8.『クリプトクロム奇譚』part 23.
西の森ホテルにたどり着くと、ベテランメイドさんが駆け寄ってきた。こういうときって、たいてい良くないお知らせなんですよね……私は少し覚悟してお話を聞く態勢を整える。
「ミドヴェルト様、大変です」
あ、やっぱり。
一体何が起きたんじゃぁ!? 内心聞きたくないけど、問題が起きたときは早く対処したほうがいいもんね。私はベテランメイドさんの判断を信じて、とりあえず報告を聞くことにした。
「大精霊様方がやってきて、ポヴェーリア様を取り囲んでおります……」
ベテランメイドさんは、気を使って私の耳にこっそり囁いてくれる。ってことは、ほかのスタッフさんにはまだバレてない……? 大精霊様方は結構飛ぶのが得意みたいだから、キラキラの粒になって窓から入ってきたりしたんだろうか?
とにかくアイテールちゃんが心配なので、部屋の場所を聞いて足早に向かう。
ポヴェーリアさんは麗人の王で、精霊女王のベリル様と結婚する予定だったらしい。大精霊様は麗人を作ることができるらしいので、もしかしたらベリル様専用に作られた麗人さんなのかな……?
でも今のポヴェーリアさんは、自分の意志でアイテールちゃんの僕になったわけだし……
大精霊様は人間のことなんて下に見ているから、私が説得しても聞いてくれない可能性が高いな……どうやって場を丸く収めるか、何の作戦も思いつかない。
でも行くしかない! 私は友達を見捨てるようなことはしないつもりだ! えっと……肝心な、アイテールちゃんの寿命を伸ばすお願いを精霊女王の宝に叶えてもらうことは、まああの……すっかり忘れていたけれども。
「王女様! 大丈夫ですか?!」
ここは勢いで押し切るしかない、と考えて、私は思いっきりドアを開けて大声を張る。
……すると、思っていたような修羅場はまったくといっていいほど起こっておらず、室内は至って平和にお茶の時間となっていた。完全に拍子抜けして状況の把握に手間取っていると、私の様子を見かねたアイテールちゃんが簡単に説明してくれた。
「教育係殿よ、そのように慌ててどうした? ああ、大精霊殿が訪問してくれた件か。見ての通り、問題はない」
「そ、そうでしたか……すみません騒がしくしてしまって。ところでアズラ様、一体どうしたんですか? 王城にいらっしゃるものとばかり……」
「ああ、すまないね……少し話がしたくてだな……」
私の質問に軽く目を逸らしながら、大精霊アズラ様はソファの肘掛けにもたれかかって頭を抱え、イケメンすぎる夏目漱石のような格好になっていた。大精霊様方はみんなイケメンだけど、アズラ様はとりわけお美しい。私の中のイケメンランキングトップと言っても過言ではない。次点でポヴェーリアさんかな。このお二人は、少年漫画の世界観で突然少女漫画のキャラが出てきたみたいに別物感がある。ただ、お二人とも性格に難があるため、あくまで観賞用という位置づけに留まっている。
やっぱり、イケメンと富士山は遠くから眺めるものなのだ。うっかり近づけば、思いもよらない荒々しさに跳ね除けられたりする。こんな空間で堂々としていられるアイテールちゃんは、さすが妖精王女様というところか。マーヤークさんの言うとおり、妖精はあらゆる種族に好かれ、そのプライドの高さは大精霊様にも引けを取らないようだった。
「ホリーブレの状況について聞き取り調査をしていたんだよ」
カルセドニー様は、なぜかほっぺを赤く腫らしていて、状況的にアイテールちゃんに引っ叩かれたとしか思えない。さすがアイテールちゃん、ベリル様譲りの最強の一発をお見舞いしたのだろうか。大精霊様方は誰も精霊女王のベリル様に敵わないようなので、そのベリル様から直々に薫陶を受け、青髪錬金術師が開発した怪しいキノコでレベルアップしたアイテールちゃんは、もしかしたらこの部屋の中で最強の存在になっちゃってるのかもしれない。
私はひそかに、今こそチャンスなのではないかと思う。
ホリーブレ洞窟の名状しがたい惨状をご報告し、尚かつアイテールちゃんのために行動できなかった自分の情けなさをぶっちゃけて、自分だけスッキリする機会は今しかない。
「申し訳ございません!」
私が勢いよく頭を下げると、目の前にいたカルセドニー様がびっくりして髪を燃やした。図らずも公爵様みたいな高速お辞儀をしてしまい反省。天井の高い部屋で助かった。
「私が良く考えずに願ったせいで、ホリーブレ洞窟は元に戻ってしまいました! 王女様にもチャンスだったのに、きちんと判断できず申し訳ございませんでした」
