8.『クリプトクロム奇譚』part 22.
私たちはベリル様の転移魔法で王城に戻り、イザイザ様は園遊会後の天使さん達に引き渡された。
精霊女王の宝は、ホリーブレ洞窟を元に戻してパワーを使い果たし、また洞窟の天井に戻り数千年かけてエネルギーを貯めるらしい。蓄電池なのか?
なんだか1万年ほど前に、精霊女王様の引き継ぎがうまく行かなかったらしく、それからというもの精霊女王の宝は謎の存在になってしまっていたようだ。
「驚きました……イザイザという存在は、確かに我々のデータにもありますが、1万年前の伝説の人物です。どうやらあの二人はアバターのようなので、どこかに本体がいるのでしょう。うまくたどれると良いのですが……」
サリー船長は、勇者様から引き渡されたイザイザ様を、困ったように眺めながらため息をついた。
イザイザ様の異常な素早さは、アバターゆえの能力だったのか? ある意味、あのおばあちゃん達も概念的な存在と言える。
私がこの異世界で死んだら、元の世界に戻れると言っていたけど……
確実に現実世界に帰れる……とは言っていなかったと思う。イザイザ様達の口車に乗って崖からダイブしたりしたら、見知らぬ恐竜世界とかに飛ばされそうな気がする。
それに私は一度、南の湿地で死んでいるけど、ギリこの異世界に止まっている。執事悪魔のマーヤークさんが、霊樹の蘇生薬を使ってくれたからだけど、必ずしも別の世界にすぐ送られるわけではなさそう。この異世界には蘇生の概念があるから、余程のことがない限り、別の世界に送られることはないんじゃないかな。
私としては別に帰りたい気持ちはないし、無言でこっちをガン見しているベアトゥス様に言い訳する義務はないと思う。でもなんか言っとかないと、勇者様は想像で変な方向に行ってしまう可能性が高い。面倒だけど、人付き合いってどうしても相手に合わせなきゃいけないんだよね……こういうときは相手を野生動物とすると納得しやすい。テレビで見たイノシシ獲りのおじさんは、完全に考え方をイノシシに合わせてたしなぁ……いや、勇者様をイノシシと一緒にしたらアレだけど。むしろ例えるならば、この筋肉勇者はヒグマみたいなもんだと思う。
「どこにも行きませんから安心してくださいよ」
「何も言ってねえだろ……」
『目は口ほどに物を言う』……って諺が私の世界にはありましてね……と口に出しかけてやめる。一応、私は婚約者としてちゃんと頑張っているつもり。でも実際は、ベアトゥス様をかなり不安にさせているみたいなのだ。つまり、私の努力は足りていないようだ。仕方ないのでハグでごまかそう。
ベアトゥス様の前で両手を広げると、勇者様は訝しげな顔になって、当たり前のように疑問を口にする。
「何のつもりだ?」
「スキンシップが必要かと思いまして」
「は?! お前……こんな所でか……?」
あれ……? 何か失敗した? こんな所ったって、あんまり目立たない廊下の壁際だし、問題ないかと思ってた。……ないよね?
もー、ベアトゥス様ったら照れ屋さんなんですね!
私は仕方なく自分から近づいて行く。すると、勇者様はなぜか一歩下がった。
なん……だと……?
めげずにまた一歩近づくと、ナチュラルにベアトゥス様は一歩下がる。
ハグ、したくないのかな?
私はちょっと傷つきながらも、この場を丸く収めるために笑いに走ることにした。
「新しいダンスのステップですか?」
「ばっ……そうではない! とにかく今は俺に触るな!」
そう言うと、勇者様は踵を返して私から離れて行ってしまった。どうしたんだろ? 何となく赤面してたから、公衆の面前でイチャつくのが恥ずかしかったのか、もしくは私が何か失礼なことをやらかして怒ってしまったかのどっちかだ。
まあ、深追いしてもしょうがないので、私は私の仕事に戻る。まずは、西の森ホテルにいるアイテールちゃんに報告しておこう。スマホ魔法を発動すると、アイテールちゃんが『どうなった?』と食い気味に出てくれた。
「あ、王女様? ただいま戻りました。ええ、表面的には無事です。はい……自然も元に戻ってます」
詳しくは、向こうに行ってから直接話そう。私は西の森に向かって歩き出す。とりあえず……ホリーブレ洞窟は元に戻ったんだけど、地下までは戻せなかった。だから、少なくとも居住区を整備しないと、王都に避難している麗人さん達は戻れないんじゃないだろうか。
ベリル様に聞いた話では、大昔はみんな地面に直で寝たりしてたらしい。でも、あんな現代的なオートメーションのメカっぽい暮らしを経験した後じゃ、ホリーブレの皆さんが地面で寝られるかは甚だ疑問だ。私はちょっと無理な気がする……
実は、精霊女王ベリル様に褒められたみたいな雰囲気になったから黙ってたんだけど、精霊女王の宝でホリーブレ洞窟を元に戻したのは完全に自分のためだった。だって、ベリル様はマーヤークさんをこき使って、破壊したホリーブレのアレやコレやを修復しようとしていたもんね。その流れになったら、執事悪魔のマーヤークさんは何だかんだ言って悪魔なので、ナチュラルに私の生命力を吸おうとする。5000人も住めるようなホリーブレ洞窟を修復するとなれば、私は1週間くらい寝込む羽目になるんじゃないだろうか。下手すりゃ2週間以上かも知んない。ただ寝込むだけならまあ……いや容認できないけど、とにかくあの頭痛は耐えがたい。
自分が寝込みたくない、頭痛くなりたくない……それだけの理由で、精霊女王の宝パワーをホリーブレ修復に使ってしまった。完全に自分のための願いだった。
今、冷静に考えてみると、アイテールちゃんの寿命を伸ばしてくださいって願いを叶えて貰えば良かったのではないだろうか?
とんでもなくやらかしてしまったような気がして、少しマズい予感……
でもでも! あのホリーブレの地獄の光景を見たら、思わず元に戻したくなるって! 絶対!!
それに、あのほんわかイメージのイザイザ様達に、まさか私の命を狙われてたなんて……ちょっと頭が真っ白になっちゃってたよね。いや、アイテールちゃんのこと忘れてたわけじゃないんだけど! ……うぅ、一瞬忘れてたかも知んないけど。
どうしよう……もしかしたら私は、アイテールちゃんにとって唯一のチャンスを逃したりしたんじゃないだろうか……?
精霊女王の宝を無駄遣いした感に苛まれていると、だんだん西の森ホテル最上階にあるプラネタリウムの天辺が見えてきて覚悟せざるを得ない。
とりあえず妖精王女様には素直に謝って、今後の方向性を話し合うか……
やはり友人として恋バナやプライベートな問題などを語り合った仲としては、アイテールちゃんに知らん顔してホリーブレの表面的な顛末のみを報告するわけには行かない。反省点もきっちり共有して、お互いの信頼感を損なわないようにしなければいけないだろう。
気が重いけど……精霊女王の宝パワーはあと数千年しないと貯まらないらしいから、もう頼ることはできないのだった。覆水盆に返らず。




