3.『蛇男君の昇進試験』part 1.
結局、妖精王女のアイテールちゃんは、魔国での留学を継続することになった。
本人の希望もあったけど、何よりホリーブレ洞窟に行くっていう使命ができてしまったから、そのために準備やら何やらが必要になったのだ。
またフワフワちゃんとの冒険みたいに、急に出発するのかと思ったら、ホリーブレ洞窟はそういう場所じゃないらしい。自然にできた洞窟ではあるものの、何やらひとつの国みたいなものが成り立っていて、事前にいろいろ手続きが必要なんだとか。
仕方がないので、アイテールちゃんとフワフワちゃんと執事さんも一緒に図書館まで行って、司書さんにホリーブレ洞窟関連の本を見せてもらうことになった。
「妖精国には同行できませんでしたから、今度はぜひご一緒させてください」
「ムー!ムー!」
「なるほど、でしたらホリーブレまでの道中は、ぜひ私にお任せを」
「しつじどのがそういってくれるなら、こちらもありがたい」
相変わらず、私にはまったくわからないフワフワちゃん語とそれがわかる人達だけの会話が続く。話がまとまると、フワフワちゃんが私の足元にスリスリしてくれるので、抱っこしてオキシトシンを心ゆくまでゲットする。
「そろそろ魔国の異動時期ですからね。私もポイントを稼ぎませんと」
「異動? ここにもそんなのあったんですか?」
「ええ、4年に1度ですが、日頃の働きを再評価して配置換えを検討するのです。場合によって成長する者も多少はおりますので」
執事さんが当たり前のように言うので、危うく聞き流しそうになったけど、魔国の王城にも人事異動なんてものがあるとはね。頑張れば魔国で楽しく暮らせるけど、逆にいえば頑張らないと生きていけない。リアルな弱肉強食の世界がここにはあるのだ。
わ、私もなんかやる気を見せなきゃいけないのでは……?
あと2週間弱やることが無いので、せっかくだしメガラニカから移住してきた人間たちの様子をチェックすることにした。
べ、別に……ポイント稼ぎじゃないけどさ!
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「え? 公爵領へ視察に行きたいんですか? 今から?」
「はい。公爵領の避難民がどうなってるか気になりまして……」
「まあ、それは大変ですわ! やはり勇者様もお連れするのでしょう? だって必要なことですわ!」
ライオン公爵様に、人間の皆さんの状態を確認したい旨について相談すると、ホムンクルス姫が気を利かせてベアトゥス様を連れていくように進めてくれた。そんでもって「俺も行きますよ!」と、責任者兼助手として名乗りをあげてくれた公爵様を、すごい勢いで止めてくれた。
いや……ご一緒に来てくださったほうが助かりますが……仕事だし。
でもまあ、人間つながりで筋肉勇者様と一緒に行くのもありかもしれない。あの勇者様は、メガラニカ国民といろいろ距離あり過ぎだから、できれば普通の状態で話せるぐらいになってほしいもんだ……
公爵領には風の街道が整備されてないので、地道に魔車で行くことになりそう。帰りは様子を見て教会に転移って感じかな。
一応関係者に声かけて……などと考えていると、厨房へ続く階段でベアトゥス様と鉢合わせになる。
「どうした、腹が減ったのか?」
「ち、違いますよ! ちょっとご相談がありまして……」
「俺にか?」
「ほかに誰がいるんですか? 実は公爵領にいる人間の皆さんに会ってこようと思いまして、もし良かったらベアトゥス様もご一緒していただけるかなと……」
「うむ、わかった。同道しよう」
「早っ!」
「なんだ? 同道してほしくなかったのか?」
「いえ、来て欲しかったので助かります……」
「なんだ、言いたいことがあるなら言えって」
「いえ……メガラニカの皆さんと会いたくないのかと思っていたので……」
「ふむ、そんなことか。気にするな」
前も聞いたような気がしたけど、メガラニカの土地を温めていた地竜を倒しちゃった勇者様は、王命に従っただけなのに国中のヘイトを一身に集めてしまったのだった。だから、私が向こうで初めて会ったときは結構やさぐれてて、朝から酒飲んで引きこもって寝てばっかりいたんだよね。
それが、魔国に来てからは厨房で働くと決めて、健康生活を送りながら毎日の稽古も欠かさない。なんというV字更生。おかげで、どっかで聞いたような最強のコックが、この異世界でも爆誕したのだった。
いいのか悪いのか……
私には何が正解かわからない。ただ、気持ち悪いことは放っとけないし何とかしたいと思う。ただ、それも良いことかどうかわからない。まあ、進むだけ進んで行き詰まったら考えるしかないよね。
「ところでお前、俺に様付けすんなよ、言っただろ?」
「いや、さすがに勇者様を呼び捨てにはできませんよ……」
せっかく異世界の奇特な雰囲気に浸ってるのに、タメ語なんて嫌に決まってるじゃん! 何を隠そう私は丁寧語フェチなのだ。そんでもって中学んときも似たようなこと言われた。部活のみんなに体育館の横で責められて「なんか緑ちゃんと心の距離が遠い気がする!」とか「私たちにですます調で話すのやめて!」とか言われ、なんか知らんけど私も「ごめん!」とか言ってみんなで泣いてた気がする……謎の青春。
そしてあのとき、私は丁寧語が好きってことを自覚した。
現実世界では、丁寧語ってちょっと友達同士じゃ使えなかったけど、王城では丁寧な話し方が普通だから満喫したい。
ベアトゥス様も様付けで呼びたい。
それに、ベアトゥス様の武人っぽい喋り方も好きなのだ。ホムンクルス姫のお嬢喋りも、アイテールちゃんの殿上人みたいな喋り方も萌える。
いやわかるよ? 気安いやり取りが好きって人のほうが世の中多いってこともさ。
でも私、気安いやり取り萎える派だから。
……なんてことを素直に言っていいのだろうか……?
