらジャングルみたいにしか見えなかったけど。
私がうすボンヤリとそんなことを思い出していると、マーヤークさんは少し考え事をするように口元に手をやって、しばらく無言になっている。
この悪魔が黙り込んじゃうと、私は膝の上でムームー言ってる魔国の王子殿下に、ひたすらチョコを渡すだけの機械になってしまう。今までのパターンからいって、マーヤークさんが会話を止めるって、あんまいい兆候じゃないんだが……
「これは、まだ確認作業が完了していない情報なのですが、上流の堰を破壊した者が目撃されておりまして」
「はぁ……」
「それがどうも勇者様に似ていたということなのです」
「え?! それってどういう……?」
「案外近いところにいらっしゃるのではないかと……」
「ちょ、それって魔国内のどこかってことですよね?! てことは、許可なしで今から行っても問題ない……?」
「ですが、まだその場にいらっしゃるとは思えません。無駄足になる可能性は高いでしょう」
この悪魔はなぜこんなことを言ったのか? 私が動くことを期待してる……? 一応、天使さん達のお城はもう完成したも同然だし、私がいなくてもどうにかなるだろう。ほかの仕事もほぼ終わってるし……すぐ行って、すぐ戻ってくればいいんだよね。なんか問題あるかな? 戻るだけなら一瞬だし……
「そこって、ここからどのくらい時間がかかる場所なんですか?」
「……行きたいですか?」
「そ、そりゃあ……まあ、可能なら……」
「とのことです、王子殿下」
「ムー!!」
「え? ……え?!」
「王子殿下は遠乗りに行きたいとのことで、ミドヴェルト様をお誘いに上がりました」
「え、フワフワちゃん、ホント?!」
「ムー! ムー!」
なんて優しい子なの!! 私は思わずフワフワちゃんを抱きしめて、思いっきりフワ吸いをする。そういや最近オキシトシンもらってない! くれ!!
フワフワちゃんは、めっちゃ嫌がってうにうに身を捩るけど、逃がさないよ! 本気で嫌なら、この最強の王子殿下は、私の腕など簡単に振り払えてしまうだろう。それをしないってことは、プロレスを楽しみたいということじゃろう、そうじゃろう?
しばらく長椅子の上でわちゃわちゃして、とうとうフワフワちゃんに逃げられて座面に倒れ込むと、位置的に向かい側に座るマーヤークさんから見下ろされる形になってしまった。
そういえばこの悪魔、フワフワちゃんのこと大好きだったよね確か……嫉妬とかされたら後が面倒だ。私は何事もなかったかのように起き上がって襟を正す。
「ごほんっ、失礼いたしました……」
「いえいえ、相変わらず仲がおよろしいことで、結構なことですね」
めちゃくちゃ笑顔の悪魔に、嫌味か何なのかわからないことを言われて、私は「はは……」と曖昧な苦笑で返すしかなかった。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
正直、竜車に乗るのは、この王城に来たとき以来だった。
あのときは、何だかよくわからないままに乗り込んですぐ出発してしまったのでよくわからなかったけど、この竜……火……吐いてます……
「まあ、本当に来たのね。肝が座っているという噂は聞いていたけれど」
竜の吐く火に気を取られていて気付くのが遅れてしまったけど、なぜか竜車にはすでにチュレア女公爵様が乗っていらっしゃる。何故……
チュレア女公爵様は、舞踏会でお会いしたときより豪華なドレスをお召しになっていて、お付きの文官さんたちが女公爵様の動きに合わせてちょこまかとドレスの裾を直している。え……なんで座ってたのにわざわざ立ち上がって、竜車を降りようとしていらっしゃるのでしょうか??
「まあまあ、ミドヴェルト、お待ちしていましたわよ。マーヤーク、タウオン王子をこちらにお乗せ。そうそう、兄上には伝言しておいたから案ずることはありません」
さすがに王様の妹だけあって、いちいち動きが堂々たるものだ。お付きの文官さんたちは、そそくさとチュレア女公爵様の周りを中腰のまま駆け巡って、竜車を降りる女主人をサポートしている。大変ですね……え、また座って……あ、その座席って取り外せるんだ……へえー、そのまま運ばれて……あぁ……
「さあ、いらっしゃいなミドヴェルト」
お付きの方々に竜車の座席のまま中庭の地面まで運ばれてきた女公爵様は、すぐ隣の空いた座面を手で軽く叩き、目の前の私を呼びつける。
まさか……そこに座れと……?
個人的にはちょっとどうかなと思うけど、王妹殿下の命令に逆らえるわけないんだよね。
私は恐る恐る近づいて、チュレア女公爵様の隣りに座る。お付きの文官さん達に申し訳ない気持ちがスゴ過ぎて、無意味に体を強張らせてあんまり座席にベタ座りしないようにしてみたけど、別に浮遊魔法が使えるわけじゃないので体重は変わらない。
すみませんすみません……と心の中で唱えながら、座席ごと持ち上げられて、竜車まで運ばれる。思いのほかバランスが取れなくて落ちそうになるけど、さりげなく女公爵様が支えてくださって、なんかイケメンとか思ってしまった。
何とか無事に竜車に乗り込むと、チュレア女公爵様は上機嫌で御者さんに出発を告げる。
「さあ、遠乗りに出かけましょうか! ついでに川の様子も見なくてはね! まあまあ、なんて忙しいのでしょう、早く行ってちょうだいな!」
その声で、竜車はグイッと上向きに出発し、ぐるぐるとスパイラルを描いて高度を上げていく。
忘れてたけど、私は高所恐怖症だった。この微妙な高さですっかり足がすくんでしまったけど、今は座っているだけなので、目をつぶって耐えるのみ。飛行高度まで行っちゃえば、私は大丈夫なのだ。何でかわからないけど。でもさ……顔面にとんでもない強風を受けながら、私は思う。
何で竜車って、オープンカー仕様なの?!




