9.『秘密の恋』part 8.
お昼を挟んで、コロッセオでは、いよいよメインイベントがはじまったようだ。
昼からメインでいいのか? と思ったけど、今日って王城で夜会があるんだって。そんでもって、ここで勝利したら、蛇男くんは妖精王女様と一曲踊れる権利をゲットできる予定だ。そういや、そんなスケジュールを文官さんから聞かされていたような……一応、私も礼服着とくか……上着一枚羽織るだけだけど。
さっきチラッと蛇男くんが練習してるとこを見た限りでは、ポヴェーリアさんといい勝負になりそう。少なくとも、一方的に負けるなんてことはなさそうだった。
ポヴェーリアさんはといえば、何だかちょっと思い詰めてるみたいな雰囲気漂わせてるけど、大丈夫か……? いつものキラッキラな美丈夫っぷりに適度な憂いが加わって、さすが麗人の王という繊細な佇まいになっている。こんな壊れそうな見た目に反して、アイテールちゃん直々に手合わせしてもらってるから、結構な強さではあるらしい。ちょっと私のような素人が見ただけでは判断できないレベルなのだった。
アイテールちゃんのためには、ポヴェーリアさんがレベルアップして勝ってくれたほうがいいんだろうね……でも、蛇男くん側の立場になってしまった私としては目指せレッツダンス!! ってな感じなので『打倒! 麗人ポヴェーリア』っていう横断幕まで作って、ベテランメイドさんに客席で掲げてもらう手筈になっている。
アイテールちゃんの思惑どおり会場は完全に温まっている状態で、二人の情報をアナウンスするのはお互いの推薦人だ。私のカラオケ魔法で出したマイクで、会場に響き渡る口上は、長々しくて仰々しい。
「やあやあ、これなるは南の主が一粒種、豊穣の地より来たるゴッドヴァシュランズオルムの一番星! アンチン・ロードヌル・ゴッドヴァシュランズオルムであるぞ!! 降りかかる火の粉を払うが如く、先の騎士戦では、なんとなんとの5人抜き!! このたび騎士団への入団も認められ、その実力は折り紙つき!! 皆様ご期待あれ!!」
蛇男くんの推薦人は、なかなかの話し上手で、抑揚を付けてスラスラと口上を延べる。
一方の蛇男くんは、さっきより緊張しているみたいで、瞳孔が完全に開き切っていた。全力を出し切れればいいけど……こりゃ無理か?
「皆々様! これなるは彼の伝説の地、ホリーブレ洞窟より来たる麗人の王、ポヴェーリアーー!! 精霊の国に生まれ、妖精王女アイテール様にすべてを捧げんと誓った剣士!! 流麗なるその剣先は、すべてのものを切り裂くことでありましょう! さあ拍手を! ありがとう、ありがとう、そこの淑女のあなた、美しいお嬢様方も、皆様ご期待ください!!」
推薦人が調子のいい口上を言い終わると、ポヴェーリアさんはいつものような落ち着いた雰囲気で、女性たちから黄色い悲鳴を受けていた。魔国の皆さんも、やっぱり麗人の煌めくような美しさには太刀打ちできないらしい。客席では、すぐ後ろの紳士に倒れ掛かるウニョウニョの塊が見えた。種族がわからないけど、どうやら淑女のようだ。
コロッセオは大盛り上がりで、女性っぽい人たちはポヴェーリアさん推し、男性っぽい感じの人たちは蛇男くんを応援するという感じになっていた。
審判役は何だか虫っぽい騎士さんで、アイテールちゃんの話によると、バルゼブ騎士団のドラゴンキラーとして有名な騎士団長らしい。動体視力がとんでもなく良いみたいで、二人の剣筋をバッチリ追えるのはロドニーしかおらぬ、というのが妖精王女様の言であった。
そう言われると、蛇男くんもかなりの素早さだったし、ポヴェーリアさんと本気でやり合ったら見えない戦いになっちゃうのかもしれない。どうしよう……某少年漫画みたいに音しか聞こえなかったりして。
緊張が高まる中、審判が投げた金色の羽根がふわりと地面に落ちる。
その瞬間、蛇男くんとポヴェーリアさんはお互いに間合いを詰め、「キィン!」と金属音が響いた。
二人の動きは、まだギリギリ私も見えてる。
細かい技はわかんないけど、二人とも攻撃が主体で、あんまり守りには気を使ってないみたいな前のめりっぷりだった。
いつだったか、攻撃が最大の防御って聞いたことあるし、二人ともパワー系ってよりはスピード系だから手数を稼ぐ感じなのだろう。
キンキンという剣戟のリズムが心地よく聞こえるようになって、二人がほぼ互角だとわかると、シンとして見守っていた観客たちが徐々に声をかけはじめた。そこに混じって私も恐るおそる声援を送ってみる。
「へ、蛇……じゃなくてアンチンくん! 頑張って!! わ! ひえっ!! あぶな!」
「教育係殿よ……あの者の集中力を削ぐでない」
「あ、すみません……つい」
手に汗握る攻防が続き、10分以上経ってもなかなか決着がつかない。
これは技を決めるっていうより、スタミナ勝負ってことになるのかな……?
