7.『教育係は伊達じゃない』part 1.
「さてと……残りのひとつはシトロエン公国ってとこなんだけどぉ……」
ベリル様が私たちを見回しながら、明るい声で言う。
「マルパッセからの報告では、ドンクファンネル級が来ているらしい。注意してくれたまえ☆」
いや、何をどう注意すんのかな? そんな笑顔で言うことなのか?
ベリル様の体にあった穴は、いつの間にか元通りに戻っていて、何だったのか説明はなかった。
ドンクファンネル級の天使は、攻守ともに万能で、ダンジュー共和国を大草原にしてしまったのはこの天使だと考えられている。
そんな強そうなヤツ、どうしろっていうのかな……
「ただ、ドンクファンネル級は単体で行動することは少ないんだよねぇ……最悪の場合を想定して準備すべきだろうな」
「最悪……とはどう言うことか、聞いていいか?」
ベアトゥス様がみんなを代表して聞いてくれて助かる。本当はまとめ役の私が質問しなきゃいけなかったのかもしんないけど、何だか嫌な予感がして無理だった。
ベリル様が勇者様に鋭い視線を送る。謎の睨み合い対決が数十秒続いて、見ている私たちが冷や汗ダラダラになりかけた頃、ベリル様がフン!と鼻で笑った。……どっちが勝ったのか?
「ドンクファンネル級の天使ってのはさ、ガブリエル級かファムシエル級の露払いなんだ。最悪の場合そいつらが背後に控えている可能性があるってこと。ドンクファンネル級単体なら俺でもいけると思うけど、後ろに何かいると感じたら取り敢えず逃げるぞ!」
「に、逃げるってどこに……ですか?」
「どぉーこかなぁ? ま、物理的に距離とって考えるしかないよ」
な、何なの? 急に……
全然簡単なお仕事ではなかった!
いやまあ……こんな魔法のある異世界に攻めてくるぐらいだから、向こうだってそれなりに自信があって来てるんだもんね……
それにしたって、何なの? 天使って……
いや待てよ、すべての多元宇宙に派遣されてるってことは、私がいた現実世界にも来てたかも?!
各地に残る伝説とか、オーパーツや壁画に残された有翼人に見える創作物って……もしかしたら大昔、今の私たちみたいに人類は天使に襲われてたりして……?
いやいやいや。
いやいやいやいや。
まあ……私自身、異世界に来ちゃったから、絶対無いとはいえないけど……まさかね。
などと考えていると、ずっと黙っていた執事悪魔のマーヤークさんが恐る恐る手を上げて、精霊女王様に余計なことを聞いてくれた。
「ミドヴェルト様の能力で、天使に対処することは可能でしょうか?」
いやいや、執事さん。神妙なふりして私を生贄にしないでくださいよ!!
「あーさっきの……」
ベリル様と目が合うと、軽く舌舐めずりされた気がして怖い。
「確実に捕獲できるときは役に立つかもしんないねぇ。だけど1匹でも逃したら、奴らにミドちゃんの情報が伝達され、最優先で狙われて終わりだ。使い所はちゃんと見極めないとダメだよ? わかった?」
「わ、わかりました……」
天使だって馬鹿じゃない。それどころか、どんな問題もすぐ分析して対応してくる優秀なAIなのだ。考えなしに例の能力を使ったら、どう対策されてしまうかわからない。それどころか、私が優先的に命を狙われることになる……らしい。
精霊女王様に余計なことしなくてよかった……
ベリル様がそう予測するってことは、ベリル様ならそうするってことだよね。
今まで、よくわからないまま使っちゃってたから、あの能力に対策されるってことまで考えたことなかった。まあ……青髪悪魔さんは対策を考えるために私の能力を研究してるのかもしれないけど。
っていうか、ここにいる執事悪魔は、気合いで耐えるっていう対策をだんだん身に付けつつあるような……
例の能力、効かなくなる日が来るかもな。
いやそもそも初っ端に「停止させる」って言われてたんだった。
あ、あんまり調子こかないようにして、謙虚に生きていこう……
取り敢えず、シトロエン公国がダンジュー共和国みたいな大草原になってなければいいけど。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
何だかんだとみんなで話し合い、転移魔法で乗り込むとダンジュー共和国の二の舞になりそうなので、冒険者のふりして情報収集しながら地味に歩いて行こうということになった。
私たちは歩き旅に慣れてるけど、ベリル様はもうテンションMAXで、はじめての遠足に来た園児みたいにはしゃいでいる。
道端に生えてる草とか小さな虫を見つけてはしゃがみ込むので、ちっとも計画通りに進むことができないんだけど、毎度のことながら精霊女王様に駄目出しできるわけもなく全力で合わせる一択だ。
「アイちゃんミドちゃん! 見てみてコレ! 黄色い!」
なぜタンポポ的な野に咲く花に、そこまで感動できるのか……ベリル様に心酔しているっぽいアイテールちゃんは、一緒になってキャッキャと盛り上がっているけど……
純粋か。
なんて……この異世界の最強存在にあるまじきほのぼのシーンを無意味に眺めてしまうけど、考えてみたらベリル様って基本的に転移魔法で移動してるから、あんまりこういう足元の部分に目を向けたことがないのかもね。私も現実世界だと自転車ばっか乗ってたから、たまに歩くと苔とか花に目が行ったりしたわ。まあ……どっちかっていうと虫に目が行ってた気もするけど……
ベリル様もちょいちょい虫と戯れてるから、意外と気が合うかもしれない。
……などと気軽に口走ったら、いろんな方面が炎上しそうなので絶対言えないけど。
「今日はここで野宿かな! アイちゃんこの辺の精霊とコンタクトしてみ? ミドちゃんは結界張っといてねー♡」
「あいわかった」
「わかりました」
まだ日が高いけど、ここをキャンプ地とするのね……こんなペースでは、シトロエン公国に着くまで5日くらいはかかりそうだ。でも、誰も文句を言わず、野宿の準備をはじめる。ベアトゥス様は料理人の本領発揮とばかりに、まんまとご飯係になっていた。騎士さん達は獲物を探しに散っていき、執事さんはそそくさと焚き火の準備。魔女アンナさんは、当たり前のようにその辺の丸太を浮かせて焚き火の周りに配置していた。
アンナさんて……意外とコミュ力高いよな……
見た目がほぼ私な上に、魔導書を書くためとか言って森のキノコハウスに缶詰になろうとしてたくらいだから、勝手にコミュ障かと思ってたけどそんなことはなかった。積極的に行動するし、自分がちゃんとあるって感じするし。
私なんて流されてるだけだし、中途半端な結界魔法しかできないし、魔女アンナさんにはとてもかなわない。
ファビエル級の天使にまんまと破られてしまった私の結界魔法が、あれより強いドンクファンネル級に効果があるのかは謎だ。
だいたい、私の結界はベアトゥス様にすら効果なしでアバラ折れたし。
あ……ダメだ……急にマイナス思考になってきてしまった。疲れてんのかな? チョコでも食べるか……
いつものようにくるりと向きを変えて、ササっとチョコ魔法を発動しようとすると、目の前にいた人にぶつかってしまう。
「あっ、すいませ……」
「無意識に動くと危険だぞ? 確か注意されていただろう」
聞いたことのない声に思わず顔を上げると、見たことのないその男性には、大きな白い羽が生えていた。




