3.『蛇男君の昇進試験』part 3.
「それでは準備いいですかぁー? 皆さんしっかり手を繋いでください!」
王都に行くことを決めてくれた人間の皆さんは、結果的に126人にものぼった。
ただ、西の森ホテルで働きたいという人はゼロ。まあ、千里の道も一歩からってことで、王都に来てくれるだけで今はよしとしよう。公爵領の執事さんと村長は、まだまだ連れ出して欲しそうだったけど、公爵様が人間を保護したいという考えなので、できる限りのことはすると言ってくれた。が、頑張って……ください。
というわけで、みんな私の転移魔法で帰ることになり、魔車は公爵領に置いておくことになった。御者さんは公爵領から王都に行く人や荷物を集めてから、時間差で帰ってくるみたい。申し訳ないけどパーティーで使い果たしたお土産を買い足してくるように御者さんに頼んで、お礼込みでお金を多めに渡しておく。避難民の皆さんはメガラニカの滅亡以来、2度目の転移ということになる。そのせいか混乱もなくスムーズに転移できた。
「おお、ミドヴェルト様ですか?」
教会に無事転移すると、今回は人がいなくて人口密度ぎゅうぎゅうってことにはならなかった。でも小走りで駆け寄ってきた部下っぽいエルフさんが、ロプノール君は風邪でダウンしてるって教えてくれて急遽お見舞いに行くことになった。
さすがの大司教様も、魔国の人事異動に向けて根を詰めすぎたのか、昨夜熱を出してしまったらしい。しばらく人間のみなさんをベアトゥス様に任せて、私はロプノール君の部下と一緒に教会の奥に入る。
そっか、もうあの王都の家には住んでないんだな……もともとロプノール君は公爵様の従僕として王城に住んでたし、一時的な借家だったのかもしれない。
豪華な教会の奥は、ちょっとした宿泊施設になっているようで、ここで働く人はみんな寝泊まりしているとのことだった。思いのほか天井が低くて、3階建てになっている。教会みたいな飾り柱とかはなくて、ほんとに使用人の部屋みたいにそっけない作りだ。
「大司教様はこちらです」
前を歩いていた部下エルフさんが、扉の前で立ち止まって礼をする。
とりあえずノックしてみると、中からドアが開いて小さなウサギ系女子が顔を出した。
「あ、あの、大司教様は今……はっ! ミドヴェルト様ですか! し、失礼いたしました! お入りください!!」
「すみません急に……失礼します」
真っ赤になってドアを開けるウサ子ちゃんはかなり可愛い。あれ……ロプちゃんまさか? いや、デリケートな話は今はすまい。とりあえず、純粋にお見舞いを遂行するのみである。
簡素なベッドに横になっているロプノール君は、思ったより苦しそうで本当にダウンしていた。
魔国では結構高度な回復系アイテムが充実していて、最悪死んでも蘇生できるほどだ。なのに風邪でこんなに重症化するってどういうこと?
「えーっと……回復薬などは効かない感じですか?」
「はい、昨晩お倒れになってから、手に入る薬はほとんど試したのですが……」
部下エルフさんが困ったように説明する。ウサ子ちゃんはというと、オロオロと涙目でその後ろに控えていた。
念のため皮膚をチェックさせてもらったけど、どこにも黄灰色になってるところはなくて眷属の病気ではないっぽい。
「念のため、この部屋を消毒します。皆さん目をつぶっていてください」
「は、はい!」
「お願いします」
「行きますよ……ブラックライト!」
青紫色の光が部屋中に行き渡ると、少し空気が清浄化したような気がする。正直、私もうっかりロプノール君に触ってしまい、ちょっとビビっていたので念入りに消毒魔法をかけておく。空気感染じゃないといいけど……まあ、今さらか。
「熱以外に症状はあるんですか? 食中毒や毒物摂取の可能性は?」
「一応、毒消しも飲ませたのですが……あまり効果はないようです」
私の質問に部下エルフさんが答えると、ウサ子ちゃんが声を上げた。
「女神様!! どうか大司教様をお救いくださいませ!」
うえぇ……私は女神じゃないんだよ……ごめんねウサちゃん。しかし、カワモフなウサギ系女子のピュアな瞳で見つめられると、簡単に期待を打ち砕くことはできなかった。部下エルフさんがその場を収めてくれて、私は前向きに検討する旨を伝え、そそくさとその場をあとにしたのだった。
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ワイワイ騒がしい教会の広間に戻ってくると、ベアトゥス様が皆さんから質問攻めにあっていた。
「王城で働くには、魔物以上に強くならなければいけないんですか?」