「……よい。元より、教育係殿が気にすることではないからな」
アイテールちゃんは、私をまっすぐ見つめて微笑む。あれ……なんだか絶世の美女に見えてきたんですけど……
今考えると、妖精王様は、精霊女王の宝に期待していたのかもしれない。確かにあの驚異的な修復力なら、アイテールちゃんの寿命を巻き戻して伸ばせただろう。ホリーブレを何もなかった頃の洞窟に戻したように。
大精霊様方が「元に戻った」という言葉の意味を測りかねているようだったので、中央部どころかすべての地下施設が綺麗さっぱり消失したという状況を説明する。その話を聞いたペッツォ様は、ガックリ肩を落とした。
「私のコレクションも……?」
「ええ、たぶん……」
一体、何をコレクションしていたんだよ……
周囲の皆様の雰囲気から察するに、それほど社会に貢献するコレクションではなかったようだ。じゃ、まあいいか……いや、個人の趣味を貶めるつもりはないけども。
毛先が青い白髪の大精霊様が、落ち込むペッツォ様を慰めていた。ホリーブレで会えなかった二人のうちのどちらかだろう。あ、今ペッツォ様が「ありがとうデュモルティエ」って言ったから、あの方が大精霊デュモルティエ様ってことかな。あとは……
「やあ、人間のミドヴェルト、私はゴシェ。こう見えて大精霊なんだ、よろしくね」
「あ、よ、よろしくお願いいたします。ゴシェ様……」
ホリーブレ洞窟で会えなかったもう一人の大精霊ゴシェ様は、透明感のある不思議な雰囲気を纏った方だった。髪色も透明感があって、白ともちょっと違う。人間の私に積極的に話しかけてくださるとは、意外と気さくな大精霊なのかもしれない。ただちょっと笑顔の奥に含みを感じる。本当のことは決して言わないみたいな、ちょっと信用しきれないものが漂っているような。それでも人当たりソフトなのは、話しやすくて助かる。
「とりあえず、あなたの言が誠ならば、今すぐホリーブレに戻っても何もできないということになるな」
大精霊様方のまとめ役でもあるアズラ様が、頭を抱えたままそう言うと、ほかの大精霊様方も賛成の意志を示した。
カルセドニー様は、アズラ様に「僕、あっちよりこっちがいいー!」と懇願するように甘えていた。
「ミドヴェルト、この建物の所有者はあなただと聞いた。もし可能なら、私たちをしばらく泊めてくれないか?」
大精霊アズラ様に言われては断れない。私はスマホ魔法で、王城にいるはずの大精霊様方が西の森ホテルにいる旨を王様に伝え、スタッフさんにお願いして部屋の用意をしてもらう。
慌ただしく廊下を移動していると、魔女のエンへドゥアンナさんが部屋から出てきた。
天使討伐隊が調査してたときに、この私にそっくりな魔女さんは、シブースト王国のおじさん王様を祝福で若返らせたのだった。
若返り……
そうだよ、その手があったじゃないの!!
「アンナさん!!」
「ん? 何かしら?」
ホテルの廊下で急に呼び止められたせいか、魔女アンナさんは少し引き気味だ。マズいな、性急すぎたか……ま、まずは世間話でアンナさんの状況を把握すべきだった。できれば執筆が乗ってなくて、気分転換に廊下まで出てきてくれたんならいいなぁ……
「申し訳ありません! 魔導書の執筆には集中できていらっしゃいますか?!」
「ま、まあそうね……おかげさまで」
「何か欲しいものがあったら、何でもおっしゃってくださいね!」
「今のところは事足りているわ。ここは本当にいいホテルね。壁もしっかり防音だし」
そう、自慢じゃないけど壁紙にはリラックスできるおまじないが込められた模様が入ってて、当然のように防音魔法もかかっているのだ。これは王宮勤めの魔術師さんが、私のキャラメルチョコと引き換えに直々にかけてくれた凄い魔法で、パリピがどんだけ大騒ぎしても隣には一切音が漏れないほどなのである。
褒めてほしいポイントをちゃんと褒めてもらえて、私は思わずオタ語りをしそうになるけど、グッと堪えて営業スマイルをするに留める。
「ありがとうございます、さすが良くお気づきですね。ということは、大精霊様方がいらっしゃっていることも、まだお耳に入っていませんか? 騒がしくしてしまってお詫びに上がろうと思っていたところなんですよ」
「大精霊ですって?! ホリーブレ洞窟の? あなた達、一体どういうコネを持ってるのよ!!」
「いえ、たまたま縁あって……こちらにお越しいただいたのも偶然なんです」
「ちょっとあなた、偶然だって凄いことよ!」
これはもしかして、いい感じに食いついたってことかな?




