3.『蛇男君の昇進試験』part 2.
「公爵領の人間はこれで全部です……」
公爵領に着くと、もの凄く毛皮の服を着込みまくった村長さんが、各村のメガラニカ国民を集めてくれていた。魔法で伝言ができるサービスを利用して、前もってお知らせしといたのだ。王城からの通達用だとかで、町同士が繋がってるわけじゃないんだけど、公爵様が特別にメッセージを送ってくれた。
領主館の庭に集まった人達は、一様に痩せてボロボロ感がすごい。だ、大丈夫かこれ……
魔国の公爵領にいる人間はだいたい340人くらいで、40人が領主館で働いてて、各村ごとに20人くらいずつバラけている感じだ。晴れた日とはいえ、まだ雪が残っていて若干寒い。さっさと済ませてしまおう。
「えー、お久しぶりです。こちらに来て環境が変わり、困っていることもあるかと思いますので、皆さんの中でほかの場所に移りたいという方がいらっしゃいましたらお知らせください」
私が挨拶をすると、何やら空気が澱んだような気がした。
うーん……これは歓迎されてませんね……
私? 何かやらかした? それともベアトゥス様が怖い?
思わず斜め後ろを振り返ると、筋肉の塊が結構な圧を感じさせていた。こいつだよ! だよね!!
「べ、ベアトゥス様? ここは一旦手分けしてかかりましょう。私はこちらから聞いていきますので、ベアトゥス様はあちらから皆さんの要望をご確認いただけますでしょうか?」
「まあいいが……何を聞けばいいのだ?」
「表向きは何か困っていることはないか……具体的には、王都や西の森ホテルに移ってくれる人を探したいんですよ」
「おう、わかった」
勇者様と軽く打ち合わせをして、ざっと全体を見渡す。危険な考えを垂れ流してる文字列は……ない。まあ大丈夫そうか。
とはいえ、危険思想は見当たらないけど、やっぱり魔国を怖がっている人は多いみたい。
<一体何をさせるつもりだ……?>
<ほかの場所って……俺たちを奴隷にする気なんじゃ?>
<悪目立ちしたら、西の森送りになるぞ!>
えぇ……
なんか……思いのほか西の森ホテル勤務が罰みたいな扱いになってないか……?
そんな噂あったかなぁ?
まあ、魔国は怖いところって思い込んでいれば、自然とそうなるのかな?
確かに、あのときはちょっと急な避難だったから、魔国に溶け込む気がないならホテルに送るとか言っちゃったような気もする……あれ? 私のせい??
えっと……とりあえず考えがまとまるまで待ってほしい。
私が心の整理をする間にも、人間の皆さんからはマイナス要素の強いご意見がチラホラ噴出している。
<そもそも、あの勇者のせいでこんなことになったんだろ……>
<あの女の人、勇者と一緒に来たけどグルなんじゃない?>
あ、これ説得無理なやつ……
コミュニケーション能力が高ければ、ここから皆さんに素敵な言葉をかけて流れを変えることができるんだろうけど……私には無理だ。
人間めんどくせえ……
でもみんな生き延びたいんだよね。そして安心を得たい。
より自分にとって落ち着くような、居心地のいい場所を求めたいのは誰だって同じなのだ。
きっと少ない情報の中、必死に判断しようとしてるんだろう。わかるけど……はぁ……
「えーと……ですね。じゃあこちらから面接はじめます。足りないものやご希望などありましたら……」
「何も……何もありません。私たちはここで満足です」
最初に話を聞いた家族は、お母さんが子供を庇いながら必死になって私に問題ないことをアピールしてきた。な、なんか思い詰めてない? こういう家族こそ、王都とか西の森に行ったほうがいいと思うけど……
「食事は足りていますか? お子さんが少し痩せているように見えますが……」
「こっこれは元からこの体型ですからっ……!」
んなわけねだろ。親が清貧な暮らし好きなのは勝手だけど、子供にはちゃんと食わせてやれよ。虐待だろ。……いや、長いことそういう暮らしが普通だったんだろうね。わからなくもないけど、ここは魔国で、メガラニカじゃない。
やっぱり人間の皆さんには意識改革が必要だと思う。
「あー誤解があるようなので仕切り直します。魔国はあなた方を正式に受け入れてますので、人間という種族は魔国の王様の庇護を受け、ほかの種族から攻撃されることはありません。そこはご安心ください」
