9.『秘密の恋』part 5.
王様のところに呼び出されて向かうのも、いい加減、慣れっこになってしまった。
小走りで謁見の間にたどり着くと、ドアの前で悪魔執事のマーヤークさんが深々と礼をする。なんかいつもよりワザとらしいけど、もしかして思いもよらない面倒なことになってしまったのだろうか……?
「中で皆さまがお待ちです。ミドヴェルト様、先に少々よろしいでしょうか?」
「はい……何でしょう?」
「あの勇者の行き先がわかったかもしれません」
「え? ど、どこなんですか?!」
私が焦るあまりいつもの言葉使いも忘れて聞き返すと、執事さんは警備の兵隊さんに聞かせたくないのか、耳元で小さく目的地の名前をいう。
今ここで教えてくれるってことは、王様たちは知らないってこと??
目の前の悪魔が何を考えているのかわからず、困惑気味に見上げると、薄笑いを浮かべたマーヤークさんはお辞儀をしたまま引き下がる。
どうしたらいいかわからないまま、私は開けられたドアの中に入って行った。
「おお、よく来たな」
いつもより機嫌良さそうな王様は、黒い棒みたいな大臣さんと一緒に、見たことない大臣さんも侍らせていた。いつもなら謁見の間はだだっ広い空間なのに、今回は何やら大きなテーブルが据えられていて、大きな筒を持った人が4人並んで立っている。
「はじめよ」
「はっ!」
王様がGOサインを出すと、大きな筒を持った4人はテキパキとテーブルに大きな紙を広げた。見ると、昔っぽい地図が繋がって、この世界を網羅しているようだった。
「どうかな? この国の外にも、たくさんの国があることがわかるだろう」
王様は髭を撫で付けながら、ドヤ顔で地図自慢をしてきた。私にとっては昔っぽい怪しげな地図でも、この世界では最高峰の機密とか命がけの探検とかの末に、どうにか集めた情報なのだろう。
なので、王様のドヤに「すごいですねー」とヨイショで応え、私は曖昧な笑みを浮かべる。
なんか……自然におじさんに愛想笑いするのやめたいんだけど……まあ現実世界で会社員生活が長かったので仕方ない。それに王様は私の後見人でもあるしなぁ……ここは無難にご機嫌を取っておくのがマナーってもんだろう。
私がぼんやり見ているのを良いように解釈したのか、王様はニコニコしながら長い棒を持って、地図の上に四角いコマを置く。それを棒で真ん中のほうに押しやって、あーだこーだと説明をしてくれた。
位置関係が怪しい地図だけど、魔国と妖精国、それにホリーブレ洞窟や公爵領と神国メガラニカの間に横たわる山脈が大体把握できたのは良かった。
王様曰く、勇者が引き抜かれたとすれば、魔国と敵対している国に違いない。ほかにもたくさんの魔国民がさらわれているので、怪しいのはこの国とこの国。以前戦ったことのある国はこの国なので、可能性があるとすればこの方面に捜索隊を出したほうがいいだろう……ということだった。
挙げられた国の名前は、どれもさっきマーヤークさんに教えられたものとは違う。あの悪魔はどこ経由で情報を入手したのだろう?
王様に言ってもいいのかな……?
私は悩みながらも、噂の仕入れ先を適当に濁して話をした。
「私もいろいろと手を尽くして勇者様の行き先を探ったんですけど……気になったのはファレリ帝国ってとこなんです。今お聞きした中には無かったみたいですが、ファレリ帝国という可能性は考えられないでしょうか?」
すると、王様と大臣さん以下、室内にいた皆さんは息を飲んで私を見る。
あれ? またやらかした?
なんか素人発言で、とんでもない馬鹿だと思われてしまったのかもしれない。もしかして、ホリーブレ洞窟みたいに触れてはいけない系の場所? 名前を言ってはいけないあの人的な何かだったのだろうか?
