8.『クリプトクロム奇譚』part 19.
強いか弱いかわからないマーヤークさんは、魔国の王家に仕える悪魔で、基本的には王子であるフワフワちゃんの護衛が一番のお仕事らしい。
フワフワちゃんがお城にいて、あまり護衛が必要ないときは、執事の業務をこなしているというわけだ。かなり優秀なので、うっかり執事が本業なのかと思ってしまうけど、本人はあくまでも王子殿下付きの護衛のつもりなのである。
そんな執事悪魔のマーヤークさんが、フワフワちゃんの動向を知らないとは、やっぱり精霊女王ベリル様の転移魔法が尋常じゃないということなのだろうか。
今現在、めちゃくちゃ怖い顔で私を見ているようだけど……いや、待てよ? 私を通り越してポヴェーリアさんを見ているような……まさか、アイテールちゃんを睨んでる?!
「妖精王女様、詳しくお聞かせ願えますでしょうか……?」
そういや王様に、アイテールちゃんがフワフワちゃんの一大事だって言ってることを伝えたんだった。そりゃあ、そんなこと聞いちゃったら、執事さんもアイテールちゃんに話を聞かなきゃって思うよね……
でも、今からホリーブレに行くったって、結構かかるんじゃないかな。ベリル様みたいに転移魔法が使えればいいけど……あ!
「駄目元で電話してみましょうか?! 王子殿下と勇者様がスマホ持っていったかもしれないし……」
「お願いいたします、ミドヴェルト様」
う、うわ……執事さんが久々に怖い……
私はスマホ魔法で勇者様に電話してみる。
ベアトゥス様ってスマホ持ち歩くイメージないし、王城の厨房あたりに放置されてて通じないかもなぁ……と思ったけど、意外にも筋肉勇者は電話に出た。
『どうした?』
「あ! ベアトゥス様、今どちらですか? 急にホリーブレの皆さんが魔国に送られてきて、妖精王女様から大変なことになったって聞いたんですけど?!」
『ああ、それなら問題ない。お前はここに来るな』
「え、本当ですか……? あ、じゃあ、王子殿下はどうなってます? もしお怪我とかされたら……」
私の「お怪我」って言葉にピクッと反応したマーヤークさんがこっちを見た。い、いや……仮定の話ですからね??
『魔国の王子ならピンピンしてるぞ』
ベアトゥス様がフワフワちゃんにスマホを向けてくれたのか、ドカーンドカーンという音の合間に、遠くから『ムー!!』という声が聞こえてきた。この感じなら、まあ大丈夫そうね……
「あの! ベリル様は一体何をしているんですか?!」
『ああ、何か土の中に埋まっているものを掘り出したいようだな……何を探しているのかは知らんが』
掘り出す……? だからホリーブレ洞窟に住んでる人をこっちに送ってきたのか??
精霊女王の宝って何なの? トリュフ??
ベリル様は強くなりたがっていた。でもそれは侵略者としてのメカ天使と戦うためだよね? 天使さん達と話し合いの場が設けられた今は、そんなに強くなる必要ないんじゃないかな……?
それとも、この世界を守る精霊女王様としては、まだ天使さん達を信用できないとか?
確かに、今は天使の皆さんといい関係を築けそうな流れだけど、何か事件が起きたりしたら一気に戦争へと流れが変わるかもしれない。この異世界を守るベリル様の立場としては、やっぱり気が抜けないのだろうか。
もしかして……あの双子のイザイザおばあちゃん達に何か言われて、また何かのクエストに挑戦してるとか?
私は執事さんの視線を感じて、考え事を一時中断する。
「あの、ベアトゥス様……もし可能なら、ベリル様にこちらまでお越し願えませんでしょうか? お急ぎでなければでいいのですが……」
「なぁにぃ……? 俺、今けっこう忙しいんだけど?」
「は! ベ、ベリル様?!」
『急に消えたと思ったら……そっちに行ったか……』
「ま、また後でお電話しますね! 失礼いたします!!」
慌てて勇者様との電話を切ると、私はまた精霊女王様が消え去らないうちにと、マーヤークさんの件をお願いする。
「申し訳ございません、ベリル様! こちらの執事さんを、ご一緒させていただけますでしょうか? 魔国の王子殿下の護衛を務めている悪魔さんでして、王子様の近くに居たいそうなのです!」
「はぁ? そんなことで……って、お前、悪食のマーヤークじゃん」
「…………」
え、ベリル様って、マーヤークさんのこと知ってたの?!
ホリーブレ洞窟では、大精霊様方からけっこう便利に使い倒されていた感のある執事さんだけど、ベリル様とはそんなに会ったことないのかと思ってた。やっぱ、長生きしてるといろいろあるんだね……
一方、さっきまで割とグイグイ積極的な感じだった執事悪魔のマーヤークさんは、急にお得意のアルカイックスマイルで黙り込んでしまった。何か黒歴史があるのか……? まさか精霊関係者も食った……とか……?!
「ベリル様! このマーヤークさんは、悪食と言われた頃とは変わったのでございます!! それに、ガジェットを生み出す能力も高く、壊れたものを直すこともできるため……」
「へぇ……良いんじゃない? 連れてってあげるよ」
「本当ですか?! ありが……」
「ただし、ミドちゃんも連れて行く! これは決定事項だ」
何となく知ってた、この流れ……
私は、ベリル様に抱えられながら、ベテランメイドさんに後のことをすべて任せる旨を伝えたのだった。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
周囲の景色が一瞬で変わって、私はホリーブレにまた来てしまったことを認識させられる。
ベアトゥス様に来るなって言われたのに……
まあ不可抗力ということで許していただくしかない。私のような一般人が、精霊女王様に逆らえるわけがないんですよ。察してください!!
案の定、ベリル様の小脇に抱えられた私を見て、筋肉勇者は苦々しい顔をする。すいません、もはや本物のお荷物となっております。手も足も出ませんでした……文字通り。
というか……以前のホリーブレ洞窟は、かなり神秘的で青白く光ってるイメージだったけど……今は青い光が少なくなって、暗闇というか……これは火事だ。遠くに赤い火が燃えている。
一緒に連れてこられたマーヤークさんも、神秘的だった場所のあまりの変貌ぶりに軽く引いているようだ。
もしくは、私の想像だけど、精霊関係者の彼女との思い出の場所が無くなっちゃってるとかかな……?
フワフワちゃんはというと、割と楽しそうに破壊活動に取り組んでいる。
「ムー! ムー!」
あの、ドカーンドカーンという物凄い音は、まさに今フワフワちゃんが立てている音だった。
あれ? ホリーブレ洞窟の自然は守らなくちゃいけないものだったんじゃないの? だからこそ、ホリーブレの施設は地下に作られていたんだよね? まあ、ベリル様は以前から壊したがっていたみたいだけど……
ベアトゥス様はといえば、割と本気で怒っているようだ。マズい……マズいですよこれは……
「おい! そいつはここに連れてこない約束だっただろうが!!」
「んー? 俺はそんな約束に同意した覚えはないけどぉ? キミさぁ、自分のためにお願いしたって俺には通じないんだよ、ちょっと我儘なんじゃない?」
「ベアトゥス様! 私は大丈夫ですから!」
勇者様と精霊女王様が、ものすごく緊迫感漂う状況になってきたので、私は慌てて仲裁を試みる。
もう、この場で世界最強戦がはじまってしまうのか……?




