9.『秘密の恋』part 1.
「別に顔見知りだからって、こんなにサイン本買う必要ないんじゃないですかぁ?」
「何を言う教育係殿よ、内容はしっかり確認したぞ。その上で購入を決めたのじゃ」
「えぇ……」
王都の本屋に手ぶらで入ったはずの私達は、店を出るときには3人とも両手で抱えるくらいにたくさんの本を持っていた。全部が赤髪悪魔のエニウェトクさんの本で、アイテールちゃんは処女作から全部購入したのだ。
王都で評判だというベルヴィル歌劇団の上演観劇後、台本を書いているのがあの赤髪悪魔だと知ったときは驚いた。
エニウェトクさんはノリノリでアイテールちゃんが購入した本にサインをしてくれたけど、内容はかなりえぐい恋愛モノだった。ニコニコしながら本の会計をしてくれた店長さんによれば、これが今王都で大人気のジャンルで、エニウェトク先生は人気急上昇中の作家さんらしい。何をしているんだ、あの悪魔。
一緒についてきたポヴェーリアさんも、両手いっぱいに本を抱えて、とてもじゃないけどお付きの仕事ができるような状態ではない。大通りの石畳を3人でふらつきながら歩いていると、お使い中のマルパッセさんと鉢合わせた。
「おや、君は……ミドヴェルトかな? 本で顔が見えなかったよ」
「あ、マルパッセさんこんにちは! 今日はお買い物ですか?」
「そうなのだ。この近くに本屋があると聞いたのだが……師がこのタイトルの本を買ってこいと言うので探しているんだがね」
そうやってマルパッセさんが見せてくれたメモには、エニウェトクさんの恋愛本全巻の名前が書いてあった。
……やっぱ、悪魔的な趣味って何か共通するものがあるんだろうか……?
ちょっとモヤモヤしながら青髪悪魔ロンゲラップ先生の趣味に疑問を感じつつ、まあ……人って意外な趣味を持ってるよなぁと思いながら大通りを歩いた。
というよりも、目の前でエニウェトク本を抱え、ウキウキしている妖精王女様のほうが心配ではある。
私は一応、教育係として王女様の方向性を微調整しなければいけない立場なのだ。
とはいえ、セレブのわがままを阻止するなんてことはできないんですけどね……
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
王城の中に入って階段を上ると、アイテールちゃんの部屋の前で、蛇男くんが警備の仕事についていた。蛇男くんって、元は私の部屋の警備係だったんだけど、春の異動祭りで高評価されて騎士団に入れる権利をゲットできたのだった。そのときに、アイテールちゃんがめちゃくちゃ応援したのが上層部で話題になり、ご祝儀異動って感じで妖精王女様の部屋の警備に移ったらしい。
そんなわけで今は、蛇男くんとアイテールちゃんを結婚させちまえば妖精国が手に入るとか思っちゃってる勢力が爆誕し、蛇男くんにはかなりのプレッシャーがかかっているのだった。
まあ蛇男くんちは南の湿原の支配者で結構いい家柄らしいから、アイテールちゃんのお相手として不足は無いっちゃないみたい。
でもウブな蛇男くんは、急に現れた超絶イケメンな麗人のポヴェーリアさんに押され気味で、アイテールちゃんには挨拶するのが精一杯のようだ。ポヴェーリアさんは、すっかりアイテールちゃんの隣りのスペースを自分のものにしている。私から見た限りでは、恋の鞘当ては勝負にすらなっていない。
蛇男くん自体もどこまで恋心があるのかわかんないし、ポヴェーリアさんとアイテールちゃんはお似合いかもしれないし、この件に関しては本人たちに任せるっきゃないと思って私は静観している。相談されたら考えるけど、アイテールちゃんは何も言ってこないし、男子勢からも頼られてない。
あれ? 私って信用ないのかな……?
