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2.『風の街道』part 3.

 工房長さんに言われるまま、しばらくエーテル抽出機を作動させていると、空中にポンと小さい妖精が生まれる。



「ふむ、もうエーテルが充満してきたようですな……これは確かに高性能な抽出機です」


「うふふ、こんにちは!」


「こ、こんにちは」


「この機械はなあに? 新しいエーテル抽出機?」


「そうだよ」


「あのね、工房のはね、仲良しだったけど壊れちゃったの」


「仲良し?」



 工房長さんが説明したくれたところによると、妖精国では無機物にも魂が宿るのだとか。よくわからんけど付喪神(つくもがみ)みたいなもんなのかな? 道具を大事に長年使うと、妖怪になる的な。今はただの機械だけど、この新しいエーテル抽出機にも意識が生まれるのだろうか。AIか? 不思議なことを目にすると、やっぱり異世界に来たんだなと実感する。正直、街中を変わった人が歩いてるだけじゃ、日本とそう変わらないんだよね。


 いつの間にか工房内には、小さな妖精たちがあふれてキャッキャウフフしている。総勢30名くらいの妖精たちが生まれると、工房長は手をパンと叩いて場を引き締めた。



「さあさあ、お前たちの役目は何だろうね?」


「「「エーテル作りー!」」」


「わかっているなら何も言うまいよ。頑張りなさい」


「「「はーい!」」」



 一見すると和気藹々としたアットホームな職場だけど、妖精たちが小さいからか、児童労働の現場を目撃してしまったみたいで何だか居たたまれない。まあでも中世時代なんて現実世界でも児童労働真っ只中だよね……それに異世界だし……妖精さんだし……もともと夜中にこっそり働いたりする種族なのだ。……ということにしておこう。うっ……ダメだ罪悪感が拭えない。


 フワフワちゃんは、ああ見えて魔国の王子殿下なので、大臣や妖精王女様と一緒に別室に向かった。モコモコ騎士のモルドーレさんは、王子殿下付きの護衛騎士だから、きっとぴったりマークしてるのだろう。


 私と一緒にエーテル工房へ搬入作業に来てるのは、イノシシ騎士のマリシさんと、キリン騎士のジェリさん。あとはなぜかヴォイニッチ翁んとこのお弟子さんがスタッフとして付いてきた。たぶんエーテル抽出機の製作助手もしてたから、取説要員だと思う。


 考えてみればこの人達、貴重な人間なんだよね……だってメガラニカ在住だった人間って、いわゆる量子の揺らぎ的なとこに行っちゃってたから、細胞とかDNAになんか問題起こってるかもしれないし遺伝子組み換えかもしれないし。


 その点、(しゅつ)メガラニカしてたヴォイニッチさんたちは、純粋に人間の生き残りって感じがする。お弟子さんたちが代替わりして若い人も居るっていうのが、なんか強く生きてるって感じするよ。


 ただヴォイニッチさんは人間にしては長生きで、150歳とかいってるらしい。本当かなぁ? まあ、伝説の錬金術師ロンゲラップさんの弟子だし、何か若返りの()()とか作って飲んでるのかもね。中世だから怪しいけど。昔はヒ素とか水銀とか、現実世界じゃ毒と言われてるものが薬扱いされてて、結構お金持ちの有名人が死んでた気がする。秦の始皇帝とか。


 うーん……変な薬飲んでるとしたら、こいつらも純粋培養ではないのか? まあ、人間をどうこうしようとは思ってないからどうでもいいか。風土病とかあったらマズいかと思ってたけど、そんなもんも無かったようだし。今となっては人間の皆さんも結構自由に暮らしてるんじゃないかと思う。


 やっぱり時間が余ったら妖精国の建築物巡りに行こっと。





☆゜.*.゜☆。'`・。・゜★・。☆・*。;+,・。.*.゜☆゜





「アイテ……王女様、久々のご実家はどうでした?」


「きょういくがかりどのよ、われは()()()()ではなかったらしいぞ」


「え?」


「かえりたいならかえってもよいといわれた……」



 夕食前に妖精城の廊下でアイテールちゃんに遭遇したので、軽く話をする。会食の場では突っ込んだ話できなさそうだし、今のうちに軽く状況確認しておこうかと思ったのだった。


 すると、納得のいかない顔で妖精王女様が(のたま)ったのがさっきの言。


 お付きの文官妖精さんの補足によると、魔国で暴走したお付き妖精が妖精国でもなんか問題起こしてて、いわゆる同時多発テロみたいな状況になってたらしい。魔国のほうは執事悪魔のマーヤークさんが早めにどうにかしてくれたけど、妖精国側は混乱状態が続いて危険だったから、アイテールちゃんはしばらく帰らないほうがいいってことになったんだとか。


