9.『秘密の恋』part 9.
コロッセオのイベントは、かなりの盛り上がりを見せつつ終わった。
ホリーブレ洞窟の面々って魔国では幻みたいな存在なので、一般的には好奇の目で見られてしまうようだ。麗人であるポヴェーリアさんは外見が繊細で一見弱そうなので、レベルが低くて状況判断ができない魔国民とかは、どうしても上から目線な感じになってしまうらしい。
「ホリーブレ洞窟の者とはいえあの程度か! これは我が魔国の脅威とは到底言えぬな!」
「あの警備兵は南の主のご子息であったか……只者ではないようだ」
「あの麗人……美しいわぁ……」
力がある魔国民の中には、何でもパワーで解決しちゃうわがままセレブが多いので、早速ポヴェーリアさんに色目を使っている淑女もチラホラ見える。彼らの脳内では、蛇男くんに負けたポヴェーリアさんは、与し易い存在と思われているようだ。私も魔国に来たばっかりの頃は、気が強いメイドさんに無視されたり、悪魔執事に嫌味を言われたりしたもんだ。
レベルアップした妖精王女のアイテールちゃんという目下最強の存在が主になっているので、ポヴェーリアさんに手を出せる魔国民は居ないだろう。弱肉強食の魔国内でも、ポヴェーリアさんは単体でかなりトップのほうに位置付けられる強さだし、怪しい発言をしてる人は放置で。
……と思いながらも、アイテールちゃんの数歩後ろを歩くポヴェーリアさんに目をやると、なんだかすごく……落ち込んでますね……だ、大丈夫かな??
蛇男くんは勝利を宣言された後、飛び上がるほど喜んでアイテールちゃんとの約束を確認し、汚れた体を清めに行ってしまった。
一方のポヴェーリアさんは、そのまま妖精王女様に付き従っている。一応は彼も僕として夜の舞踏会に出席しなきゃいけないんだけど、麗人様の仕様なのか、傷の手当てと同様に一瞬で着替えとかもできるっぽいから問題ないそうだ。
「そなた、教育係殿についてゆくがよい」
「は?」
アイテールちゃんがあまりにも突飛な提案をしたので、話しかけられた本人であるポヴェーリアさんより先に、私が変な声を上げてしまった。ポヴェーリアさんは無言のまま、目だけで妖精王女様の表情を窺う。
そもそも、私が魔国外に出られるのか、まだ上層部から返答はないのだ。特別に捜索部隊を編成してくれるっぽい話だけは聞いてるけど、何だかんだで引き伸ばされている。
「あの……王女様? 私はまだ……」
「……承知いたしました」
「え、ちょっと待ってくださいよ! いや、だから……私は正式には……」
アイテールちゃんに訂正入れようと思ったら、ポヴェーリアさんまで素直に受け入れる流れになってて、私は焦って説明しようと身振り手振りで慌ただしく話の流れを変えようとした。なんで私が複雑な関係の尻拭いをしなければいけないのか?! そもそもアイテールちゃんって、ポヴェーリアさんのこと、どんくらい好きなの? まずはそこなのよ。ちょっとこの辺詰めてからじゃないと、どんな方針でいけばいいかわからないじゃん!!
今んとこ、アイテールちゃんはポヴェーリアさんに失望してるみたいで、その気持ちは正しくポヴェーリアさんに伝わっちゃっているようだ。ポヴェーリアさんは、自分から妖精王女様にアプローチしてきたワケだけど、どのくらいアイテールちゃんのこと好きなのか。精霊女王ベリル様のお相手になるのが嫌で現実逃避しただけなのか? そこら辺ハッキリさせないと、大精霊様方に責められたとき守りきれなくなりそう。
ベリル様とかアズラ様あたりはどうでも良さそうな雰囲気だったけど、ジェット様とかはガチでポヴェーリアさんを成敗しようとしてたっぽいし、ほかにもお怒りモードな大精霊様とか麗人さんが居そうで問題は山積みなのだ。
私はといえば、自分の仕事とプライベートの問題を抱えているし、ぐったりしちゃうけど1個ずつ片付けるしかない。みんなの言うとおり、そう簡単に勇者様がどうにかなるとは思ってないので、こうして通常業務のほうを優先させてしまっているわけだけど。それでも気は散るし、余計なストレスがかかって疲労感は半端ない。
最近は無意味にチョコとか食べちゃって、ちょっと口元が荒れちゃったりもしているし、軽くノイローゼっぽいなと思ったりしている。
そんな余裕のない状態なもんだから、自分以外のことに配慮するのが難しかった。
アイテールちゃんは、じっと私の狼狽えっぷりを見ながら、軽くため息を吐く。
「わかっておる。教育係殿は、おそらく魔国の王には無断で出奔することになろう。そうなれば我はついて行けぬ。ポヴェーリアを供として付けるゆえ、何かあれば連絡をよこすがよい」
「えぇ……? それってまさか……」
この妖精王女様……千里眼まで身につけたっていうのか……?!
