8.『クリプトクロム奇譚』part 16.
何となく行動してしまうことは、日々の生活の中でたくさんある。
ドアを開けたつもりが閉めてたり、味付いてる料理に調味料かけちゃったり、そんな些細なことは深く考えずに体が勝手に動いてるのだ。
そのせいで、勝手に思い込んでいることもたくさんある。
この場合、大精霊様方と麗人の王はホリーブレ洞窟にいたんだから仲間だろう、などと私は勝手に思い込んでいた。
「ちょっと待て、お前! ポヴェーリアか?!」
どこにいたのか、大精霊ジェット様が黒髪を振り乱しながら凄いスピードで駆け寄ってくる。そのままジャンプして切り掛かってくるかと思ったが、すかさずアイテールちゃんがベリル様直伝の攻撃魔法で跳ね返した。
わ、私も一応、物理&防御魔法かけてましたが……え、何? 今、殺そうとした??
「ジェ、ジェット様……? 一体……」
「何やら物騒な歓迎じゃな。こちらに非があったとは到底思えぬのだが?」
「そういう君はなぜ俺の邪魔をする?」
「このものは、先ほど私の僕となったゆえ……やはり守護せねばならぬであろう」
まったく、サイズが大きくなってからというもの、アイテールちゃんのスペックはかなり……いやとんでもなく上がったようだ。大精霊様とも平気でやり合うとは恐れ入る。ポヴェーリアさんが恐縮するばかりで、アイテールちゃんの後ろで跪いたまま黙っているので、お節介かもしれないけど私が口上を担当してみた。
「大精霊ジェット様、こちらはヒエロニウム・ウル・ファタジアII世の第一王女にして、朝露を輝かせる者、光ある妖精の国に降臨するかぐわしき花、すべての森に生きるものの命を守る聖なる杖、強き誠の魂から生まれし美しき緑星、そして火・水・土・木・風、五大元素をその手で操る者、アイテール・ウル・ファンタジア殿下、現在は『虞を知らぬ心の君』となられた御方でございます」
よっしゃ! 意外と覚えてたぞ私! ちょっと大袈裟だと思うけど、一回言ってみたかったんだよねー。気に入ったフレーズを暗記するのは割と得意なのだ。中学んときは三国志にハマって、出師表とかを暗記して喜んでる子供だった。
「フン、大袈裟な……」
相手が意外ときちんとした王族とわかって少し冷静になったのか、ジェット様は剣を納めて私を見る。
「おい、俺の口上はないのか?」
「え? ……え??」
「まあいい、俺は大精霊の一角を任されている漆黒の剣ジェットである! 貴女の僕となったポヴェーリアは、麗人の王たる職務から逃れて我々を欺いた大罪人だ、引き渡してもらおう!」
ええええ?! なんかひとりでホリーブレ洞窟の入り口に隠れてるっぽかったから、訳アリかなー? とは思ってたけど……ポヴェーリアさんって逃亡者だったのか……
逃げると追われるっていうのは、どこの世界でも同じってことかな……アイテールちゃんの庇護下に入ってて良かったね。
しかし、ジェット様……何で私が口上を言えると思ったのか……あんたのことなんて私にわかるわけねぇだろ! ……専属の麗人さんでも雇えばいいのに。
とにかく今は、天使さんのお見パの最中なのだ。
余計なトラブルは起こさず、サクッと皆さんの控え室を用意して問題を先送りしたい。
「何やら事情がおありのようですね、ジェット様のおっしゃることもわからなくはないのですが、今ちょうど魔国の王様が主催する祭典をしておりまして中断することができないのです。大変申し訳ございませんが、まずは王城にお部屋をご用意いたしますので、一度仕切り直しをお願いしてもよろしいでしょうか?」
ホリーブレ洞窟で学んだことのひとつに、精霊の扱いがある。
なんか知らんけど、精霊女王様も大精霊様方も、実際はこの異世界を守るシールド的な役割があるらしい。それに付随して、下々の者の願いを叶えるという役目もあるっぽい。ただし、自分の欲だけで願い事をしても聞いてもらえず、下手をすると消されるっていう危険が伴う。精霊に願うときは、必ず誰か他者のために願わなければいけないのだった。
そんなわけで、私はジェット様に「魔国のために」とお願いをしてみたのだった。こんなんで通用するのかな??
