9.『秘密の恋』part 7.
「蛇……じゃなくて、アンチンくん、調子はどうですか?」
「は、はいっ! 俺……あ! 自分は問題ありませんッ!」
「チョコいっぱい食べてくださいね?」
「はい! わかりましたッ!」
……めちゃ硬。
私が魔国の王城に来た頃、ちょうど部屋の警備をしてくれてたのが、この蛇男くんだった。
アンチン・ロードヌル・ゴッドヴァシュランズオルムという長い名前が本名で、ご両親は南の湿地をおさめる主である。
当時は、魔国の王子殿下であるフワフワちゃんがずっと一緒だったから、蛇男くんは私のことも貴族か何かだと思っていたらしい。
それに、『歌』の実験台にしてしまったから、何かヤバい存在だと思われていたようだ。
私の『歌』は、悪魔や天使にはかなり攻撃的な破壊音になるらしいけど、妖精や普通の魔物にはなんか良い気分になるぐらいのメロディに聞こえるみたい。そんでもって、人間にはまったく聞こえない。まあ……頭で思ってるだけだし、人にまで聞こえたら困るよね。
ってなわけで、ハッキリ確認してはいないけど、私の『歌』は真面目っ子な蛇男くんを何かに目覚めさせちゃったっぽい。
その上、脱皮にも立ち会ってしまったので、なんだかんだでお互いに親戚のおばさんと甥っ子くらいの距離感になったのだった。
私自身、よくわからないままに魔国に来てしまって心細いところを厨房のおばちゃんとかに救われたところがあるので、実家を出てひとり王城で働く蛇男くんにちょっとしたシンパシーを感じたりなんかしちゃったりしている。だから、引っ込み思案な私自身なら到底やりそうもない行動を、厨房のおばちゃんならこうするかも……って感じで演じることができるのだ。
私は迷惑をかけたお詫びに、蛇男くんの親戚のおばちゃんになろうと決心した。迷惑かも知んないけど、まあ私がやりたいようにやるしかない。
それがお節介おばさんの真骨頂というものだろう。
「な、なんでしょうか……?!」
うっかり心の中で決めた想いを、私は視線で蛇男くんに送ってしまっていたっぽい。チョコを口まで運んで手を止めた蛇男くんが、何やら不安そうな顔で聞いてきた。いや、実際にはあんまり表情の違いはわかんないんだけど、首ごと頭を後ろに引いているのでなんとなく警戒しているように見えるのだった。
「アンチンくん、きっと大丈夫だからね! 何があっても私は味方だから!」
「あ、ありがとうございます! ミドヴェルト様!」
元はと言えば、妖精王女のアイテールちゃんが強くなり過ぎたのが悪いのだ。麗人の王として大精霊様に作られたポヴェーリアさんだって、それなりに強い。でもあまりのレベル差に僕契約しちゃったらしく、対等な立場で話すことができなくなってしまったんだって。
立場上、アイテールちゃんはポヴェーリアさんの応援をするしかないし、蛇男くんの応援は私に任せろー!