なんてことを考えていると、審判のロドニー騎士団長が、鋭く「止まれ!」と合図した。
「ヴァシュランズオルムに1点、ポヴェーリア氏、怪我の手当は必要か?」
「必要ない」
そのやり取りを聞いてよく見ると、なんとポヴェーリアさんの頬に傷がついていた。
何人かの女性っぽい観客が音もなく倒れ、私の隣りにいるアイテールちゃんも眉を顰める。
さすが麗人というか、血が出るようなことはなかったけど、何だかポヴェーリアさんの傷の中は異空間みたいになっていてキラキラとした破片が漏れ出している。麗人て……一体ナニで出来てるんだ?
ポヴェーリアさんが手の甲で頬を軽く撫でると、何事もなかったようにキラキラした傷口は塞がった。
どうやら一発で勝敗がつくわけではないらしい。
3セット勝負で、2点先取したほうが勝ちというルールなので、蛇男くんは1点ゲット。もう1ポイント取れば勝ちだ。そんなわけでポヴェーリアさんはと言えば、1点取り返さないと崖っぷちである。
「ポヴェーリア様ぁ! 頑張ってぇ!!」
「美しすぎます! 優勝ですわ!!」
「ポヴェーリア様、私と結婚してー!!」
麗人ポヴェーリアさんが仕切り直すように剣をゆっくりと振ると、その動きに合わせて黄色い歓声が上がった。
一応、妖精王女様というお相手がいるのですけど……麗人の王はチャームでも使えるのか? みんなすっかりポヴェーリアさんに夢中で、その視界に入ろうとひしめき合いながらアピール合戦をしている。
私はアイテールちゃんの表情を窺いつつ、蛇男くんに声をかけようと口を開けかけた。すると、
「アンチン・ロードヌル・ヴァシュランズオルム!! もっとしっかり相手を見よ! 脇を締めて重心を前に移すのじゃ!」
「へ?」
妖精王女様が、蛇男くんにアドバイスを送りはじめたのだ。
フルネームで呼ばれた蛇男くんは、突然のことに驚きながらもポヴェーリアさんから目を離さない。一方のポヴェーリアさんは、明らかに動揺して表情が曇っていた。
一瞬、蛇男くんを混乱させ、ポヴェーリアさんを優位にする作戦かと思ってしまったけど……どうやらガチでお怒りモードらしい。
ほかの女性陣たちにモテまくっているからか?
妖精王女様の尊い御心は、私なんかには到底わかりませんです。
ただ、ポヴェーリアさんの顔色がどんどん悪くなって、今にも膝をつきそうな雰囲気になっている。これはわかる。
私は何だか急に、追い込まれたポヴェーリアさんを応援しなきゃいけないような気分になって、ドキドキしながら祈る姿勢を取ってみた。さすがに声に出して応援する勇気はない。
蛇男くんは、アイテールちゃんに言われたとおり、素早い動きで前に出る。これまで以上にスピード感があって、妖精王女様のアドバイスはかなり有用だったみたい。
「くッ……!」
目に見えないほど速い蛇男くんの一撃を、かろうじて剣でかわしたポヴェーリアさんは、そのまま蛇男くんの懐に飛び込んでカウンター狙いの攻撃に出た。でも横でアイテールちゃんが「馬鹿……」と呟くのが聞こえ、すぐに審判が「止まれ!」と合図する。
観客が固唾を飲んで見守っていると、蛇男くんがポヴェーリアさんの喉元に剣を突きつけており、ポヴェーリアさんの剣はまだ何もない空間にあった。蛇男くんの剣をかわしたときの反動で、ほんの少しだけ動きが遅れてしまったらしい。
「勝者、ヴァシュランズオルム!!」
審判の判定で、コロッセオの観客たちは一斉に叫び出す。きゃああああと金切り声をあげる女性らしき魔物や、よっしゃあああああ勝ったあああああと喜ぶ木みたいな人、満面の笑みでお金のやり取りをする客もいる。ちょっとそこ、賭け事は隠れてやってくださいよ。……なんて思いながらふと振り向くと、ロイヤルボックスではセドレツ大臣が、ニコニコしながら王様からお金を巻き上げていた。
あ、ここって魔国だったんだわ……
まあ……無礼講だしね。




