8.『クリプトクロム奇譚』part 25.
「はーい! みなさん大丈夫ですからねー! 天使さんと一緒に2列ずつ並んで!」
イザイザ様のアバターおばあちゃん達は、ホテルのディナーを楽しんで、ちゃっかり高級なお酒まで注文したらしい。すっかり上機嫌でリフレッシュしていた。
「あらあなた、ここはいいホテルだったわ〜!」
「そうねそうね、ご飯もお風呂も良かったわよ!」
「ありがとうございます。お楽しみいただけたようで何よりです」
結局、私が異世界を移動できる件については仮説でしかなく、元の世界に戻れる保証はないという話だった。やっぱそんなもんよね……都合よく行かないもんだ。イザイザ様達もまだこの世界について研究中らしくて、何もかも知っているというわけではないらしい。
この宇宙にあるほとんどの惑星は自然発生しているものらしいけど、たまにイザイザ様達のような研究者が人工的に惑星を作ってしまったりするということだった。違法な惑星は処分されてしまうのかとビビっていたけど、サリー船長の話では、爆発しそうだとか余程マズい状態でないかぎり存在を認められるらしい。何はともあれひと安心というところか。
最後に、イザイザ様達が気に入っていた花びらチョコを出すと「あらまあ!」「うふふ!」とおばあちゃん達の黄色い声が上がる。
そのままイザイザ様達は、チョコを頬張りながら宇宙船へと続く光の中へひとりずつ入っていった。
ベリル様は見送りに来ていない……良いのかな?
イザイザ様と、これでお別れになっちゃうのに……とはいえ、騙されてた怒りもあるか。私も命を狙われてたっぽいから、あんまりあのおばあちゃん達にいいイメージはないんだけど、どうも憎めない部分はある。今もこっちに向かって元気に手を振ってくれているので、私もにっこり笑ってバイバイしているくらいだ。
もしかして私、いまだにゲーム感覚があるのかなぁ? 特に、向こうがアバターだと分かってから、なんだか気が抜けたみたいな感じなんだよね。ここでは敵同士だけど、オフで会ったら仲良くなれそう的な? 甘いか……
そんなことを思いながら、天使さんと女の子のペアが次々と光の中に入っていくのを見送る。
「行ってまいります!」
「楽しんで! 彼女のことよろしくお願いしますね」
「任せてください! ご安心を」
最後にサリー船長が、リュネーと一緒に進み出た。
「ミドヴェルト様……色々とありがとうございます!」
「まだまだ気を抜くときじゃありません、きちんとルールを守ってね」
「わかりました!」
「サリフェンリーゼ様、リュネーのことお願いしますね」
「ええ、彼女の安全は保証します。それでは!」
「行ってらっしゃーい!!」
私は、軽く手を振って二人の出発を見送った。
ぶっちゃけ、天使さん達と大精霊様方が同じホテルにいて大丈夫なのかと内心ヒヤヒヤしていたので、自然に分離してもらえて助かった。といっても3日後に帰ってきちゃうんだよね。天使さん達専用の居留地をなんとか用意しなければいけないな……
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
大精霊様方とのお食事会は、その晩の7時からだった。
急なイベントだったけど、みんなホテルに滞在してる面子だったので、準備もそれほど大変じゃなかった……はず。スタッフさん達もそこまで慌ただしくはなってなかったんじゃないかな。……たぶん。
魔国の皆さんは、大精霊様のことを神様みたいなものだと思っているから、スタッフさん達はすごくはりきっていた。人間の工作員組はいつも通りで、何やら人気者の有名人が来たらしいってな感覚っぽい。まあ、だいたい合ってるから問題ない。
お食事会が開かれる予定の部屋へテーブルチェックに行くと、ピーリー君とユルスルート君が食器を並べている。二人とも公爵領の古城に現れた工作員だったけど、結構仲良しで昔から息の合う友達だったらしい。ピーリー君のスキルは『集中』で、ユルスルート君のスキルは『手ぶれ補正』らしい。だから武器が弓だったのか。ピーリー君のスキルは全体的なステータスが上がる能力らしくて、みんなより頭ひとつ抜けてるのでリーダー役をしていたみたい。
そんな二人も、今や立派なホテルスタッフとなってお揃いの制服を着てフォークを磨いている。
このままここで働くも良し、力を付けて冒険に出るも良し、自分の人生をしっかり歩んでいってほしい。今は大人組のグリハルバさんとディキスさんに西の森ホテルを任せてる形になってるけど、あの二人ってまだメガラニカ王の部下っぽいから、何かあったら抜けちゃうんだよね。
それ言うと工作員組の子達もメガラニカ王の管轄だけど、一応自由にしていいって言われてるし、あのクズに預けてたら心配でしょうがないので足抜けさせたいと思う。あの頃とは状況が違うし、今はヒュパティアさんもいるから大丈夫かなとは思うけど、人間そう簡単に変わりませんよね……
「あれ? ミドヴェルト様、何ですか?」
「ああ、ちょっと準備の様子を見に来ただけです。ピーリー、順調そうですね」
「レイスラのことなら……俺からも謝る……ります」
そ、そういえば忘れてたけど……レイスラって女の子いたねぇ……
「そのことだけど……みんなはレイスラと仲良くできそう? あの子、親がいないみたいだから、ここで働いてもらおうと思うんだけど……大丈夫かな?」
「いいんですか?!」
おっと……ピーリー君はかなり乗り気だな。レイスラちゃんの研修担当はピーリー君に任せるか。
