9.『秘密の恋』part 2.
「やあ、ミドヴェルトさん! こっちは順調だから心配いらないよ!」
建築現場に出向くと、大工のゴブリンさんが屋根の上から声をかけてくれた。
悪魔執事のマーヤークさんに相談して、天使さんたちの社宅みたいなものを建築中なのだ。執事さんには場所探しだけお願いして、設計図は青髪悪魔のロンゲラップさんにお願いした。今回の建築は魔国の皆さんにお願いして、雇用の創出に貢献する方針となっている……費用は王様持ちなので、ちょっとしたお城テイストの建物になる予定。
「心配なんてしてないですよ ー! これ、差し入れ持ってきました!!」
私が王都のお菓子屋さんから買ってきた焼き菓子を持ち上げると、職人さんたちが手を止めて集まってくる。お茶も持ってきたので、私はひとりずつ、みんなに声をかけながら注いで回った。
「お疲れさまです〜! 何か足りないものとかあったら、遠慮しないで言ってくださいね!」
職人さんたちは、かなり技術が向上して、弟子をいっぱいとってる親方系の職人さんが増えているということだった。王都も建築物が増えていて、石造りの町の一角に、煉瓦のビルとか少し凝ったデザインの家がチラホラ見えるようになった。
石造りの街並みも魔国っぽくて良かったんだけど、レンガを黒っぽい色にしたらうまい具合に街並みに溶け込んだので、あのクエストの雰囲気はそのままだ。
宇宙船に行ってる天使さんたちが帰ってくるのは明日の予定だけど、ひとまずは王城の空き部屋に入ってもらったほうがいいかもね……西の森ホテルの両翼に天使さんと大精霊様を配置してみようかと思ったけど、温泉とかレストランとか湖畔の散歩道とかで鉢合わせたらヤバい気がした。
王城とホテルで物理的に距離を取っといたほうが、何かと安心できるのではないか……なんて。
これでも色々考えているんですよ。
……ただ空回りしている感は否めないけども。
そんなこんなで職人さんたちとお茶休憩していると、設計士の青髪悪魔大先生が向こうからやって来た。
「珍しいな、暇なのか?」
「いやぁ、暇っていうかなんていうか……」
「時間があるならアトリエに寄れ。伝えておくことがある」
「え? はあ……わかりました」
「忘れるなよ」
それだけ言うと、ロンゲラップさんはお茶のカップを持って、またどこかに行ってしまった。
たぶん王家関連の仕事なので、王室付きの悪魔として真面目にいろいろとチェックしてるんだろう。
ロンゲラップさんは何考えてるのかわかんないけど、きちんとすべきところは締めてくれるから、任せておけば安心だ。私はできかけの天使さんたちの城を眺めながら、ここんとこ忙しくて何だかわからないまま駆け抜けて来ちゃったなぁ……とか思いながら、すこし気が抜けてしまった。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
建築現場からの帰り道、ホテルに寄ってみると、湖畔のテーブルで魔女アンナさんが休憩していた。
「お疲れさまです、魔道書のほうはいかがですか?」
「あらあなた、ニンメシャルラ! ちょうど良かったわ」
エンへドゥアンナさんは、ランチのパスタっぽいお皿を横にどけると、前のめりに腕組みをしてテーブルに向き直った。何だか思い詰めたような、気まずそうな顔だけど……なんか問題でもあったかな?
「あなた……」
「何です?」
アンナさんは、何かを言いかけて、左右を素早く見ながら私を見つめた。
「婚約者さんと喧嘩したの?」
「え? いえ……喧嘩はしてませんけど……」
「そう、なら良いんだけど。あの方、私に急に抱きついて謝って来たのよ」
「へ? な、どういう……?」
「ああ、安心していいわよ。ミドヴェルト……って言ってたから、あなたと間違っただけみたい」
「あ、どうもすみません……」
「ふぅ、あの方もそんなふうに謝ってたわ。あんまり謝られてもね。でもちょっと楽しかったわ」
「そ、それでその……ベアトゥス様は一体どのようなその……ことを言ってました?」
「えーと……俺が悪かった……お前を失いたくない……みたいな感じだったわよ?」
失う……? そんな状況だったっけ?? そういやホリーブレから帰ってきて、ハグを拒否られて、あの後は忙しすぎて勇者様と会ってなかった。なんかヘソ曲げちゃったのかな?
いや、あれはむしろ、こっちがヘソ曲げていい案件だと思うんですけど……
「ちょっと……心当たりは無いんですけど、確認しておきます。ありがとうございます……」
私が考え込みながら返事をすると、魔女アンナさんは、フッと笑って呆れたように言った。
「あなたって、自分の立場をあまり理解していないんじゃないかしら。幸せってすぐに逃げて行くんだから、気をつけなきゃダメよ?」
「あっ、はい! 注意します」
いつもなら、仕事が立て込んでるときって1週間ぐらいベアトゥス様と会わないのは普通なんだけど、これは厨房に凸したほうがいいのかな……?
とりあえず、ロンゲラップさんの呼び出しに答えるため、私はアトリエに向かった。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「こんにちはー! 呼ばれて来ましたー!」
アトリエのドアを開けると、部屋の中には堕天使マルパッセさんしか居なかった。
まさか、また寝てたりする……?
ちょっと寝癖の青髪先生に期待しつつ一歩中に足を踏み入れると、奥から伝説の錬金術師様が普通に出てきて、私は密かにガッカリする。
青髪悪魔のロンゲラップさんは、分厚い革表紙の本を開いてめくりながら、ノールックで話し出した。
「意外と早かったな」
「何のご用でしょうか? また実験ですか?」
「いや、呼び出してからここに来るまでの時間を測っていた」
「えぇ?」
急な理不尽に私が戸惑っていると、青髪悪魔は軽く笑って言葉を継いだ。
「ふ……冗談だ。お前、マルパッセと会ったときに、エニウェトクの本を持っていたそうだな?」
「はい……妖精王女様のお使いで……」
「それを読んだか?」
「いえ、まだ貸してもらってないので……」
「じゃあ読まないほうがいい」
何だろ? そういえばロンゲラップ大先生も、エニウェトク先生の御本を全巻買ってたんだっけ。もしかして中身のエグさにビックリして心配になっちゃったのかな……? でも私、現実世界で同人誌作ったこともあるし、大抵の作品は大丈夫なんだよね。たいして繊細でもないし。
「いやぁ、私けっこう耐性あるんで、たぶん大丈夫です」
「ほう、お前、魔法耐性があるのか?」
「ま……ほう?」
青髪先生のおっしゃることがよくわからず、私は理解するのに時間がかかってしまう。
青髪悪魔のロンゲラップさんは、私の理解を待ってくれるかのように黙り込む。だがしかし、なんだか追い込まれる気分になるので、できれば無表情はやめていただきたい。
「もしかして……魔法がかけられている……とかですか?」
「それほど害のあるものではないがな。あの妖精王女にならレジスト可能だろう」
「なら……まあ……」
大丈夫……なのか? 私は納得がいかないままぐるぐると考えて、一応教育係として王女様に報告しとくべきかな……という結論に達した。