 そんな裏事情があったとはね……ちゃんと説明してくれたらアイテールちゃんも悩まなくて済んだろうに。妖精国は自国の問題を魔国に知られたくなかったのか? まあ、家族問題でも内緒にされてることって結構あるし、国家をまたいだ問題となれば機密事項になっちゃうのかもね。


 歴史とかでも、トップのわちゃわちゃは割と適当なことが多いんだよね。下が勝手に解釈して先鋭化してるだけ。いつだってそう。そしてトカゲの尻尾切りをされるまでがセット。今回の騒ぎは誰が犯人だったんだろ。お付き妖精だけでそんなデカいテロできるのか? 魔国の周りには、まだまだ私の知らない国があるから、今度お城に帰ったら図書館の司書さんに教えてもらおう。


 夕食の席では、意外にも妖精王様が私にめっちゃ話しかけてきた。


 前回ワナに嵌められたときは、マーヤークさん個人に恨みがあったみたいだし、魔国全体に敵意を持ってるわけじゃないのかな? まあ、妖精女王様の顛末を聞いただけじゃ、そんな割り切れる感じしなかったけど……


 一応は私も妖精王女様の教育係という体でここに来ているので、保護者面談的な感じでアイテールちゃんの日頃の様子を伝えておいた。



「王女様は状況判断が的確で、いつも具体的なアドバイスをくださいます」


「いくらほめても、あとはでざーとしかでぬぞ、きょういくがかりどのよ」


「そうか、姫が優秀に育ったようで何より」



 妖精王様は、貢ぎ物に入ってたアイテールちゃんの大好物「花びらチョコ」をいたくお気に入りで、定期的に購入してくれることになった。正直、アイテールちゃんが魔国にこだわる理由って、私のチョコだったわけだし……こうなると帰らざるを得ない感じ……?


 やっちまった感満載でテーブルの向かい側にいる妖精王女ちゃんの顔色を窺うと、澄ました顔でお食事を続けていた。さすが王女様。


 アイテールちゃんパパである妖精王様も、別に他意はないみたいなサラッとした雰囲気で本心が見えない。


 やっぱ高貴な方々は、よく訓練されてるのね……


 っていう問題か?


 食後は別の部屋で、軽くお茶をいただきながらくつろぐ流れになってみんな立ち上がる。歩き出した途端、私はセドレツ大臣にがっしり腕をつかまれた。な……なんか打合せしたいのかな? このおじさん、イケメンではあるんだけどちょっと強引で、マーヤークさんのときみたいには好感が持てないんだよなあ……


 などと思っていると、私の前に立つ妖精王様に「よろしいかな?」と誘われてしまった。よろしいも何も、断れるのかな? 思わずセドレツさんのほうを見ると、なんか死んだ目になっていて、何かを諦めたことだけは伝わった。


 フワフワちゃんはライオン公爵様から貰ったトランプを持ってきてて、アイテールちゃんと一緒にカードゲームをはじめている。妖精国では立体系のボードゲームが流行っているらしく、私は大人しく誘われたテーブルでゲームに興じる。謎の流れから逃れられず、このテーブルにはセドレツ大臣と妖精王様もいるんですが、私はどういう振る舞いを求められているのか……? キャッキャウフフ要員の若いねーちゃん扱いなのか……絶対違うよね?!


 もうひとり謎のメンツは、落ち着いた雰囲気の女性的な妖精さんだ。人間とほぼ変わらない大きさだから偉い妖精らしいことだけはわかる。ただ、性別はわからない。



「あなたは確かマーヤーク殿と()()にされているとか」


「は、はい……王城では何かとお世話になっております……」


「ははは! ミドヴェルト様は王子殿下の優秀な教育係ですからな!」


「あら、博学でいらっしゃいますのね」



 え? 妖精王様からマーヤークさんネタを聴取されるために捕まっちゃったの? 私……

 

 ヤバいよヤバいよ〜助けて〜!! 


 セドレツ外務大臣が何とか邪魔しようとしてくれてるけど、私はどうしたらいいのかわからない。外交交渉なんかに引き摺り出されたら、こんな一般人ただの美味しいエサだよ!!


 そして謎のマダム! 追い込まないでください! その流れは危険ですから!!


 これは打ち合わせ……これは打ち合わせ……


 私は現実世界で培ったお偉方とのやり取りを思い出しながら、必死にどう対応すべきか考える。いや考えてもなす術などないんだけれども。うん、地雷に気をつけながら心の目で進むしかあるまい……短い人生だった。どうにでもなあれ!