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「ゴッドヴァシュランズオルムの名に賭けて!」
お気に入りの掛け声になっちゃったのか、蛇男くんは闘技場の上でも、何だかどこかで聞いたことがあるフレーズを叫んでいる。
本日は、蛇男くんとポヴェーリアさんの決闘の日。
最初は騎士団の練習場をお借りして闘う予定だったんだけど、何だか話が大きくなって、西の森のコロッセオを開放することになってしまった。観客も入れることになって、ちょっとしたお祭りだ。蛇男くんの訓練に付き合ってくださった騎士団の皆さんも、応援と称して特別休暇が出ているっぽい。大丈夫か……
妖精王女のアイテールちゃんはといえば、ノリノリで前座の企画とかに首を突っ込んでいた。なんかこのパンフレット……見覚えのある名前があるんですけど……
「あのー……王女様?」
「なんじゃ?」
私は、ロイヤルボックスで出店のフルーツジュースを3個も並べて飲んでいるアイテールちゃんに声をかける。
体が大きくなってからというもの、この妖精王女様は食いしん坊に磨きがかかっているようだ。体が20cmくらいだったときは胃の容量もあんまりなくて、お茶会のたびに食い倒れていることが多かったけど、今は余裕で気になるメニューを口いっぱいに頬張っている。体が大きくなってもワイルドな食べ方が変わらないのはご愛嬌……ということにしておいてください。ちゃんとすべきところでは、ちゃんとできる子なんです……
「あの……これって、まさか……」
「気づいてしまったか、さすが教育係殿じゃな! エニウェトク先生書き下ろしの戯曲じゃ、実は我も脚本に関わっておるぞ!」
「え……?!」
わがままボディなアイテールちゃんは、もはや天衣無縫といってもいい行動力を手にしている。よりによってというか何というか……出禁解除してまでエニウェトクさんを起用するとは……
いやまあ……作家として一定の成功を収めたエニウェトクさんは、以前と違って何だか丸くなったような気はするけど……
「一応、公共の場で公開できる内容なんですよね? あんまり過激なシナリオだと……」
「大丈夫大丈夫、教育係殿は心配性じゃな、もっと肩の力を抜くがよい!」
いやいや、まったく油断できませんよ、妖精王女と赤髪悪魔がタッグを組むなんて……
チェックが遅れたというよりは、故意にチェックできないようにごまかされた感がある。ということは、何かヤバいって自覚あるんだな……
まあ、非公式のイベントだし、無礼講っちゃあ無礼講だし……いや、そういう問題か?
魔国の皆さんは過激な演出好きだしまあ……いやいや駄目だろ!! あの人たちの趣味、R18どころの話じゃねぇぞ……(((;゜Д゜)))ガクガクブルブル
趣味人恐るべし……
私は、企画担当の人を探してレーティングについて話し合わなければならないと思い、席を立とうとする。それを見咎めて、アイテールちゃんは私の腕をつかんで席に座らせた。
「まあ落ち着くのじゃ、今回は教育係殿のために特別な演出もあるによって、せいぜい楽しみにしておくがよい」
「えぇ……嫌な予感しかしないですぅー……」
新進気鋭の作家が手がけた戯曲とやらは、とにかくギリギリだった。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「どうであった? どうであった?」
大歓声のうちに戯曲が終わると、ロイヤルボックスの片隅にうずくまっている私のところにエグゼクティブ・プロデューサーの妖精王女A氏が感想を強請りに来た。いやもう……そっとしておいてください……共感性羞恥がMAXです……
赤髪悪魔のエニウェトク先生は、どうあっても私を嫌っているようだ。何か……本屋さんでサインもらったときに、そこそこ仲良くなれたかと思ったけど、希望的観測だったみたいね……
「とりあえず、私と勇者様を匂わせるような登場人物の使用は、今後一切禁止ということにさせていただきます。文官さんにお願いして正式に手続きしますからね!」
「むぅ……あまり気に入らなかったか」
「いや、気にいる気に入らないの話じゃありませんから!」
内容としては、心配したようなシーンはなかったような気がするけど、どストレートな恋愛モノで何だか悲劇的なお涙頂戴系だった。観客の皆さんは泣きながら拍手喝采で、役者さんが横並びで一斉に挨拶する中心には、赤髪悪魔のエニウェトク先生が片手ずつゆっくり上げて満足そうに礼をしている。
意外とマイルドな話も書けるんだね。いや、本当にマイルドだっただろうか……?
ま、まあ、いつもの本よりはねぇ……いやいや、比較対象が最凶なんだってば。
私は、どこにいるかわからない婚約者を探しに行かなければならない。その前に、まさか演劇で心を抉られるとは思いませんでしたよ。ははは。
あれ……? 目の前の妖精王女ちゃんって、友達だと思ってたけど、意外に敵だった……? フレネミー??
とはいえ、私のために頑張ってくれたし、一旦感謝しなきゃダメかな……?
私もダメ教育係すぎ……? イネイブラー??
うぅ……先生はあなたをこんなふうに育てた覚えはないんですけど……
いや、自信たっぷりに楽しげなことをしているアイテールちゃんを見ると、ある意味育成成功かな? ……とも思う。
人生楽しんだもん勝ちだよね……ははは。
はぁ……




