7.『教育係は伊達じゃない』part 5.
「ふわああぁあぁぁ!!!」
地面がどんどん遠くなっていき、私は高所恐怖症でお尻がゾワゾワする。
いつもなら、この鉄筋が崩れて落ちるかも……とか、このガラスが割れて一気に下へ……とか想像しちゃうんだけど。この状況はどう処理したらいいかわからない。魔車で進んだあの「風の街道」を、ひとりで飛んだらこんな感じかなぁ……急にチューブから振り落とされたら落っこちちゃう? いや、余計な想像はしない!!
「落ち着きたまえ、コードネーム:ミドヴェルト」
「ふ、ふぁいぃぃ!!」
「光から出ないように。危険だ」
「ヒィ……!」
やっぱり……安全面はゆるゆるなのね……わかってた! だって、専門施設でみんなプロだもんね。子供も素人もいないし、一人ひとりが気をつければいいことに対して、そんなに安全対策とか考える必要ないもんね!!
私は念のため胸の前で両手をクロスさせ、無闇に腕を振って光から出ないように備えた。光の幅は直径3mくらいあって、バルテルミさんと2人で並んでても結構余裕がある。身体中がガクガク震えてるけど、大丈夫。おもらしはしていない。舌を噛むかもしれないのでもう黙って歯を食いしばることにした。フフフ……無意味に笑えてきましたわ……また思考が姫っぽくなってしまった……限界が近いようだ……お父さんお母さん……いや、まだ死んでない、死んでないぞ私!!
しばらくすると雲の上に出て薄ら寒くなってくる。
その変化に気づいて、恐る恐る目を開けてみると、真下に緑のオーロラが見えて垂直じゃなくて斜めに進んでいるのがわかった。
おお……この異世界もやっぱ惑星なんだぁ……
すぐ上に真っ暗な宇宙と星々が見える。
太陽の光はそんなに見えない。裏側に来てるみたい。出発したときは、まだ午後の明るい時間だったから、ぐるっと回って来たのか? さすがにここまで高くなると、逆に高所って感じもなくて怖くないから不思議。
「わぁ……綺麗ですねぇ……!」
「景色を見る余裕が出てきたか。だがもうすぐ到着だ」
その言葉が終わるか終わらないうちに、私たちは白くて大きな丸い宇宙船に激突するかのように真っ直ぐ突っ込んだ。
「問題ない。目を開けたまえ。コードネーム:ミドヴェルト」
「う、うえぇ……?」
私のために与圧してくれたって言ってたけど、普通に息ができそうだ。念のために宇宙服っぽい機能を期待して自分にもドライの結界張ってたんだけど、必要ないくらいの快適な気温だった。
宇宙船内は明るいイメージで全体的に白い。外側も白かったけど、室内も白くてライトアップされていた。
そこに白っぽい天使さんが静々と歩いてくる。
「ようこそ、我が中空の城へ。我々はソードフィル・フォース・ガーディアンズ所属の探索部隊だ。私はこのウツロブネU2-6203を任されている船長のサリフェンリーザ、サリーと呼んでくれ。よろしく」
「わ、私はミドヴェルトです。よろしくお願いします」
なんかニュースで見る感じに握手なんかしちゃってるけど……そんでもって謎に写真とか撮られちゃってるけど……大丈夫か?! コレ!!