私が呆気にとられていると、アイテールちゃんは、指をくるっと回してキラキラの光に包まれた。光が消えると、金色の差し色が繊細に散りばめられたアイボリーのふんわりしたドレスを纏い、しっかり正装でキメている。
「ふむ、今回はまあまあ気に入ったぞ」
「お美しゅうございます」
アイテールちゃんが、ドレスの細部をそこかしこチェックしながら独り言のように呟くと、流れるようにポヴェーリアさんが賞賛した。その言葉にすら少し眉を顰め、妖精王女様は私に話を振る。
「アンチン殿は気に入ってくれるであろうか? どう思う? 教育係殿よ」
「いいと思いますよ。以前の黄色モチーフのドレスも可愛かったけど、金色って凄く大人っぽいですね!」
小さい頃のアイテールちゃんは、ナチュラル系の小花を散りばめたドレスがよく似合っていたけど、大きくなった妖精王女様はかなりゴージャス系が似合うと思う。妖精の好みなのか王女様のしきたりなのか、基本的に白っぽい雰囲気で差し色を変えてくることが多いんだけど、今回は金糸で立体的な刺繍がされとりわけ豪華な印象だ。
あえて蛇男くんの好みを気にする素振りを見せるあたり、めちゃくちゃポヴェーリアさんに攻撃的な言い方だなぁと思う……けど、そんなとこ指摘してもフォローしても、どっちみちポヴェーリアさんの傷が広がるだけなのでスルーするしかない。
久々すぎて鈍ってるけど、めちゃくちゃ気を使う空間にぶっ込まれて、私の脳は活性化していた。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
王城の大広間は何度も来てるけど、無骨ながらも豪華な空間で、舞踏会の飾り付けが美しく煌めいていた。視界が眩しくなるくらいで、担当者の意気込みが窺える。そういや、さっき上層部の様子を報告しに来てくれたマーヤークさんが愚痴っていたっけ。
王城の舞踏会を取り仕切っているのは、王様の妹であるチュレア女公爵様だ。わりと初期に紹介されたような気がするけど、基本穏やかで有能な人って感じ。お互い忙しくてあまり接点がないけど、たまに会うと優しくしてくれる。先の戦争でかなりの功績を上げた猛者ということで、得意技は大範囲攻撃魔法。私は見たことないけど、チュレア女公爵様がキレると町ひとつ吹き飛ばしてしまうので、マーヤークさんがいつも結界を張って大事故を防いでいるらしい。
悪魔執事さんが最も必要とされているところが意外にもこの作業で、魔国にはマーヤークさん以外にチュレア女公爵様を抑えられる人材は居ないんだとか。もうあと何年かでマーヤークさんは契約が切れてフリーになってしまうわけだが、大丈夫か魔国。
そのチュレア女公爵様が、私とアイテールちゃんを見つけて、珍しく話しかけてきた。
「まあ、やっと来たわね。そちらの妖精王女様に、ぜひご紹介したいお客様がいらっしゃるのよ」
「それは『断れない面倒』というやつではあるまいな?」
「ご機嫌麗しく、チュレア女公爵様。素晴らしい舞踏会ですね、超キラキラでテンション爆上がりですよー!」
「あらあら、褒めても何も出ないわよ。むしろミドヴェルトには特別なチョコを出して貰いたいんですからね」
「チュレア女公爵様のご依頼とあれば、何だって出しちゃいますよ。どんなチョコをご所望なんです?」
女公爵様と会話を続けながら大広間を移動していくと、テラスの近くに豪華な服を着た背の高いご夫婦がいた。その二人がこちらに屈託のない笑顔を向けてくるので、私は逆に身構えてしまう。貴族の知り合いなんて、ライオン公爵様とホムンクルス姫ぐらいしかいないし、それ以外の魔国の貴族ってヤベー奴しか居ないイメージだ。
しかし、パッと見は良い人そうな雰囲気。
どうにも判断がつかないまま女公爵様に導かれて近づいていくと、横にいるアイテールちゃんが私の手を掴んできて、久々に人見知りを発動しているようだった。その後ろには、訝しげな目をしたポヴェーリアさんが、今にも剣を抜きそうな勢いでピッタリついてきている。いや、さすがに女公爵様の紹介で暗殺はないと思うぞ。そういうとこやぞ。
「やあ、お久しぶりですな、ミドヴェルトさん」
「お元気そうね、会いたかったわ」
「あ、どうも……えーと……」
「こちら、ゴッドヴァシュランズオルムご夫妻よ」
「え?! え、でも……え?!」
「ははは、この度は息子がお世話になったようで」
「王城に招かれるときは、いつもこの姿になるんですの」
まさかの蛇男くんのご両親?!
私は、南の湿原で会ったあの大きな蛇の姿を思い出し、目の前のイケオジと美魔女カップルに意識を戻す。全然、似ても似つかないけど、雰囲気はあのときお話しさせていただいた蛇男くんのご両親そのものだった。
「父上! 母上!」
後ろから声がして振り向くと、騎士団員の正装を着た蛇男くんがやってきた。こっちはいつもの蛇姿で、何となくホッとする。
「王女様、彼のお相手できますか?」
「わ、わかっておる、二言はない」
私はご両親のほうに下がって、アイテールちゃんが一歩前にでる。
蛇男くんは、ちょっと緊張しながら妖精王女様に向き合って、何とか言葉を絞り出した。
「た……大変その、お綺麗です! 本日は是非ぼ……わたくしと踊っていただけませんか」
「よかろう」
「あ、ありがとうございます!!」
大広間の真ん中では、すでに何組かのカップルがくるくる回りながら踊っている。
ここにアイテールちゃんが加われば、さぞかし豪華で目立つ存在となることだろう。
なんてことを思っていると、後ろから声がかかった。
「ミドヴェルト様、一曲よろしいでしょうか?」
「ぅえ? 私ですか?!」
なんかアイテールちゃんに命令されてたのかな? ポヴェーリアさんが死んだ目で私をダンスに誘ってくれたので、断ることもできずお受けする。一応、アイテールちゃんと練習していたので、基本のステップなら何とかいけるはず。
なんて……軽く考えていたけど、ポヴェーリアさんの症状は深刻だった。




