8.『クリプトクロム奇譚』part 14.
青空! 抜けるような雲ひとつない、ものすごくいい空だ。
この明るさが、徹夜明けの目にキビシイ……
私はといえば、女の子たちの資料を天使さんに届けて、本日の下見をしている。
「おい、突っ立ってないで行くぞ!」
「ふぁいぃ」
ヒュパティアさんが旦那と一緒に歩いて割とよかったっていうから、早朝に湖畔の散歩道をベアトゥス様と歩いてみることになった。いやー本当はパパッと一人で見に行く予定だったんだけど、廊下で勇者様に鉢合わせちゃったのが運の尽きだよね……
私の本日の予定を聞いたベアトゥス様が、それなら一緒に行こうと、付き合ってくれることになったのだった。
決して嫌なわけじゃないんだけど、気を使う項目が増えるので、地味に疲れるのがつらい。
後は、大丈夫だと思い込んでたけど、意外に徹夜のダメージがデカいってことがショックでした……
とにかく、慌てて大股で進んでいく勇者様に、私は小走りで追いつく。朝露が煌めいてすごくいい雰囲気だけど、実際に天使さんたちが歩くのは午後の予定だから、今とはだいぶ違ってしまうだろう。
「さっきからあくびばかりしているな」
「あっ……すみません、失礼いたしました!」
「あまり無理するなと言ったはずだぞ?」
「いやぁ……理想を現実にする作業って、いくら時間があっても足りないもんですね。楽しいとやめ時もわからなくて」
「お前が楽しいなら……まあいい、続けろ」
怒られるかと思ったら、急に容認されてなんだか調子が狂う。勇者様とは、正式に婚約者になってから何となくよそよそしい感じになってるし、ちょっと距離感探り中なのかな? よくわかんないけど怒られるよりは良いので、しばらく様子見しとこう。忙しいと、どうしてもプライベートにまで気が回らない。今んとこトラブルは起きてないから、ちょっと後回しにしても問題ないんじゃないかと思う。……大丈夫だよね?
ザクザクと下草を踏んで進むベアトゥス様についていくと、湖を挟んでホテルの正反対の位置に辿り着いた。
「この辺は空気がいいですねぇ……」
深呼吸すると、何となく緑をたっぷり吸い込んだみたいな匂いがして気分がいい。
「ここいらには木の精霊がたくさんいるからねぇ……今キミが吸い込んだ中にもかなりいたんじゃない?」
この声は、ベリル様?!
慌てて後ろを振り向くと、またしても穴だらけになったベリル様がそこに居る。
勇者様と至近距離で睨み合いながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「こんなところまで何をしに来た?」
「んふふ……少し問題が発生したんだ。人間の勇者、君の力を借りたい」
「べ、ベリル様?! ポヴェーリアさんは……?!」
「大丈夫、心配しなくていい」
そう言うと、精霊女王様は急に筋肉勇者を持ち上げて空に浮かぶ。
「ベアトゥス様?!」
「しばらく借りるよ。ちゃんと返すから安心して!」
「ミドヴェルト、お前、今日はちゃんと寝てろよ!」
そのまま、二人は転移魔法で消え去った。
な、何がどうなってるの……?
湖畔にひとり残された私は、睡眠不足もあって考えをまとめるのに時間がかかってしまった。
と、とりあえず、今日のお見合いパーティーにはベリル様の邪魔が入らないから……うん、問題ない!
私は下見の続きをして、危なそうな棘のある木なんかを火魔法で消しつつ、湖の周りの散歩道をぐるっと1周した。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
ボートdeデート……それはオープンに見えて、結構個室感のある二人きりの時間だ。
5人の天使さんたちに渡した女の子たちの資料から、書類審査でそれぞれ上位3人、計15人が選ばれた。
選ばれなかった子たちは、西の森ホテル内に残ってスパの実験台……じゃなくて、極上のラグジュアリー体験を楽しんでもらう予定だ。
レイシアも部屋で大人しくしているようで、ちょっとチャラ男なウーツ君と、レイシアにいじめられてたっぽいネブラちゃんが徹夜明けピーリー君の代わりに相手をしてくれている。
某公園じゃ、ボートに乗ると別れるとかいう伝説があったけど、確率論だって言う話だ。たくさんのカップルが付き合えば、いつしか別れるのが当たり前。だから気にしなくていいんだって! 本当かな? まあ今んとこ、この西の森ホテルで楽しめそうなアクティビティはこれしかない。ボートだって6艘も買い込んだんだから、有効活用しないと!
