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8.『クリプトクロム奇譚』part 13.

「ベアトゥス様! 大丈夫ですか?!」


「勇者様!」


「……問題ねえ……下がってろ!」



 レイスラは神国メガラニカの元国民だ。メガラニカの勇者ベアトゥス様にどんな恨みがあるというのか。親の仇とか言ってた気がするけど……


 人間の女の子の持てるナイフぐらいじゃ、筋肉勇者様の皮膚を傷つけることすらできない。以前、一緒に魔獣獲りの罠に落ちたとき、勇者様には槍の先が全然刺さっていなかった。私は全身を結界で覆うことでことなきを得たけど、この勇者様は常時バフがかかってる感じみたい。生まれつきなのか修行の成果か、それともアクセサリーの効果かはちょっとわからない。



「クッ……忌々しいほどの強さね、それこそ皮肉だわ!」


「悪りぃな、お前のこと覚えといてやれなくてよ!」



 ベアトゥス様がレイスラのナイフを奪いにかかる。すごく早い動きで、私も一瞬消えたかと思うほどだったのに、レイスラは素早く反応して謎のジャンプでそれを避けた。


 ど、どういうこと……?


 あんなホワホワした女の子が、凄過ぎない? 身のこなしとかは、もう完全にプロの領域だ。ピーリー君と一緒に工作員になりたかったらしいし、訓練の賜物(たまもの)ってやつ?


 それにしてもあのスピードは……



「レ、レイスラ! やめろ!! お前じゃ勇者様に勝てないって!」


「ピーリー! あんただってわかってるでしょ?! この勇者が私たちの町を()()()()()()()()って……!」



 二人の会話から察するに、地竜の件か?


 私は慌てて、勇者様を見た。この人間の勇者様は、先代のメガラニカ王に騙されて、国を守る地竜を倒してしまったのだ。そのせいで、国中からバッシングを受けて結構メンタルをやられていたっぽい。


 出会ったときは、とんでもなく飲んだくれてたし、なんか人生捨ててるみたいな空元気(からげんき)でやさぐれていた。今考えると躁状態だったのかもしれない。


 もちろん私もはじめのうちは逃げたくて、全力で距離を取ろうとしたけど、失敗して今に至る。いやまあ……あながち失敗とも言い切れないというか、この異世界で人間種族の婚約者ができたという点では成功と言えなくもないんだけど。



「お二人とも落ち着いてください! ホテルの中ですよ!! 壁紙を傷つけたら弁償代請求しますからね!」


「え? ミドヴェルトさん何言って……」


「レイスラ! 早く席に戻らないと料理は()()です! この後出る予定のデザートも食べさせません! ベアトゥス様も投げ技禁止ですからね! 暴れるなら外でお願いします!」



 ピーリー君が挙動不審になっているが構わないで続ける。駄目元で問題を矮小化させて、何とか冷静にさせようって思ったらこうなった。


 なんか酔ってるヤツがいたら、それ以上に酔った(てい)でドン引きさせるしかない。ベアトゥス様のほうは一応冷静みたいだけど、レイスラがどうやったら落ち着くかわからない。チラッと見かけた、ほぼほぼ残っているお皿から、まだ空腹状態だと推測する。仇討ち前日なら、きっとご飯も喉を通らなかったことだろう。



「いいですか?! そもそも何がどうなっているのか、事情を説明してください! 急にホテルの中で戦うなんて非常識ですよ! 室内戦闘では結界を張るのがマナーでしょう?! そんなこともできないくせに、よくもまあ一丁前に暴れられたものですね。勝てない勝負に挑んで、命を粗末にしてどうするんですか?! ここがゴールではないはずです、貴女はもっと成長するべきですよレイスラ!!」


「……!」



 両親の仇ってことは、レイスラは孤児だ。復讐を胸に何とかここまで生き延びて来たのだろう。きっと冷たくされるのが当たり前で、その手のヤジには耐性があるはず。賭けみたいなもんだけど、保護者のように優しく怒ることで、この子の心の琴線に触れることができないだろうかと思った。


 レイスラは動きを止めて、力無く腕を垂らす。



「お母……さん……お父さん……うっ……」



 一か八かの賭けに、どうやら勝ったようだ。


 私はピーリー君に目で合図して、レイスラからナイフを取り上げる。



「後でお話を聞かせてね。しばらくピーリーと一緒に部屋で待っていてください。お料理は持っていっていいですよ。デザートも運んであげるから心配しないで」


「あっ……ありがとう……ミドヴェルトさん、ご、ごめんなさい……私ぃ」


「大丈夫、後でね」



 仏モードでその場を乗り切ると、二人を見送った後ドッと疲れが出た。


 何なのよもー! っていうか人間って以外と強いな! 考えてみたら勇者様も人間だし……もしかして魔物より強ぇやついっぺえいんのか?! オラ全然ワクワクしねえぞ!?