しばらく時が止まったように誰も何も言わない瞬間が過ぎると、みんなが一斉にごまかしはじめた。
「まあ、その、なんだ。あの勇者ならば、そう深刻に考えずともよかろう」
「案外、今日あたりひょっこり帰ってくるやもしれませぬなぁ」
「こ、この地図はまだ確定していない部分もありますので……」
「私は……あの、お茶を頼んできますっ!」
「ファ……じゃなくてその、ファ……あ、いや違う! えーと……」
「…………」
地図係の1人は、何やら立ったまま気絶顔で目を回している。そんなにヤバい帝国なの? ファレリ帝国って何なの?
この室内にはマーヤークさんが居ないので、悪魔の意図が確認できない。
私が訝しげな目でテーブルの茶番を眺めていると、顔見知りのよしみか、セドレツ大臣がまあまあと苦笑いをしながら近寄ってきた。セドレツ大臣はちょっと胡散臭いところがあるけど、今は誰も話しかけてくれないので、こっちとしては助かる。セドレツ大臣に向き直って一礼すると、外務大臣は慇懃な礼を返しながら流れるような動作で手のひらを口に当て、そのまま小声で薀蓄を披露してくれた。
「いやあ、ミドヴェルト殿。貴殿は知らぬやもしれませぬが、ファレリ帝国というのは魔国の王だった方が作られたコミュニティといいますか……非常に規模の小さい町のようなものでして、我が魔国といたしましては国と認めてはおらんのです。詳しい事情は省きますが、先王の叔父の従兄弟の曽祖父の甥に当たる方が王位を持ったまま魔国を出奔しましてな……魔国の正当性が揺らぐ大事件があったのですよ」
セドレツ大臣の話によれば、だいぶ前に王冠を持ったまま王様が居なくなっちゃって、仕方なく新しい王冠を作って魔国の体裁を整えているんだとか。その王冠には代々の王様が魔力を込めていて、何やら国宝級の魔道具となっているらしい。
この大事件で、何人かの大臣の首が物理的に飛んで、何回かクーデターが起きて魔国は大混乱に陥ったそうだ。そのため、裏切り者が作った国を承認するわけにもいかず、黙殺して今に至るらしい。
かれこれ3000年前の話らしく、誰もファレリ帝国のことは覚えていないし向こうの王様も死んだと見做されているので、ファレリ帝国のことは忘れろということだった。
ここで反論してもガードが固くなるだけだろう。たぶんだけど、またぞろあの悪魔執事が個人的に関わっている可能性が高い。こうなりゃもう、マーヤークさんだけでも道連れにして、ファレリ帝国ってところに行ってみるしかない。
そんなことを考えているうちに、会議は表面的な会話を適当にまとめて終わったようだった。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「大体はこんなもので良いでしょう。ご協力ありがとうございました」
「いえ、私たちも楽しませていただきましたので」
王城のメイドさんと西の森ホテルのベテランメイドさんにお願いして、天使さんたちの一時的な宿泊場所を整える。まだ社宅的なお城ができてないので、王城の空き部屋を借りている。とはいっても、すべて王様持ちの案件だから、私の懐は一切痛まない。例によって監督係の一団がやってきて、壁紙に変な魔法が込められてないかとか、細かい部分をチェックしていった。
住むのは天使と人間だし、光魔法の可愛いキラキラ壁紙使っても良いかな……なんてちょっと思ったりしたけど、天使さんが引き払った後で魔物の皆さんが使ったら開かずの間になってしまう。じゃあ何で光魔法の壁紙なんて売ってんのよ! とちょっと理不尽に文句言いたくなったけど、拷問とか処罰に使うときがあるんだって。さいですか……
立場が違うと、可愛くて素敵なものも、恐ろしい死のグッズになってしまうようだ。さすが魔国。
「さてと、それではもう少しお付き合い願えますか? そろそろ天使さん御一行がお戻りの時間なので」
「「「わかりました」」」
私がメイドさんたちを連れて王城の中庭に行くと、事前に伝えていた座標のあたりに光の柱ができていた。




