8.『クリプトクロム奇譚』part 10.
「ムー! ム、ムー!」
「ダメだよフワフワちゃん、もうちょっとじっとしてて!」
あれから麗人ポヴェーリアさんにはアトリエで一旦お待ち願うことになり、私は急遽メイドさんに新しい部屋を用意してもらうようお願いしに走った。
ちょうど良く階段の近くで執事悪魔のマーヤークさんを見つけ、王様へのご報告などをお願いしていると、トカゲっぽい文官さんが焦ったように駆け込んでくる。
「ホリーブレ洞窟の派遣調査員より報告です!」
「わかった、少し待て」
「はっ!」
「ミドヴェルト様、後はお任せください」
「はい……よろしくお願いします」
「それでは、王子殿下、失礼いたします」
「ムー!」
ホリーブレ洞窟で一体何があったのか……ベリル様が暴れ出したりしてなきゃいいけど……
私は暴れるフワフワちゃんを逃げられないようにしっかり抱きしめて、アトリエに戻る。
こっちはこっちで、ポヴェーリアさんがケット・シーに変身して魔国に潜り込んでいたことが許せないのか、なんだか凄くポヴェーリアさんと戦おうとするからとりあえず引き離したんだけど。
戻ったら暴れちゃうかな?
でも手を離したら、速攻アトリエに飛んでいきそうだし……
「何をしている?」
「あれぇ? ベアトゥス様」
後ろから声をかけられて振り向くと、門の辺りにカゴを持った勇者ベアトゥス様が立っていた。
また食材の買い出しとかかな?
うっかり力が緩んでしまい、フワフワちゃんは私の腕から逃れると、まさかの筋肉勇者様にしがみつく。
え? そこ、そんなに仲良かったっけ??
肩にフワフワちゃんを乗せた状態になった勇者様は、一瞬固まっていたけど、構わずに私に向き直って言った。
「西の森なら送るぞ?」
「あ、違うんです……アトリエにちょっと」
「そうか。途中だから一緒に行こう」
「え? あ、はい……」
途中っていうか、反対方向じゃないか?
なんか強引についてくることになったけど、ベアトゥス様ってホリーブレ関係者とあんまり仲良くなかったような……?
大丈夫か? この二人連れてって。
私はやることがいっぱいあり過ぎて、もうどうにでもなれという気分で歩き出す。急な変化が押し寄せてきたら、抗うよりも流されるほうがいいのだ。すべきことが見えてきたら、そのとき動き出せばいい。それが生き延びるための秘訣だよ。
「……というわけで、テラスに50人も入れなくて困ってるんですよ〜」
「そんなもん、半分に分けて2回同じことすればいいだろ」
「え……ベアトゥス様天才ですか。その発想はなかったです」
「厨房だと良くやってるぞ、食材が鍋に入り切らないときは2回同じものを作るってな」
食材と女の子を一緒にしないでください……と、ちょっと思ってしまったが、勇者様の助言通り2回に分けて入れ替えれば上手くいきそう。
早速手配しなければ。
天使さんたちにご負担をお掛けするわけにもいかないので、女の子達の持ち時間が単純に半分になってしまうけど、まあいいか。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「大変お待たせいたしまして申し訳ございま……えぇ?!」
アトリエのドアを開けると、アイテールちゃんがポヴェーリアさんにキスされていた。手の甲にだけど。
「おお、教育係殿よ、遅かったではないか」
「お、王女様? 何が一体どうなったんです??」
「アイテール様は『麗しの幼な君』から『虞を知らぬ心の君』になられました」
代わりにポヴェーリアさんが私の質問に答えてくれる。よくわからんが、王なのに王女の僕っぽくなってていいんかい!
まあとりあえず、アイテールちゃんは成長したようだ。これで寿命も伸びてくれるといいんだけど……
「フッフン! どうじゃ我の真なる姿、とくと見よ勇者殿!」
「は? お前あの妖精王女か? デッカくなったなぁ!」
「我が虞を知らぬ心の君に対し、いささか無礼なのではないかと思いますが……」
「良いよい、勇者殿は我が「推し」のひとりゆえな!」
「え? そ、そうだったんですか?!」
全然聞いてなかったんですけど! 私の後ろではポヴェーリアさんまでもが初耳のように驚いている。
アイテールちゃんと勇者様は、謎の仲良しムードでひとしきり盛り上がっていた。ベアトゥス様が妖精王女様の「推し」だったとは……というか、推しのひとりって、まだまだ推しは居るってことね?!
何となくポヴェーリアさんがアイテールちゃんを独り占めしそうな感じだったけど、アイテールちゃんもそう簡単に丸め込まれたりはしないようだ。さすが虞を知らぬ心の君!
うーん……二つ名が変化してから、アイテールちゃんがだいぶお転婆になったような気がする。名前につられて元気になったのか、そういう方面に進化したから特徴を表した名前がついたのか、ちょっとよくわからない。
名前が付いた瞬間を目撃していたであろうマルパッセさんに聞いてみたが、気がつけばアイテールちゃんがそう宣言していたようだ。
「はぁ……妖精ってそういうものなんですかね?」
「この世界には、まだまだ調査すべき謎がたくさんあるということだな……おや、師よ、もう起きたのですか?」
「こう騒がしくては落ち着いて眠れもしないからな」
「あ、すみませんお疲れのところ……」
青髪悪魔のロンゲラップさんは、寝癖の付いた髪をそのままにしながら、黙々とお湯を沸かす。お茶が飲みたいんならお手伝いしようかな……と思うけど、今はベアトゥス様が居るからやめておくか。
とりあえずポヴェーリアさんの部屋が用意されているってことと、正式な滞在許可は目下申請中ってことを伝えて、私はアトリエから出た。付いてきたのは勇者様だけだ。
「すみません、最近バタバタしちゃって……」
「気にするな、夜はちゃんと寝ろよ」
「あ、はい……ベアトゥス様もお仕事頑張ってください」
「……おう」
ん? 謎の間があったが何か意味が隠されているのだろうか? 聞こうかと思ったけど、勇者様はあっという間に遠くへ行ってしまった。本当はかなり急いでいたのでは……?
まあいいか。
さあて、私はお見合い大作戦を成功に導かなければ!