ちょっと悲しい気分になりながらも、本を抱えて部屋にたどり着く。
「お疲れ様です!」
少し緊張気味の蛇男くんが、姿勢を正してドアを開けてくれる。
アイテールちゃんは「うむ」と短く答えて、ドアの中に入っていく。
……この二人、今んとこ絡みはこれだけ。
私は、ポヴェーリアさんの後について歩きながら、蛇男くんに軽く笑顔で会釈する。蛇男くんは、目をカメレオンみたいにキョロキョロさせながら、私と同じ動きをした。
この世界には会釈する文化ってものがないらしい。私の行動は、魔国のみんなにとって謎なのかもしれない。まあそれでも日本人のくせでお辞儀とかしちゃうんだけど。相手の真似をするというのは、異文化交流の基本だ。蛇男くんは育ちがいいせいか、そういうとこしっかりしているみたいだった。
部屋の中に入ると、ポヴェーリアさんが恭しくカーテンを開けて部屋の奥の本棚を露わにした。
アイテールちゃんは、赤髪エニウェトク先生の恋愛本以外にもさまざまな作品をコレクションしてて、もう上から3段ぐらいがいっぱいになっている。
ポヴェーリアさんは、空いている本棚にどんどん新しい本を収めていき、とうとう4段目の半分ぐらいまで来てしまった。5段しかないこの本棚が満杯になるのも時間の問題だ。私はとりあえず見たままの感想を言う。
「だいぶ集めましたねー! これ全部読破したんですか?!」
「もちろんじゃ、暇だからな」
アイテールちゃんがそう答えると、ちょうど妖精王女様付きのメイドさんがお茶を持ってきてくれたので、ポヴェーリアさんと3人でソファに落ち着く。うっかり普通に聞いちゃったけど、妖精王女様はこれまで王城から出られなくて、意図せず軟禁状態みたいになっていたのだ。アイテールちゃん自身も自分のことを人質だと思っていたほどだから、暇を持て余すのも当然だろう。
仲良し気分で気軽に会話してしまったせいで、急に気まずさを感じ、私は慌てて買い物袋から今日の戦利品を取り出す。
私が王都のお店で買ってきた焼き菓子をお茶請けに並べると、妖精王女様は迷わず手を出した。
「あ、毒味がまだですよ?」
「先ほど味見をしておったろう。知っているのだぞ」
「うえぇ? 見てたんですかぁ?」
妖精王女のアイテールちゃんは、小さいサイズの頃から鋭いツッコミをしてたけど、体が普通の人間サイズになってからはさらに的確になった気がする。
それに、サイズが小さい時からふてぶてし……じゃなくて、すごく堂々としてたけど、今はあの頃よりもっと自信にあふれてるように見える。
実際、精霊女王ベリル様を師と仰ぎ、謎の錬金術キノコでレベルアップしたから妖精王女様はめちゃくちゃ強くなってしまったらしい。実際に戦ったりしてないからわからないけど、どうやら大精霊様と同等か、それ以上の能力があるっぽいのだ。
そのせいか、本来なら対等の恋人になるはずのポヴェーリアさんが、ナチュラルに僕になってしまった。
今も、麗人の王がメイドさんの代わりにお茶のおかわりを注いでいますよ……いつものこと過ぎてレア感ゼロですけど。
うーん……蛇男くんに可能性ってあるのか……?
私は、そんなしょうもないことを考えながら、スコーンよりちょっと小さめの焼き菓子を2つに割る。王都で人気のお菓子屋さんには、まだ生菓子は売ってなくって焼き菓子ばかりだった。それでも、魅力的な品揃えで、私たちはいくつかの焼き菓子をたくさん買い込んできたのだった。
毎日お出かけできれば、そんなに欲張ったりしないんだけど、お忍びの街めぐりは良くて月2回ぐらいしかできない。出店なんかも回ろうと思うと、次にいつお店が来てるかわからないので、どうしても一気買いすることになってしまうのだった。
「……警備の者にも分けてやればいいのではないか?」
ふいに、焼き菓子の山を見たアイテールちゃんが提案した。
「えっ?!」
私はタイムリーすぎる言葉を聞いて、一瞬固まる。
妖精王女様ったら、蛇男くんのこと、気にかけてくれてるじゃん!!