私は流されるままに宇宙船の廊下を笑顔で進む。平静を装ってるけど、ほとんど話は頭に入ってこない。
少し歩いて小ぢんまりとした部屋に通されると、シンプルな家具に80年代の宇宙感あふれるサイケなデザインがすごく可愛い。
天使って……
急に親近感が湧いてしまった私は、すっかり馴染んでソファに座る。
「ここは私の自室なんだが、気に入ってくれたかな?」
「え、ここサリー船長の自室なんですか?! すごい可愛いです!」
「そう言ってもらえると光栄だな。来客時には応接間として使用している空間なのだ」
話が通じるからついつい和んでしまうけど、私はここに戦争しないための話し合いに来たのだ。
「ところで、こちらから私が所属する世界に何度も接触がされているようですが、なぜ外交的な手段での先触れがいただけなかったのでしょうか?」
「攻撃はそちらからだった。我々が大気圏突入を試みる前に、惑星全体にシールドが展開して近づけなくなってしまった」
「あぁ……」
精霊女王ベリル様とあの双子のおばあちゃんの仕業だ。
戦闘狂のベリル様ならまだしも、あのおばあちゃんたち何考えてんだよまったく。
どっちが先かなんてことにこだわると立板に水で溝が深まるだけなので、そこはスルーしてダンジュー共和国の問題について質問する。
「ファビエル級天使さんかベルキエル級天使さん、またはドンクファンネル級天使さんがダンジュー共和国を消し去ったという疑惑があり、我々はあなた方を危険視しているため、防御シールドを解除することはできません。この問題について話し合うことは可能ですか?」
「ハビエル級……それはそちらの呼び方か? おそらくME-45のことだろうな」
サリー船長の説明によると、ダンジュー共和国の問題については関わっていないとのこと。たまたま国内の問題が天使の襲来と被っただけらしい。その地点に派遣した天使も消えたので、バルテルミさんが休暇を兼ねて調査に行ったということだった。
ダンジュー共和国……何してくれてんだ……
バルテルミさんが軽く調査したところによると、時間の流れにブレがあるとのことで、なんか存在が二重になってる部分があるとかないとか。
……どゆこと? 国家的にヘイストでもかけ損なった??
ダンジュー周辺の調査結果を紙媒体でいただいてしまったので、戻って精査するということになった。
「ところで、そちらには無線や電気信号などの概念はあるのだろうか……? どうも地上政府との連絡が取れないのだが」
「あー……中世設定なので、電気関係はサンダーの魔法ぐらいしかないと思います。でも確かに連絡できないのは不便ですよねぇ」
連絡がつかないから物理的に近づこうとして、それが攻撃に繋がってしまう。誤解が誤解を生み戦争へ……嫌なパターンだ。
なんか連絡しやすいスマホみたいなのあればいいんだけど……ってかスマホほしい!!
「こちらから、小型無線機みたいなものって貸し出してないんですか? スマホみたいな」
「君はこの時代の人間か? バルテルミの報告にもあったが……」
「あ、いや、わかりました! 魔法でなんとかしますので、少々お時間をいただけますでしょうか?!」
船長に余計な詮索をされそうになったので、私はなんとか話題を変えて、部屋の隅でスマホのイメージに集中する。
スマホほしいスマホほしいスマホほしいスマホほしいスマホほしいスマホほしいスマホほしいスマホほしいスマホほしいスマホほしいスマホほしい……
元々欲しかったけど、コレが出せなきゃ下手すりゃ戦争だ。
もうだいたい魔法のコツはつかんできてるんだよね。できるだけ細かく具体的に思い描くこと。漠然としたイメージのままだと失敗するので、必死でスマホの機能と見た目を思い描いていると、急に頭の中でスマホのCMみたいなゆっくりズームになって回りながら内部にカメラが入っていくみたいな映像が浮かんだ。コレはイケる予感。
スマホ来い!!
ポンッ≡3
急に現れたスマホは、以前私が使っていたものだった。いや、正確には同じ機種のもの??
とりあえずもうひとつスマホを出して見ると、今度は簡単に出る。電話番号は勝手に設定されてて、メッセージもSNSも使えるっぽい。この異世界には基地局とかないんだけど、そこは魔法だからうやむやだ。料金は個人の魔力かな?
2つが繋がって、ちゃんと通話もできることを確認すると、片方をサリー船長に渡してみた。
「これがホットラインということで、次に御用があるときはこちらでご連絡ください!」
「これは……充電はどうすればいいのだ?」
「あ、そっか……基本的には魔力で充電するっぽいんですけど……」
天使さんたちには魔力がないっぽいので、ワイヤレス充電器を念じてみたら、割と簡単に出た。
「この丸いお皿にこうやって乗せとけば充電できます」
「ふむ……なるほど」
「これで、今後は友好関係を結べそうでしょうか?」
「こちらとしては不要な戦闘は避けたい。ところであなたは人間だと聞いたが、本当かね?」
「え? あぁ……まぁ……」
サリー船長の雰囲気が変わって、周囲のクルーが息を飲む。ひえぇ……この流れは、もしや人体実験来る?!