「妖精王様はアイテール王女様と仲がお宜しいんですね、お話はかねがね伺っておりまして……」


()()()()()()()()()()()?」


「え?」



 妖精王様の地雷を早くも踏んでしまったのか?! あれ? でもそんなにヤバい雰囲気じゃないかも? 妖精王様からは保護者特有のオーラが感じられる気がする。


 ……あ、まさかの文字列が背後から流れ出してきた。これは……



<アイテールが私について何と言っているのか聞きたい! 私のことを何と評しているのだ? 早く教えてくれ!>



 やっぱりアイテールちゃんいらない子じゃないよ。良かったね。



「王女様は妖精国に貢献しようと、さまざまな努力を重ねていらっしゃいまして……」


「また王女様は、魔国の皆さんとも交流を深め……」



 私は塾講師の経験を活かし、何とか保護者面談を乗り切ったのであった。いや、謎のマダムからは胡散臭い目で見られたが。このマダム、セドレツ外務大臣の耳打ちによると、妖精王様の寵姫で婚約者とのこと。それって……アイテールちゃんの継母的な存在ってことだよね?!


 や、やっぱ……帰らないほうがいいんじゃないのアイテールちゃん?!


 私の心配をよそに、チラ見した先ではアイテールちゃんとフワフワちゃんが楽しそうにトランプしてる。うう……

守りたいこの笑顔……


 

「アイテール王女の体調はどうですの?」


「え、体調ですか? とてもお元気だと思いますが……」


「そうは言ってもそろそろ……」


「ビスタベラ、その辺にしておきなさい」



 この二人、アイテールちゃんの寿命がもう尽きつつあるということが言いたいのか……


 セドレツ大臣は事情を知らないのか、少し挙動不審だった。


 確かに、妖精王女ちゃん自信も気づいていたのだから、妖精国のトップも知っている情報なのだろう。もしかしたら妖精全体の常識なのかもしれない。だけど、花びらチョコや緑のケーキなど、植物を摂取することでアイテールちゃんは元気いっぱい。青髪悪魔大先生の太鼓判も貰ってるのだ。


 妖精王様は、これからアイテールちゃんのことをどうするつもりなんだろう? 場合によっては、アイテールちゃんを魔国で保護してもらえるよう、王様に相談する必要があるかもしれない。



「ここだけの話にして欲しいのだが、実は王女の寿命はとても短いのだ」



 妖精王様が急に声を潜めてぶっちゃけた。セドレツ大臣がびっくり顔で前にのめる。その動きはたぶん演技だ。妖精王様の意図が読めないので、王女様を心配してる感をアピールしてるんだろう。その証拠に、チラッとこちらに向けて、情報共有してなかったことへの非難の視線を送ってくる。


 私だって別に隠し立てするつもりはなかったけどさあ……例えば誰かがもうすぐ死にそうになったとして、この人もうすぐ死にますー! なんて大っぴらに言うワケないじゃん……デリケートな問題じゃん……いや、外交の世界じゃどうだか知らんけど。一般人の世界はそうだから。



「ミドヴェルトさんはご存知のようね……そうでしょう?」



 アイテールちゃんの継母になる予定のビスタベラ様が、謎の色気で私に水を向ける。怖いけど……何系の笑みなのソレ? 私は曖昧に微笑むしかない。



「私の願いは非常に個人的なもので、これは非公式な頼みなのだが……聞いてもらえるだろうか?」


「はい、私にできることならば」



 前回の訪問で、有無を言わさず転移魔法をぶちかましてきた妖精王様とは思えない優柔不断な態度だ。私はできる範囲で聞くつもりだったけど、妖精王様のあまりの逡巡に、なんか失敗したかもしんないと反省する。とんでもないこと言われたらどうしよう……横ではセドレツ大臣が渋めの視線を送ってきてて、やっぱりなんか駄目だったんだろうと理解した。


 でも、もう親友といってもいいアイテールちゃんのためなら、本当に何でもやる気はあるのだ。……一応は。


 妖精王様はしばらく言い淀んでいたけど、ビスタベラ様と視線を交わすと意を決したように話しはじめた。



「王女は……()()()()()()()を受ければ各段に寿命が伸びるであろう。王女と一緒にホリーブレ洞窟へ行ってほしい」


「ホリーブレ洞窟ですと?!」



 セドレツ大臣は、立ち上がりそうな勢いで驚いていた。なんかヤバい場所なのだろうか……?







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