8.『クリプトクロム奇譚』part 3.
もうだいぶ慣れたつもりでいたせいか、私は使徒さんたちに軽い気持ちでヒアリングしてみた。
「ところで、みんなの親御さんとかはなんて言ってた? この西の森に来ること」
「え? ……どうって……」
楽しい話が続いていたので、気軽に返事をしてもらえるかと思っていたが、意外にもパタッと話が止んでしまう。え、またなんかやっちゃいました? 私……
「あんしんするがよい、きょういくがかりどのは、そなたたちをおとしいれるようなものいいはせぬ」
なんだか怖がらせちゃったかな? アイテールちゃんのおかげで、使徒さんたちはちょっとずつ喋ってくれるようになった。
「うちの親は……とにかく目立たないようにしろって言ってました」
「うちは……ケンカして出てきたし、親も私に消えてほしかったと思う」
「え?」
「うちの親は、とにかくあたしに泣きながら謝ってました」
「えぇ?!」
「西の森がこんな天国みたいなとこなら、もっと早くくればよかったね〜!」
「そうね!」
「本当よ〜!」
「うん」
……何だかみんなガチめにヤバいな……
公爵領に人間の皆さんが多めに配分されたのは、ピーリー君のモバイル転移装置で脱出したからだ。
モバイル転送装置の座標が、公爵領にある古城に設定されていたからね。
およそ500人のメガラニカ難民のうち、最後に私と帰還した140人と説得に応じて移住してくれた126人の合わせて266人は王都に住んでいて、まあまあ溶け込んでいるようだ。この人たちは、大司教ロプノールさんに魔国で暮らすための教育を受けてるので問題を起こす危険は低い。本人も変わりたいと思ってる人たちで、変化を前向きに受け止められるタイプで素直な人が多い。
でも頑なに北の寒い公爵領に住んでる人間さんたちは、元いた場所に気候が似てるからっていう理由で動かない人も多いのだ。何というか、変化を求めない人たちである。
わかるよ。うちのお父さんも現代技術を否定的に受け止めるほうだったし、某アフターマンでも都市部の生活を嫌って郊外で養蜂とかして暮らす一派が必ず出るって言われてたし、そういや某名探偵も引退したら養蜂生活するって言ってた。
私は、どこでどう暮らそうがそれぞれの自由だと思うけど、ほかの場所を勝手に落とすのはやめてほしいと思う。
魔国は確かに、人間を「美味しい匂い」と判断する国民がいっぱいいるかもしれないけど、でもちゃんとした場所では安全に暮らせるのだ。
人間の世界だって、安全なとこと安全じゃないとこってあると思う。いや、だからこそ危機管理に敏感なのかもしれないけど、もうちょっと信用してほしいものだ。
とかいう「お気持ち」を熱く早口で語りたくなってしまったが、王様たちの前でやらかしたあの失敗を繰り返すなんてことはもうしないぜ!
「みんな大変だったのね〜」
さりげなくお茶を飲みながら、頑張って無難そうな感想を述べると、ホムンクルス姫が困ったように笑いながら言う。
「まだまだ周知できていなくてお恥ずかしい限りですわ。やはり大司教様に公爵領までいらしていただいたほうがいいのかしら?」
「あ、それいいアイデアかもしれませんね。後で聞いてみましょうか。本人いるし」
「ロプノール大司教って、お優しそうで素敵な方ですよね!」
「あ、私もそう思ってました。こんな私にも普通に話しかけてくれて感激です!」
使徒さん達は、ロプノール君の闇の部分を知らないせいか、昔の私のように無邪気な評価を和気藹々と話していた。
そこへ、無事に式を執り行ったであろうロプノール大司教様がやってきたもんだから、みんなキャアキャアと黄色い声をあげる。ウサ子ちゃんに逃げられた今、新しい彼女ができるといいね。私はココノールさんのことを話したくてウズウズしながらも、やっぱこのタイミングじゃないよな……などと逡巡してみる。
「ミドヴェルト様、ちょっとよろしいでしょうか?」
「え? 何でしょう?」
ロプノール君に呼び出されてしまい、やっぱ今ココノールさんのこと言うべきかなぁ……などと考えながら席を立つと、呑気な使徒さん達の会話が一層盛り上がっていた。いやー衣食足りて恋バナをしるって感じかな。女の子達のさんざめく声はBGMにしてもいいくらい華やかだ。
ロビーを出て人気のない場所に来ると、ロプノール君は何やら俯いて何か言いたそうにしている。
もしかして、もうココノールさんに会ったのかな?
ロプノール君が家を出た後で生まれたという妹のココノールさんは、何やら王国の裏組織みたいなところで働いており、表向きは旅行ガイドさんとして社会に貢献している。すごくしっかりしていて、ある意味お兄ちゃんにそっくりなんだが、ものすごくドライだ。機会があったら兄に会いますよとか何とか言ってたから、あれから割と時間が空いちゃったし、もう会ってる可能性高いかもしんない。
とか思っていると、ロプノール君が意を決したように顔を上げた。
「僕、ミドヴェルト様になんか変なことしましたか?!」
「ん?」
どさくさに紛れて記憶から追い出していたけれど、確かに言われてみれば何かされたような気はする……
「何か……したんですね……?」
「いや、えーっとね、そんなに問題になってないから大丈夫だと思いますよ? うん、たぶん」
まあ熱とかあって病気だったみたいだし、覚えてないなら蒸し返す必要もないんじゃないかな。
おかげであの後、ベアトゥス様と夜景デートもできたし、婚約者としての立場は守られたはずだ。
だからセーフでノーカンだ。
などと思っていると、眉根を寄せたロプノール君は何かした自分に耐えられなくなったようで、泣きそうにうるうるしている。
「あーっと……もし私に借りがあるって思ってるのなら、いっこお願いしてもいいでしょうか?」
「はい、何なりと。その代わりと言っては何ですが、私をお許しくださって、また以前のように親しくしてくださると幸いです」
「わかりました。じゃあ……あまり急ぎってわけでもないんで都合つき次第でいいんですけど、公爵様の領地にいる人間の皆さんをお導き頂けますか?」
「導く……とは?」
「まあ結論から言うと、西の森に移住する人を増やしてほしいんですよ。あと、魔国を怖がってる人間さん達を安心させてあげてくださると有り難いです」
「なるほど、わかりました」
「あ! あと、詳しいことは公爵夫人に確認してください。私からも話を通しておきますから」
大司教様は少し考えながら、私の依頼を受けてくれた。ココノールさんのことは何となく次回にしたほうがいいような気がして、言い出せないままだった。
もちろんウサ子ちゃんのことも聞き出せていない。
だってなんか……ただの興味本位だし……めっちゃ知りたいけど、さすがに無理……
しかしチョコが効いたのか、ロプノール君が元気になって良かったよかった。苦手な相手には違いないけど、さすがに倒れられては気になっちゃうもんね。
使徒さん達にも人気あるみたいだし、できればさっさと幸せになってほしい。いっそロプノール君を囲む会とか開いてお見合いパーティーしちゃうか?!
ウズウズしながらも、しばらくは自然の流れに任せることを決め、私はお茶の席に戻った。