すると、息を切らせてディキスさんがやってきた。今回はスタッフとしての参加になったので、いつもの露出系の服装ではなく、きっちり襟元まである制服に身を包んでいる。
「ミド……じゃなくてオーナー! 私を呼んでくれてありがとう!! この恩は忘れないわ!!」
「ディキスさん、制服のサイズはピッタリみたいですね。良かったです」
「変じゃないかしら……? こういう服ってはじめて着たのよ」
「バッチリですよ! 完璧です!」
「そ、良かった……はぁ緊張するわ……大精霊様を近くで見られるなんて」
「皆様お優しいので、ミスしてもそれほど気にされないでしょう。あまり緊張しないで、いつも通りのディキスさんで大丈夫ですよ」
「そ、そうよね……頑張るわ!」
すごく喜んでるみたいだな……やっぱりディキスさんを呼んで良かった。大精霊様方は、ホリーブレ洞窟の再構成が済むまでこのホテルに滞在することになったから、いつでも会えるっちゃ会えると思う。でも大精霊様方は、アズラ様みたいにデスクワークであんまり外に出ないか、ジェット様みたいに窓から飛び去ってしまうかなので同じホテルにいてもなかなか会えないかもしれない。
余裕があれば、エンヘドゥアンナさんみたいにお客様扱いでお食事会に参加してもらいたかったけど、時間がなかったのでスタッフ扱いになってしまった。そういえば、占い師のディキスさんなら、魔女アンナさんと話が合うかもしれない。後で顔合わせでもしておくか……
確かカルセドニー様とペッツォ様が、アンナさんの書いてる魔導書を見たいって言ってたから、そのときにでもディキスさんをまた誘ってみよう。
「あ、ミドヴェルトだー!」
ちょうどカルセドニー様とペッツォ様が早めに来られたので、応接セットのほうにお通しする。ディキスさんに対応をお願いすると、深呼吸しながらお茶を淹れはじめた。大丈夫か……?
7時のベルを鳴らす係は、グリハルバさんだった。今、すごくガタイのいい執事服の人がチリンチリンとベルを振りながら廊下を歩ってる姿が見えて、思わず二度見してしまった。
その後、続々と大精霊様が集まってきて、アイテールちゃんとポヴェーリアさんもやってきた。部屋の場所が一番遠いエンヘドゥアンナさんは、一番最後に登場。全員が揃ったところで、アズラ様が挨拶をする。
「それでは、平和と魔術の語らいを楽しもう!」
「「「乾杯」」」
平和と魔術の語らいは、思いのほか穏やかに進み、心配したようなトラブルは起きなかった。
妖精王女のアイテールちゃんは、大精霊様方を議論だけでなくパワーやカードゲームでも圧倒し、第2のベリル様として恐れられる存在になったのだった。魔女アンナさんは、最初は会話に参加していたけど、最終的には気絶顔で風景と化していた。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「えぇ? ベルヴィル歌劇団? 何ですかそれ?」
「知らぬのか教育係殿、近頃、王都で評判の歌劇団じゃぞ?」
久しぶりの女子会で、お互いの近況を話していると、アイテールちゃんがお気に入りの演目について熱く語り出した。
妖精王女のアイテールちゃんは、あのお食事会が無事に終わってから、これまでの鬱憤を晴らすかのように文化的活動とやらに勤しんでいる。平たくいえば、本を読んだり見せ物を見に行ったり、人間と同じサイズになったおかげで変装が楽になったのか、王女様のお忍び行動が増えているのだ。
アイテールちゃんの僕であるポヴェーリアさんも止めてくれないし、新しく王女様付きになった猫系メイドさんも、今やすっかりアイテールちゃんの味方だ。まあメイドさんはともかく、大精霊様から守り切ってくれた妖精王女様には、さすがに麗人の王といえども頭が上がらないのだろう。
そんなわけで、妖精王女様は人目を忍んで王都の劇場や本屋に通っているらしい……まあ、大精霊様と対マン張れるくらいに強くなっちゃったし……もう子供でもないし、別に危険はないだろうから、いっか……
などと私は思っている。教育係としては、教え子が成長して嬉しい限りです、はい。
「今度は教育係殿も一緒に行こうではないか。さすがにそちらの二人は無理であろうからな」
「わたくしもご一緒したいのですけれど、明日から公爵領に戻らなければいけませんの」
「そうね……私も彼があまりいい顔をしないと思うわ」
ホムンクルス姫もヒュパティアさんも、王都に気楽に繰り出せるようなご身分ではない。それに新婚さんだし、二人の時間は大切だよね。しかもホムンクルス姫には、第一次お見合いパーティーの成功を受け、追加募集とかその他もろもろをお願いしちゃってたりするのだった。そんなわけで、結果的に私がお供になって、アイテールちゃんと一緒に出かけることになった。
何だかんだいって、気の合うお友達とのお出かけは楽しいものだ。私は忙しい合間を縫って時間を作り、アイテールちゃんとのお忍び観劇を楽しみにしていた。ホリーブレ問題も解決したし、天使さんのお見合いパーティーもうまく行ったし、しばらくはのんびりできるはずだ。……と思う。
「教育係殿、こっちじゃ! ここがあの本のサイン会の列の最後尾じゃぞ!」
「待ってくださいよ! もう少しゆっくり……あ」
「あらまあ……」
お出かけ当日、アイテールちゃんに引っ張られてたどり着いた王都の本屋さんのサイン会場に居たのは、赤髪悪魔のエニウェトクさんだった。