「なんだ? 俺とは近しい仲になりたくないか?」
「いえ、そういう意味じゃなくてですね……」
ベアトゥス様ってメイドさん達とのやり取りではどうしてんだろ? みんなに溶け込むために、最初に聞いたあの江戸っ子みたいな口調で喋ってんのかな? まあ……軍じゃなくて冒険者とかと仲良くなるには平民ぶったほうがいいだろうし、メガラニカ王も一般人みたいな喋り方だし、私を異世界人だと知って歩み寄ってくれてるのかもしれない。
「私はベアトゥス様の言葉遣い、すごくカッコいいと思います」
「そうか」
「だから、尊敬と愛情を込めて『ベアトゥス様』とお呼びしたいのです」
「…………む……まあ良い、好きにしろ」
よっしゃ! 公式の許可取り成功!! とりあえず、これまで通りの対応でいいんだよね。そうと決まれば、公爵領の人間問題に集中だ! 勇者様と待ち合わせ時間を決め、荷造りをはじめる。
今回は、人間の皆さんの間に問題が起きてないかチェックしつつ、改めて西の森ホテルに来てくれそうな人を募集したい。工作員組だけじゃなんとなく人手が足りないのだ。メイドさんたちが来てくれて助かってるけど、王城の厨房と二重シフト気味になっていてご迷惑をおかけしていたりする。マズい……マズ過ぎる……
だから、何とかして『西の森ホテルにもっと人間をスカウトするぞ計画』を実行するのだ!
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風の街道の快適さを知ってしまった後では、竜車よりマシだと思っていた魔車は、思いのほかガタガタと揺れる。
その小さな車内で、私はまさかのベアトゥス様と二人だった。
公爵領まで8日かかるってことを頭ではわかってたはずなのに、実際乗り込んでみたらほかに誰もいない。そうだよね、妖精国へのお使いはフワフワちゃんが居たから騎士さん達も居たわけだし、前回公爵領に行ったときは公爵様とホムンクルス姫にくっついて行ったからみんなでワイワイしていたのだ。
今回は、空き時間を利用して私の都合で行くだけだから、同行していただくベアトゥス様以外いない。メガラニカ王とヒュパティアさんには、やんわり断られてしまったし……まあ新婚さんだしな。いや、そういう問題か?
一応あれでも王様だから、結果報告聞くぐらいしかしないのかも知んないね……
あの王、避難するとき「こんな国どうでもいい」とか言ってたしな……これは絶対人間の皆さんに言っちゃいかん。
気まずくて思わず手元の書類を確認してしまう。いや必要ないんだけど、何となく手持ち無沙汰だし話すネタもないしで、仕事のこと話題にするしかないのだった。いっそ寝ちゃえばいいのか? でも二人しか居ないのに寝るって失礼かもしれない。っていうか目の前に座る勇者様が、めっちゃこっち見てる。正直圧が怖い。
「最初の宿場町は、いろんな屋台が出てる有名な観光地なんですよ。町長さんが商売上手で、周辺地域の有名店が宿の近くに支店を出してるんです」
「どこか行きたい店があるのか?」
「うーん……以前立ち寄ったときに目ぼしいお店をリストアップしてて、できればホテルにメニュー提供してもらえないか打診したいんですよねえ……」
「勝手に真似するわけにはいかないんだな」
「それはもちろん、その辺の露店なら勝手に真似して売ってますけど……」
西の森ホテルも観光地の有名店も、しっかりブランド化したほうが差別化できるし、一応王族も宿泊する高級ホテルでパチモンはちょっとね……
それに結構ルールに細かいお客さんもいるから、パクリ疑惑を持たれると売り上げにも響いたりするのだ。パチモンは質の良いやつばっかりじゃなくて、下手すると健康に害のあるヤバいものもあるから、お客さんはもの凄く警戒する。有名店のメニューをちゃんと契約して提供できれば、消費者は余計な心配をせず安心して買えるってわけだ。
コロッセオの出店も、王都の有名店としっかり契約したおかげで評判も良く、売り上げは上々だったもんだから変にやる気が出てしまった。
「もしよろしければ、ベアトゥス様もご一緒に試食していただけますか? お眼鏡に叶ったお店となら、私も安心して契約の相談ができますし……」
「そうか、いいぞ。俺も一緒に行こう」
そんなこんなで寄り道をしながら、私は仕事に絡めて勇者様との気まずい時間をうまいことやり過ごしたのだった。