「それではいいですかー? 女の子をボートに乗せてぐるっと1周してきてくださいねー!」
「ミドヴェルト……サリーが大変です」
サリー船長のトラブルを報告しにきてくれたのは、副長をしているソジェランさんだ。サリー船長をいつも気遣っていて、どうやら1番の理解者らしい。副長だけあって、万能で執事さんみたいな感じ。だけど何でもこっそり自分で解決するなんてことはしなくて、何もかもオープンに報告してくれるから助かる。
副官のソジェランさんに呼ばれて桟橋に駆けつけると、私の視界に映ったものは、びしょ濡れのサリー船長だった。
「ど……一体何があったんですか?」
「船長がボートから落ちてしまったのです」
「私は見ていなかった」
「まったく馬鹿げた話だ、私は押していないぞ!」
天使さんたちはワイワイと言い争い、女の子たちの相手どころではない。本気で結婚してーのか? こいつら……
私はとりあえずメイドさんにサリー船長の着替えを頼んで、女の子たちを控えのテーブルに案内する。天気がいいので、外にお茶できるテーブルを置いており、女の子たちにはそこで順番待ちをしてもらうことになっていた。近くのガゼボには占いお姉さんのディキスさんがいて、暇つぶしの話し相手になってくれる。
賑やかしにお花屋さんとかお菓子屋さんとか、コロッセオに出店してくれたお店も呼んでいて、ちょっとしたフェスっぽく仕立てていた。
「いいですか? お見合いパーティーなんですから、お互いに協力してください。先を急いでどうなるというわけでもないでしょう? で、誰が船長を湖に突き落としたんですか?」
「突き落としてなんかない!」
「あれは不可抗力だと思います」
「すみません、見てなくて」
「まあ……サリー船長が気にしないと言うのであれば、こちらから深追いする気はありません。レディ・ファーストで行動してくださいね。それでは、ソジェラン副長からボートでご出発願います。その次はフルスメルラさん、ウーリケさん、ネラトさんの順で。最後にサリー船長ということにしますね」
「どうして私がウーリケの後なんだ? せめてフルスメルラの後にしてくれ」
「そういうところが性格悪いって言われるのでは?」
「落ち着くのだ、ここではコードネーム・ミドヴェルトに従うしかない」
全然ダメだ……私はとりあえず副長のソジェランさんの背中を押して、女の子を誘いに行かせる。問題なのはネラト医師で、何かっちゃあ皮肉なことばっかり言う面倒な人物だった。こいつに票が集まったのは奇跡としか言えないね。たぶんパーティーではあまり喋らなかったのだろう。黙っていれば神々しい天使さんだから、見た目に惚れる女の子は多いはずだ。
女の子たちの様子を見にいくと、駆け寄ってくる子がいた。
サリー船長のお相手をする女の子だった。
「ミドヴェルト様、すみません。サリフェンリーザ様は私が落ちそうになったのを助けてくれたんです」
「そうだったんですね、あなたが無事でよかったです、リュネー」
「そ、それでその……私の処分は……?」
ん? なぜ処分?? もしかして、ほかに恋人がいて選ばれたくないとかなの?
「リュネー……正直に教えてください。あなたほかに好きな人がいるんですか?」
「い、いません! 私はサリー様一筋です!!」
「なら処分は決まりですね」
「はい……」
「全力でサリフェンリーザ様に気に入られること。結果を出せば許してあげますよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
ちょっとほかの女の子からしたら贔屓しちゃったように見えるかな……?
でもまあ、お互いの気持ちが大事だし、ぐいぐい行ったからってうまくいくわけでもないしね。
「ほかの子達も、前向きに頑張ってくださいね? 困ったときは相談に来てください」
「「「わかりました!」」」
「よろしい。それでは今日を楽しみましょう!」
なんか……すっかり先生が板についてきたんじゃないかな?
私はちょっと楽しい気分になって、チョコとオレンジジュースをみんなに振る舞った。