「……す、すまんな。つい流れで、お前の大切なホテルに傷をつけるところだった。結界を張るというマナーも知らず……」



 ベアトゥス様は、なぜかビビりながら私に声をかけてくる。一応、勇者様は建設中から見てくれてるから、この西の森ホテルを私が何より大事にしているとご存じなのだ。


 正直、室内戦闘で結界を張るマナーなんて無い。というか、知らない。たまたま執事悪魔のマーヤークさんが、王城内での戦闘にあの緑の波なみの結界を張っていたから、そういうことにしようと思っただけだった。口から出まかせである。でもここで「嘘でした〜!」なんて言ったら、気兼ねなく暴れられてしまいそうなので、その誤解は()()でお願いします。



「大丈夫ですよベアトゥス様、ベリル様に比べれば、この程度なんでもありません。それよりもお越しいただきありがとうございます。まだベリル様はお見えにならないようですが、本日は当ホテルにお泊まりになりますか? お呼びしたのはこちらですので、ルームサービス使い放題にしておきますよ?」


「……お前がそこまでいうなら泊まるか。今夜は暇があるのか?」


「あ、すみません、少々仕事が押してまして……」


「そうか、まあしょうがないよな」



 勇者様は意外と物わかりが良かった。対ベリル様対策で呼びつけちゃったので、あまりお酒も勧められなくて申し訳ない。最近スパ施設として充実させようと、マッサージのできるメイドさんを育成中なので、それなりにリラックスして欲しいものだ。憧れの薔薇風呂なんかも計画中で、王都のお花屋さんと話を詰めているところだったりする。でも、なぜか薔薇風呂に浸かる筋肉勇者の絵は、どうしても想像できない。


 とはいえ、本当にベリル様、全然戻ってこないな……


 もしかして、マジでポヴェーリアさんが大変なことに……?


 いや、フワフワちゃんだってそんな酷いことしないはず……


 あ、でも、マーヤークさんにはものすごい勢いで蹴り入れてたっけ……



「ヤバいかも……」



 ピーリー君とレイスラがいる部屋に向かいながら、私はボコボコ顔のポヴェーリアさんを想像してしまう。そういや精霊は概念らしいけど、麗人は「人」って付くぐらいだから、物理的に存在する種族なんだよね? 大精霊様が作ったとか言ってた気がしたけど、どういう位置付けなのかイマイチわかってないのだった。


 ポヴェーリアさんの無事を祈りながら、私は目的のドアの前に立つ。はぁ……面倒くさい時間がはじまりそうだ……





☆・・・☆・(★)・☆・・・☆





「ですからぁ……! 私はただあの傲慢な男に身の程をわからせてやりたかったのですっ!」


「レイスラ、その辺にしとけって……」



 レイスラの話は大体想像通りだった。ベアトゥス様に地竜を倒されてしまい、メガラニカは一気に人の住めない土地になった。そのせいで食糧難になり、燃料不足で死者を出すことになっていく。


 まあ、話はわかったよ。しかしですな……



「ピーリー? どうしてレイスラはこんなに酔っているのですか?」


「俺は知らないぞっ!? デザート食べたら急に酔っ払ったんだよ!」


「ほぉーん……?」


「な、何だよその目は! 俺は悪く無いからな!!」



 今日はパーティーメニューだから、リキュール多めのデザートが出ちゃったのかな?


 普通の人ならそんなに酔わない量でも、一口で駄目になっちゃう人ってたまにいるもんね……じゃあしょうがないか。今日のパーティーでは、レイスラのように泥酔状態になった子はいなかったので、レアケースということにしておこう。


 適当なところでレイスラを寝かしつけ、念のため窓やドアの鍵が開かないようにしてから、私はピーリー君を引き連れてみんなが人気投票の集計を行っている部屋に行く。



「お疲れ様でーす。補充要員連れて来ましたぁ!」


「「「お疲れ様です!!」」」


「え? 俺? 何すんの?」


「数を数えたり、振り分けを考えたりするだけの簡単なお仕事ですよ」


「それ一番面倒なヤツだろ?!」



 軽く反抗しているピーリー君に、お友達のユルスルート君が笑顔で紙の束を渡す。



「意外と判読不能なの多いから、頑張って!」


「はあ? 俺こういうの苦手だって……」



 嫌がるピーリー君は、あっという間に作業レーンに連れて行かれてしまった。


 よ、よぉ〜し! 頑張ってさっさと終わらせて、ちょっとぐらいは寝るぞ!!






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