9.『秘密の恋』part 6
「おかえりなさい! 皆さんお部屋までご案内しますので、こちらへ」
私が出迎えの挨拶をしていると、代表を務めるサリー船長が心配そうな顔でやってきた。
「聞きましたよミドヴェルト。婚約者が失踪したと……」
「お気遣いありがとうございます。ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません」
「いや、迷惑など……我々にできることがあれば何なりと言ってください」
王様から連絡でも行ってたのか、宇宙船を持ってる天使さんにそう言われると、なんか物凄いレーダーとかで筋肉勇者を探してもらえそうな気がしてしまうけど、まずは自分たちでどうにかすべきだろう。ベアトゥス様の個人情報を勝手に宇宙人に渡すのも、後々問題になりそうだし。
まずは、天使さんとそのお相手の人間さん達を、さっき整えたばかりの部屋にご案内する。私は仕事の話をするように悪魔執事さんに話しかけて、そのまま廊下の角に引っ張っていった。マーヤークさんは、無抵抗について来て、もう私に何を言われるか読めているような顔をする。
「いかがされました? ミドヴェルト様」
「すみません、会議では私の話、皆さんに聞いてもらえませんでした。お願いですからファレリ帝国に連れてってください……」
私が悪魔の目を真っ直ぐ見てそう頼むと、マーヤークさんは薄く微笑んで目を閉じた。
「わかりました……ただし、統率者たるロワの許可だけは取らなければなりませんので、少々お待ちください」
「そ、そうですね……手続きはお願いします」
「しかし……天使たちがこの件を把握していたということは、すでに上層部は動いているということでしょう。ミドヴェルト様まで失踪ということになると、大変な問題になってしまいます」
「どういうことですか?」
「会議は茶番で、ミドヴェルト様を足止めするためのものだった可能性がありますね」
なんじゃそりゃ? 私だってそれなりに戦えるつもりなんだけど……守られるのは有り難いけど、納得がいかない。当たりがついてるなら、もっと意味のある会議をするべきなんじゃないかな?
「つまり、私が魔国を出る許可は出ないってことですか?」
「その可能性が高いでしょう」
「じゃあ、止めたら2度と戻って来ないと言えば?」
「ではそのようにお伝えいたします」
マーヤークさんは、ゆっくり礼をすると、いつものように余裕の態度で歩いて行ってしまった。
そりゃあ、私が行ってどうなるってモンでもないだろうけどさ、何かしないと居られないんだよ。
あの勇者様がそう簡単にどうにかなっちゃうとは思わないけど、わかんないけど……心のどこかで大丈夫じゃない気がしてしょうがないのだ。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
一応、許可待ちをして穏便に捜索したいと思っているので、焦る気持ちを抑えながら私は日常業務を淡々とこなす。
某名探偵も言ってるもんね。謎が二つあると答えにたどり着けないって。魔国の追手を気にしながら、筋肉勇者の探索に集中できるとは思えないし……焦ってもしょうがない。すでにリアルタイムで追跡できないんだから、しっかり計画的に行動するべきだ……と思う。
そうするべきなんだけど、わかってるけど……何だか落ち着かなくて、一度終わった作業を無意識のうちに何度も繰り返してしまうのだった。
「教育係殿よ……先ほどから同じ文章を何度も読んでいるようだが……?」
「ああ、すみません……えっと、あ、ここですね。『妖精魔法使用時の精霊分解と変移について……』」
妖精王女のアイテールちゃんは、魔国に留学という体で滞在している。最初はフワフワちゃんの婚約者になる予定だったんだけど、お付き妖精がやらかして一旦全部白紙になり、いろいろあって留学ってことになった。
そんなわけで、体が小さい頃は普通にいろんな授業を受けてたアイテールちゃんだけど、レベルアップした今となっては教えられる学問はほとんどなくなってしまった。なんせ謎の能力がいろいろ開眼しちゃって、先生より物知りになっちゃったのだ。僕のポヴェーリアさんもすごい記憶力で、ほとんどの質問に答えてくれる。
今は、アイテールちゃんが自由に知りたいことを研究する感じになっていて、私は教育係ということでその時間に付き合っていた。
正直、麗人の王が1人いれば十分な気もするんだけど、妖精王女様としては気軽に話せる相手がほしいらしい。だから、従順なポヴェーリアさんよりも、ツッコミ役の私が必要とされているのだった。とはいえ、難しい内容の学問に何か意見を言えるような知識を、私は持ち合わせてないんだけど……
「そういえば、蛇男くん、今日もいなかったですね」
私が気まずさをごまかすため、さっき見かけなくて気になってた蛇男くんの話題を振ると、資料を整理していたポヴェーリアさんが少しピクッと反応した気がした。アイテールちゃんは本の上に落とした視線を上げずに答える。
「あの者は王子殿下と訓練しておる」
「え?!」
「我とポヴェーリアが特訓していたのは見ておろう……あの者もついでに鍛えてやろうとしたのだが、どうもうまく行かぬゆえ、王子殿下にお頼みした」
ノールックで説明してくれた妖精王女様は、相変わらずフワフワちゃんと仲良しのようで、最後の言葉を言い終える前にゆっくり顔を上げて不敵に微笑んだ。その華やかな笑顔に、私は思わずドキッとしてしまう。大きくなってからというもの、アイテールちゃんの魅力にやられっぱなしだ。いけませんね。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
アイテールちゃんに聞いた話が気になって、好奇心の赴くままに騎士団の訓練所に寄ってみる。
蛇男くんのシフトに合わせて、次の休みの日に対決が行われることになったらしい。
訓練所では、何人かが手合わせしてるみたいで、いろんな武器で戦ってるっぽい重い音がする。そっと物陰から覗いてみると、フワフワちゃんと蛇男くんがものすごい速さでやり合っているのを見てしまった。
え、マジ……?
てっきりポヴェーリアさんの完勝かなと思ってたけど……
蛇男くん勝っちゃうかも知んないよこれ!!
「どうですかな? ミドヴェルト殿」
「あ、モルドーレさん……すごいですね王子殿下」
モコモコ騎士のモルドーレさんに後ろから声をかけられて、私はビビりながらも平静を装った。不審者だと思われてしまったのだろうか、何人かの騎士さんがこっちを見ている。まもなくフワフワちゃんも気付いたようで、「ムー!」と大きな声でジャンプしながら、あっという間に近寄ってきた。
隠れるなんて、最初から無理な話だったらしい……
考えてみれば、アイテールちゃんも勇者様の気配とか遠くからもわかるようになってたし、騎士さん達もそういう能力があんのかも知んない。
少なくとも、モルドーレさんと数人の騎士さんは気配を察知する能力ありそう。たぶんフワフワちゃんもあるんじゃないかな……?
無意味に覗きに来たってのがバレるのも何だか気まずいので、私は慌ててチョコ魔法で差し入れをすることにした。
「おおこれは、かたじけない!」
「ムー!」
フワフワちゃんは、いつものようにムームー言いながらキャラメルチョコを頬張っていたけど、意外にもチョコの差し入れを一番喜んでくれたのがモルドーレさんだった。
「これは美味!」
バイソン系騎士のモルドーレさんは、ブラックチョコと桃味のホワイトチョコを交互に食べながら、何だかものすごく盛り上がっている。
その向こうにチラリと見えたのが、蛇男くんだった。