「お給料はどのくらいいただけるものなんですか?」
「好きな食べ物は何ですか?!」
おい最後!! 126人もいると、一部が騒いだだけでも相当にうるさい。勇者様もタジタジな感じで、私を見つけるなりSOSの視線を送ってくる。でもこれってアレだよね。アフリカとかでヌーが川を渡るときに一頭を犠牲にしてみんなが渡り切るっていうアレ。自国民と仲良くなれて良かったじゃないですか。邪魔者は黙って去りますから、ごゆっくり。
126人と勇者様のオリエンテーションをロプノール君の部下たちに任せ、私は教会近くの錬金術アトリエに急ぐ。
「先生! 急患です!!」
私が勢いよくドアを開けたとき、アトリエの中では助手のマルパッセさんが、大量の書類に囲まれて何やら記録の真っ最中だった。
「おや、どうしたんだね?」
「あれ? ロンゲラップさんは居ないんですか?」
「師は出かけているが……明日にはお帰りになるはずだよ」
「ああ、じゃあ明日またお伺いします」
チッ、居なかったか……ロプノール君の症状について聞きたかったんだけどな……
もしかして……青髪悪魔大先生も魔国の人事異動の餌食に? ……いやまさかね。
気を取り直して教会に戻ると、私の逃亡にいたくお怒りの勇者様がいらっしゃった。
「お前、どこへ行っていた!」
「あ、ベアトゥス様。新人教育はもう終わったんですか?」
「あのなあ……ふん、まあいい。こいつらは王城の警備につきたいらしい。俺が見たところ、まあまあ使えそうだぞ」
そう言ってベアトゥス様が連れてきた人間は、そこそこ筋肉がある男性3名だった。
やっぱ筋肉は筋肉を呼ぶのか……? 3人は勇者様に認められたことで、希望にあふれた目をしている。公爵領でこんなキラキラした人いなかったと思うから、王都に来て元気になったのかもしれない。せっかく前向きになったのに、私のせいで世知辛い現実を突きつけてしまったら、今度こそ立ち直れないかもしれない。
「警備と言いましても、私は別に人事に口出しできるわけじゃないですよ?」
この勇者様は、私に面倒を押し付けて怒りを伝えようとしているんだろうか。何やらドヤ顔で腕組みをしているベアトゥス様を見ながら、私は蛇男君にでも話を聞いてみようと当たりをつけた。そういえば、ベアトゥス様だって厨房での昇進試験があるんじゃないだろうか? 私の場合は、ホリーブレ洞窟についてくこと自体が試験みたいなものらしいんだけど。
「じゃあ、ひとまず王城に向かいましょうか? こちらの3人がお城に入れるかどうか聞いてみますよ。それでいいですね?」
3人は黙って頷いた。
王城に向かって歩き出すと、勇者様が手を繋いできたので、大人しくされるがままになる。後ろに3人いるんですけど?! と思ったけど、ここで一悶着するほうがもっと注目を集めそうで嫌だった。
この勇者、ナチュラルにこの行動してるのか、それとも私が騒がないことを想定して計算づくでやってるのかわからない。まあ……様付け問題でゴリ押ししてしまったし、一応お付き合いしてる設定なので、譲るところは譲っておかないと後が怖い気がする。
などと思っている私もこれ計算かな? 余計なことで頭使わされると疲れるから嫌なんだけど。
王城の入り口に着くと、門番さんに事情を話して3人を見てもらう。門番さん曰く、もう人間は何人か通しているので問題ないとのことだった。そこそこ筋肉はあるけど、所詮人間だし、王城で働くような人たちと比べたら一瞬で負けると判断されてるっぽい。それはまあそうかもしれないけど……だとすると3人は警備の仕事に就けるんだろうか?
私は思わず3人のほうに振り返ってしまう。ちょっと不安な顔をしてしまったせいか、同時に3人も表情をこわばらせた。
「と、とりあえず私の部屋までお通ししますね。ベアトゥス様は厨房に……」
「はぁ? 俺も行くに決まってんだろ? 責任があるんだからな!」
忘れてた……私の部屋に男の人が来ると、この勇者様はすごく怒るんだった。いや仕事だし……という言い訳は通用しない。非常に面倒くさいけど、暴れられても困るのでみんなで移動する。
最近は私の部屋の警備から外れたみたいだけど、蛇男君はまだ王城の警備を続けているはずだ。ヤギ系文官さんが居たので蛇男君のことを尋ねると、今日は見かけていないとのことだった。
仕方なくそのまま私の部屋にたどり着き、ドアを開けようとすると、2階に上がる階段の影に尻尾が見えた。
「え? あれ? 蛇男君……?」
「み、見ないでください!! すみません! すぐ移動しますから!!」
見ないでと言われると、つい見てしまうのが悪い癖だ。
蛇男君は、薄皮が剥がれて脱皮の最中だった。