「アイテールちゃんのために」でも良かった気がするけど、お友達関係に注目されて自分のための願いと解釈されたら嫌だなーと思い、魔国全体のためってことにしてみた。
大精霊ジェット様は、カッと目を見開いて私を睨む。ちょっと怯みながらも私が目を合わせると、しばらくして渋々納得してくださった。ベリル様もそうだったけど、この目を覗くって行為では、いったい何が確認できるんだろうか? 虹彩認証みたいな何かなのか? まさかサトリ能力とかあったりして。恥ずかしいこと考えないようにしないといけないかもね。
「いいだろう……立場的に俺は難民だからな。その代わり大人しくしているのは少しの間だけだ。祭典が終わり次第、引き渡し要求の続きをするぞ!」
そう言い捨てると、ジェット様はツカツカと大股で歩き去る。とりあえずは乗り切れた……はぁ……
「すごいね……あのジェットが説得されることなんてあるんだ!」
振り向くと、大精霊カルセドニー様とペッツォ様がいらっしゃった。本当に仲良しだな、このコンビ。
「あ、お久しぶりです。お二人にまたお会いできて大変光栄です」
「僕も会えて嬉しいよ、ミドヴェルト!」
「私もですよ、フフッ」
カルセドニー様はオレンジの髪をくしゃくしゃと整えながら、うまくいかずに燃やしてリセットしてから微笑んだ。身だしなみを整える方法をもっと考え直したほうがいいと思う。ピンク髪のペッツォ様は優しげな瞳で簡単にウィンクしてくれて、相変わらず罪作りな雰囲気だった。
「ところで、ホリーブレ洞窟では今、何がどうなっているんです? 魔国の王子殿下と私の婚約者である人間の勇者ベアトゥス様が、ベリル様と一緒にいるらしいのですが……」
「それがさぁ! 聞いてよ! 急にベリルが襲来して警戒態勢になったかと思えば、まさかの女王命令で一斉避難させられちゃって……」
「カルセドニー、そのくらいに。悪いね、ミドヴェルト。あまり詳しくは話せないんだ」
「あ、大丈夫です。アイテール王女様からもだいたいのことは聞いてますし、とりあえず皆様は王城にてお寛ぎください」
「わかってくれてありがとう。君の気遣いに感謝するよ。 人間の勇者はおそらく大丈夫だと思う。彼はかなり強いんだね、結婚の儀が執り行われる際には祝福を贈らせてもらうよ」
「ありがとうございます。それではこちらにどうぞ」
何とか大精霊様方を王城に案内してもらって、私は妖精王女様とその僕に話を聞く。
「もー! 王女様一体何がどうなってるんです?! 一気にいろいろ来すぎですよぉ〜!!」
「すまんな教育係殿よ。我も正直なところはよく知らんのだ」
妖精王女アイテールちゃんの話によれば、アトリエにいたら突然ベリル様が現れて、フワフワちゃんを抱えて消えてしまったということだった。
……それは私が頼んだからでしょうね……とりあえずポヴェーリアさんが無事で良かったよ。フワフワちゃんは心配だけど、かなり強いからそこまで大変なことにはならないだろう……という謎の安心感がある。ベアトゥス様も……たぶん強いから、きっと大丈夫だろう。
私も、ベリル様に勇者様が連れて行かれたことを話して、大体の情報を共有することができた。
数千名の麗人さんは、とりあえずコロッセオに待機してもらうことにした。あそこなら1万人は座れるし、それなりに歩き回れるだろう。
はぁ……天使さん達がボートに乗ってるタイミングで良かった。
アイテールちゃんとポヴェーリアさんから目を離すのは怖かったので、お二人には女の子達から離れたところにテーブルを用意して、お茶しながら待っててもらうことになった。出店を回ったりして、デートでもしてたら退屈しないんじゃないかな。
大精霊様達に猶予をいただいたので、私はお見合いパーティーに全力で専念させてもらうことにした。