魔国は結構しっかりしたシステムで運営されている国だ。この辺では一番強い国だし、平和だと思う。法律はいまいちよくわかんないけど、王様の庇護は絶対。王様ルールにみんな従うから、まあまあ現代のまともな国家っぽい雰囲気がある。正確には『契約国家』なのかな……? どんなに暴れん坊の魔物でも、契約には従うからわかりやすい。
一方、メガラニカは豆腐建築ばっかでQOL低そうな雰囲気だった。私も食べ物運んだだけで勇者様に襲われそうになったし、何となく人権のほうも怪しい。
「私も気が利かなくて申し訳ありませんでした。せっかくなので、軽いパーティーをしましょうか」
領主館で300人も入る部屋はないとのことなので、このまま庭にテーブルと皿を出してもらって、立食パーティーをする。王城のみんなへのお土産として買っておいた食べ物を出し、急遽ベアトゥス様にお願いして領主館の厨房に入ってもらう。
「喧嘩しないでくださいね」
「しねえよ! 任せとけって!」
急に働かせることになってしまった領主館のスタッフには申し訳ないけど、食べ物の匂いにつられてみんなの雰囲気が少し緩んだので、狙い通りと言えるだろう。
私はみんなに行き渡るように数種類のチョコを魔法で出す。ひとつのテーブルがチョコの山になった。今回は手に取りやすいよう花びらチョコとチョコバーをメインに、チョコがけポテトチップスも出してみた。
「うわあ……すごいね!」
「しっ! 静かにしなさい、近づいちゃ駄目!」
「皆さんご自由に食べてください、これは歓迎会ですから。村長さんも、ぜひどうぞ」
「それでは……いただきましょう」
何だか村長さんが毒味役みたいな流れになってしまったが、恐る恐る味見をした村長さんの「何と……うまいものですなあ!」という反応を見て、ほかの人たちもどんどんテーブルに集まってきた。村長さんは、人間の皆さんからかなり信用されているようだ。
あっという間にワイワイと和やかな雰囲気になったので、スタッフの皆さん用に花びらチョコを厨房に届けてもらう。
やっぱり、食べ物足りてなかったんじゃないかな……?
魔国民に人間がいじめられてる雰囲気はなさそうだけど、公爵領は年中寒いし、食料事情が悪いのかもしれない。領主館の執事さんと村長さんに聞いてみると、案の定340人の受け入れは公爵領の経済をいろいろと圧迫しているとのことだった。
これは、私の思惑関係なしに西の森に何人かスカウトしないといけないな……
でも西の森は恐怖の対象みたいだから、まずは王都に移住してもらって、ロプノール君に預けてみるか。
私はチンチンと持っていた皿をフォークで叩いて注目を集める。これ一回やってみたかったんだよね……
「えー、魔国での生活にまだ不安もあるかと思います。しかし、この国では頑張る人は報われますからご安心ください。この度、4年に1度の人事異動が行われることになりまして、皆さんも望めば今より良い生活ができる可能性があるんですよ」
「それは、ここに住み続けてもできるんですか?」
「もちろんここでもできますし、王都に移住して商売をするなり、王城に勤めるなり何でも……」
「王都に行けば、こんな美味い飯が食えるのか?」
「はい、あ、ご紹介が遅れました。この料理は、皆さんご存知の勇者ベアトゥス様が作ってくださったんですよ。ベアトゥス様、こちらへどうぞ」
私が勇者様を呼び込むと、人間の皆さんが意外そうな声を上げた。だよねービックリだよねー。でもこれこそが良い例だ。人間の皆さんにも可能性を感じてほしい。
「ベアトゥス様は、ご自分で料理がしたいとのことで王城の厨房で働くことになりまして、新たな才能を開花させています。ベアトゥス様、何かひと言いただけますか?」
「あー、なんだ。その……この国じゃ頑張れば良い飯が食えるぞ」
「…………」
「……知らなかったとはいえ、俺は皆の者に迷惑をかけた、すまん!」
「勇者様! あんたは悪くないよ!」
「そうだ、王の命令に背けるわけないもんな!」
情報がどう伝わっていたのかは知らないけど、メガラニカの皆さんは勇者様の事情をある程度は知っていたみたいで、数人から温かい声をいただいた。この人たちが正しい事情を広めてくれると良いけど。
表情をこわばらせていた筋肉勇者様は、かけられた言葉を聞いて満足そうに笑うと、みんなの輪に入ってパーティーを楽しみはじめた。
やっぱり勇者様はみんなに溶け込める人だったね。
しっかし、この中で何人が王都に移ってくれるのか……
私はどう話をしたもんかと悩みながら、パーティーを遠巻きに眺めていた。