9.『秘密の恋』part 3.
「ふむ……魔法か」
「はい、錬金術師様がそのようにおっしゃってました」
「言われてみれば、この本からはうっすら魔力を感じますね」
私が早速アイテールちゃんの部屋にいって報告すると、ポヴェーリアさんは飛ぶようにカーテンを開けて、素早く本のチェックをはじめた。
「ポヴェーリア、そなたは何か問題あるか?」
「いえ、私に状態異常の魔法は聞きませんので。しかし……メイドの中にはおかしくなるものが出てしまうかもしれません」
「ふむ……ここの掃除はさせないようにすべきであろうな」
「わかりました。そのように」
ポヴェーリアさんは一礼すると、どこかへ指示を伝えに行ってしまった。
妖精王女のアイテールちゃんは、テーブルに置かれた本をペラペラとめくると、何やら面白そうに微笑んだ。ちっちゃいときは可愛らしかったその笑顔は、今や艶然として思わず見蕩れてしまいそうだ。
色気対決でもエニウェトクさんを圧倒できそうなアイテールちゃんに、私は何だか親心のような、長年世話してたサボテンがやっと花を咲かせたみたいな満足感を感じていた。
魔国に初めてきた頃のアイテールちゃんは、マイナス思考でちょっと不安定な子だったけど、フワフワちゃんと仲良くなってから明るくなった気がする。
それに私も少しは貢献したはずだ。……と思う。頑張って褒めたしね!
人間はたくさんの人に好かれなくっても、ひとりか二人くらい話し相手がいれば生きていけるものだ。
これまでは私がその役目を引き受けてた……って言うほどやれてたかはわかんないけど、今はポヴェーリアさんも猫系メイドさんもいるし、フワフワちゃんも女子会の面々もいる。
だいたいアイテールちゃん自体が強くなったので、もうそれほど心配する必要はないだろう。
「教育係殿よ……ポヴェーリアをどう思う?」
「え? 急にどうしました?」
「いい話し相手になるかと思ったのだが、良くも悪くも僕でしかないとは思わぬか?」
「え? だって僕になる契約したんですよね? ポヴェーリアさんは頑張ってると思いますけど……」
「それはそうなのだが……どうにも窮屈でかなわぬ、何かいい案はないかの」
アイテールちゃんの話を要約すると、ポヴェーリアさんは出会った頃の謎イケメンモードを封印し、完璧に従順な下僕になってしまったらしい。相変わらずの美貌で目の保養にはなるものの、こちらから話しかけるまで黙ってるので、現実世界でいうところのアレ◯サみたいな存在になっているんだとか。
でもポヴェーリアさんは立場的に麗人だし、麗人は大精霊様に仕えるために生み出されたって聞いたし、今やアイテールちゃんは大精霊様と対張るレベルだから、どうしても敬っちゃうのはしょうがないだろう。
PCを一気にアップデートし過ぎて、周辺機器が使えなくなる的なことか……? 違うか。
「……素人考えですけど、ポヴェーリアさんをレベルアップさせるっていうのはどうでしょう?」
「どうやって?」
私たちは、無言でドアの向こうを見た。
そう、蛇男くんの出番である。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「え? え? お、俺がポヴェーリア様と戦うんですか?!」
「そうじゃ、もし勝てれば褒美をつかわそう……何でもな」
妖精王女様から直々にお声がけをいただき、蛇男くんは物凄く緊張しているようだ。
騎士団に入る権利を持ってるのに、大人の事情で警備の仕事を続けさせられている蛇尾くんは、オフの時間は騎士団のほうで訓練をしているらしい。脱皮後すぐに昇進試験に挑んだため、合理的な戦い方を身に付けて、周囲からの評価も高いみたい。モコモコ騎士のモルドーレさんは、かなり目をかけてくれていた。
もしポヴェーリアさんに勝てたら、蛇男くんは警備の仕事を卒業するんだろうか……?
私がなんとなくそんなふうに考えていると、蛇男くんは意を決したように顔を上げて言った。
「じゃあ、俺が勝てたら……あのっ……次の舞踏会で一曲踊ってくださいっ!」
「……よかろう」
アイテールちゃんは蛇男くんの意外な提案に少し驚いていたけど、何やら面白い展開になりそうだと感じたのか、不敵な笑みを浮かべながら了承した。無理やり恋の鞘当てをさせに行くスタイル。さすがです。
対決は騎士団の練習場を借りて行うことになり、雑用を終えて帰ってきたポヴェーリアさんにもその内容を伝える。
ポヴェーリアさんは少し戸惑ったのか、私に何か聞きたそうな目線を向けてきたけど、さりげなく目をそらすと諦めてくれたようだ。
「わかりました……ではそのように」
麗人の王のいかにも僕らしい返答に、アイテールちゃんはうんざりしたようなリアクションでこっちに訴えかけてくる。
私は、苦笑するしかなくて、まあまあと手のひらを見せるしかなかった。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
8時の鐘が鳴ると、私たちは一緒に食堂へ向かった。
廊下でフワフワちゃんと合流して、4人で1列の席を取る。
相変わらず大食堂は賑やかで、王城で働く貴族たちが王様と同じテーブルに着いている。私たちはいつもの下座に陣取ったけど、目立ちたがり屋は何とかして王様や大臣の近くに座ろうと四苦八苦しているようだ。
本日のメニューは、厨房のおばちゃんお得意のぐるぐるパンと謎シチュー。それと魔国の紫芋サラダに、果実酒みたいなドス黒い飲み物だった。匂いだけじゃちょっとわからないけど、スグリのジュースかもしれない。
私が慎重にコップの中をのぞいていると、アイテールちゃんは一口飲んで「悪くないぞ」と感想を言う。
それに釣られてフワフワちゃんも口をつけ、マズルを真っ赤に染めながらムームー言っていた。
ポヴェーリアさんは、紫色のサラダを不思議そうに眺めていた。
「ところで教育係殿よ、勇者殿は健在か?」
「え? まあ……たぶん」
「なら良いが。今日は厨房には居ないようじゃな」
急にアイテールちゃんがベアトゥス様の話題を振ってきたので、午後に湖畔で魔女アンナさんに言われたことを思い出してしまった。
実をいうと、何となく気まずくて現実逃避をしていたかもしれない。
こっちはハグしようとしたら拒否られたってのに、顔がソックリとはいえ、エンヘドゥアンナさんに抱きついて謝るとかさぁ……粗忽にもほどがあるのではないか?
仮にも婚約者を間違えないでほしいものだ。
そんなわけで、気持ちが落ち着くまでベアトゥス様に事実確認するのを後回しにしていた。だって、モヤモヤしたまま顔を合わせたら、どんな嫌味を言ってしまうかわからない。
あれ? もしかしてこれヤキモチかな……?
何だかぐるぐる考えているうちに、ぐるぐるパンが頭の中にぐるぐると増えていったような気がした。




