9.『秘密の恋』part 4.
「そういや、ここんとこ見かけないねぇ」
厨房で仕込みをしているおばちゃんに聞くと、ベアトゥス様は数日姿を消しているということだった。
無断欠勤になってしまってるので、お給料が天引きになると言われた。
私に言われましても……
「あんた喧嘩でもしたのかい?」
「いえ、そんなつもりは……」
ベアトゥス様のハグ拒否事件で、私はすっかり被害者気分だったけど、もしかしてその前にやらかしてたのかな?
でも、どう考えても何もしていないと思う。ただ、私はガサツなので、無意識にやらかしている可能性はゼロとは言えないだろう。そもそも、ホリーブレ洞窟に来るなと言われていたのに行ってしまったあたりは、確かにやらかしに入るかもしれない。とはいえ、非力の身で精霊女王様に逆らえるわけもなく……小脇に抱えられてた時点で察してほしい。
困ったなぁ……
厨房の皆さんは、誰も勇者様を見かけていないらしく、誰ひとりその足取りを知らなかった。
部屋にもベアトゥス様は居なかったし、何となくヤバいような気がしてきた私は、王城内の思いつく限りの場所を探し回る。
まさか……本当に消えちゃった?
ベアトゥス様って、どんなに振り切ろうとしても私に近づいて来る存在だったから、逃げることは考えてもあんまり嫌われる可能性を考えたことなかった……
もしかして、何かあった?
またベリル様に連れていかれちゃったのかな……?
だんだん心臓がドキドキしてきて、私はじっとして居られなくなる。
スマホ魔法で電話しても全然出ないし、念のためメッセージだけ送っておいて、あとはベリル様に聞いてみよう。
今、私がやれることってこれしか無いんだ……
昨日まで普通だった日常が、一気に崩れ去った気がした。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「あの勇者殿に限って、そなたから離れるとは思えんがの……」
「いえ、結構揉めたりしてたんで……とうとう堪忍袋の尾が切れたのかもしれません……」
ベリル様の居場所を聞くためにアイテールちゃんの部屋に行くと、妖精王女様は室内でポヴェーリアさんと剣の稽古をしている最中だった。今はシフトじゃ無いらしく、ドアの前に蛇男くんは居ない。
爽やかな汗を流す麗人の王は、かなり絵になると思う。
でもアイテールちゃんが強すぎるせいか、ポヴェーリアさんが簡単にあしらわれちゃってるので、何となく情けない感じに見えてしまうのがもったいなかった。
私はベリル様情報を聞こうと思ったんだけど、妖精王女のアイテールちゃんも、さすがに精霊女王様の動向はつかめないということだった。
「師匠のことだから、教育係殿が呼べば来てくれるのではないか?」
アイテールちゃんが休憩するモードになると、すかさずポヴェーリアさんがお茶を淹れてくれる。私の方を向いたままノールックでティーカップを受け取り、アイテールちゃんはお茶を一口飲んで言う。
「勇者殿は城を出たのではないか?」
「え、な……じゃあ西の森に……?」
「方角はわからぬが……少なくとも城の中に気配は感じぬな」
レベルアップしたアイテールちゃんは、勇者様の気配を察する能力も身に付いたらしい。それが本当だとしたら、王城の中を探し回った時間は無駄だったわけだ。私は居ても立ってもいられなくて、妖精王女様の御前を退くと王城の門に向かう。
廊下に出ると、アイテールちゃんの部屋に遊びに来たっぽいフワフワちゃんと悪魔執事さんがいた。
「ムー! ムー!」
「あっフワフワちゃん! ごめん今私ベアトゥス様を探してて……」
「人間の勇者がどうかされましたか?」
私がこれまでの経緯を説明すると、マーヤークさんは首をひねりながら勇者様の行先についての推測を述べてくれた。
「あの勇者がどこへ行ったかまでは把握しておりませんが、最近、魔国のものが失踪しているという報告は受けております。あるいは、そちらと関係があるかもしれませんね」
「し、失踪って……」
「失礼いたしました。あの勇者ならば、そう簡単に倒されるということはないでしょう。引き抜きの線も考えられますね」
「引き抜き……ですか?」
確かにあの筋肉勇者様が、王城とはいえ厨房で働くなんて、宝の持ち腐れ感がハンパない。
やっぱり、もっと自分の能力を活かせる仕事をしたいと思って当然だろう。私との婚約で、無理やり落ち着いた生活をしようとしてたのかもしれないし、ベアトゥス様も疲れちゃったのかもね。
なんだろう……このまま自由に生きてもらったほうがいいのではないか……という気持ちもなくはない……けど。
ここで背を向けたら本当にお別れになりそう……
執事さんに礼を伝えて、ひとりで門のほうに向かう。
なんも考えてないけど、とりあえずこの王城から出ていくなら門を通るはず。門番さんに聞けば何かわかるかもしれない。それを聞いてどうしようってのは特にないけど、聞いたら何か閃くかもしれないと思った。
階段を降りて城の外に出ると、門までの道に白い花が咲いていた。
いつもなら気にならないのに、急にその白が目に差し込んできて、白い花に囲まれて横たわるベアトゥス様のイメージが思い浮かんでしまった。いや、そんなワケないけど。いやまさか。いやいや、ちょっと待て。それ以上考えるな!
門番さんに飛びつくように質問を投げかけると、私の焦った様子に釣られて慌てる門番さんが、天を仰ぎながら記憶をたぐってベアトゥス様の行った方向を思い出してくれた。
「えー……とですね……ひぃーふぅーみぃーのォー顔パスのーでぇ……あー……そう! 勇者様はですね、確か南南東の方角に歩いていかれましたです、はい!」
「歩きで……南南東ですか」
このまま勇者様を追いかけたい気持ちになったけど、私ひとりが当てもなく走って追いかけたところで、数日前の勇者様に今さら追いつけるわけがない。
焦る気持ちを抑えながら城に戻ると、私は情報収集をすることにした。
やることが見えてくれば、案外なんとかなるもんだ。たとえ別れるにしても、失踪エンドはない。一回話をして、お互いの意見を出し合うべきだろう。そうと決まれば、とにかくベアトゥス様に会うっきゃない! 私は、第一目的に向かって突き進むことにした。その後は……まあ、おいおい考えるしかないだろう。
魔法でスマホを出して王様に電話すると、すぐに向こうから声がする。
「おおそなたか、今度はどうした?」
「すみません王様、南南東にある国かダンジョンに勇者様が向かってしまったようです。追跡したいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「それは……また大問題であるな」
人間の勇者を魔国に取り込むのは、上層部の方針でもあったはずだ。だから王様とか大臣さんたちも、私と勇者様の婚約には大賛成だったと聞いている。話をすると、王様はすぐに特別隊を編成してくれることになった。いつものフワフワちゃんと騎士団の面々だ。
それと、また王様に呼び出しをくらって謁見の間に向かう。
やっぱ電話で簡単に済ますのは無理だったか……




