2.『風の街道』part 2.
「われはひとじちですらなかったわけなのじゃな……」
妖精国に帰れるとわかっても、アイテールちゃんの気鬱は治らないみたいだった。
まあ、自分の中で納得していた設定が崩れると、持ち直すのに体力も気力もかなり消耗するよね。私も帰省はそんなに好きなほうではなかったし、気持ちはわかるようなわからないような。王女様なんて責任ある立場になったこともないしなあ……
「ムー! ムー!」
「そうじゃな、おちこんでいてもいみはない……おうじでんかのいうとおり」
そういえば、この二人も会話通じてるっぽいんだよね。私だけがフワフワちゃんの言葉が理解できないんだけど、なぜ教育係なんてものをやっているのかは謎だ……
王城の客間でお茶をしながら、妖精王女のアイテールちゃんと魔国王子のフワフワちゃんに挟まれて、私は恵まれた生活ができていると思う。でもだからこそ、王様の頼みは断れず、たまに死にそうな目に遭ったりしているんだけど。どっちが良いのか……いや王都で暮らしたとしても、それなりに苦労するだろうけどね。私なんて事務の仕事しかできないし。しかも計算力は人並みで、PCとかスマホがないと演算レベルは1あるかどうか。ほとんど無能といっても過言ではないのだ。
あれ……? アイテールちゃんより私のほうが落ち込むべきじゃない……? 何でみんな優しくしてくれるんだろう……? ははは、最終的に内臓とか抜かれちゃうのかな??
エーテル問題やら赤髪問題やらいろいろあって思考力が低下してるのか、なんかもう泣きながら寝たい気分になっている。
「ムー! ムムー!」
「フワフワちゃん……! 私のことも励ましてくれるんだね!!」
スリスリしてきた王子殿下を思わず抱き上げて、私はこっそり猫吸い的な行動に出る。オキシトシンは正義! 落ち込んでたってしょうがないもんね。
フワフワちゃんは、ちょっと気持ち悪そうに身を捩っていたけど、おとなしくフワフワ吸いを許してくれた。
ありがとう、フワフワちゃん!! おかげで少し落ち着いたよ……
遠征への英気を養って元気になったついでに、私は必要なものを買いに王都へ繰り出したのだった。
☆゜.*.゜☆。'`・。・゜★・。☆・*。;+,・。.*.゜☆゜
「……というわけでしばらく妖精国に行ってまいります。大体のことはピーリーに引き継いでますから、そちらに確認してください」
「「「わかりました!」」」
西の森ホテルで挨拶を済ませた後、王城への道を小走りで急いでいると、木の陰からヌッと顔を出したのはベアトゥス様だった。
「うわわ! ……んもーびっくりさせないでくださいよぉ」
「すまん、モリーユ茸があると聞いて採りにきたんだが、お前知ってるか?」
「え? キノコですか? ちょっとわからないですね……」
モ、モリー?? 厨房では買い付けてないのかな? 森を駆け回るキノコ好き勇者様の必死な姿を想像して、うっかり笑ってしまう。無駄に筋肉のついた腕に、婦女子が持ってそうな可愛い籐のバスケットが良い味出してます。新境地ですね。話しながら一緒に歩いていると、ベアトゥス様は急に黙って、何か言いたそうに私を見下ろした。
な、何だよ……気になるから早く言っちゃってくれ……!!
「おい……手を繋ぐぞ」
「ふぇ?」
「嫌か?」
「あ、いえ……嫌じゃありませんけど……」
謎の勇者アプローチに一瞬身を引いてしまうが、まあ手を繋ぐくらいなら別に問題ない。……と思う。なぜ急に? と思ったりもするけど、考えたら結婚前提の交際中だった。むしろ手ぐらい繋いでないとおかしいだろう。
繁華街とかだと何となく恥ずかしいけど、森の中なら平気……なのか? 手汗チェックしてから勇者様のほうに掌を差し出す。
「どうぞ」
「……おう」
手を繋ぐっていうから、てっきり手のひら同士かと思いきや、手首をむんずとつかまれて体勢が崩れた。
シュールだなあ……
この勇者、本当に結婚したいんか? どっちかっていうと一生独身を貫きそうな感じがしてたけど……そして一生女遊びを続けるタイプに見えたけど。
まあ人は見かけによらないし、そもそも心のコアを抜き取っておいて……私にはそんなこと言う権利ないのだった。
「そういえば、妖精の国に行くと聞いたぞ」
「あ、そうなんですよ。さっきもその挨拶でホテルの皆さんに……」
「ひとりで大丈夫か?」
「え? ひとりじゃないですよ? 騎士団の皆さんも一緒ですし」
「そういう意味ではない」
「??」
「俺はつらい。なぜなら大好きなお前とほんの一時でも離れてしまうからだ。わかるか?」
淡々とそう言い切ると、ベアトゥス様は立ち止まって私に視線を合わせてきた。この上なく説明的なセリフだけど、ちょっと逆光気味の勇者の顔は、完全に真面目で一切ふざけた感じが見当たらない。私は目の前の日焼けした大男の迫力に押されてしまい、何をどうしたら良いのかわからないまま必死で考える。
「え、はい……」
「それだけか?」
「い、いえ……そんなワケ……」
「じゃあどうする?」
圧迫面接かよぉ……! ど、何? え、何なの?! 何となく不機嫌オーラが出ているみたいだけど、いくら目を凝らしても背後から文字列が流れ出してくることはなかった。うぅ……追い込まれている……! あれ? さっきまで平和にキノコの話してたはずなのに、どこで何を間違ってしまったのか?!
「まあ、よい。行ってきますのハグをするぞ」
「え? どうしてそんな言葉を?!」
……と思ったけど、メガラニカ王が転生者なんだし、現代社会の用語は妹のヒュパティアさん辺りから聞いたのかもしれない。両手を広げて仁王立ちする筋肉勇者に睨まれ、ちょっと討伐される魔物の気持ちがわかったような気がした。
とりあえず躊躇してもはじまらない。恐る恐る近づいていくと、罠のようにガシッと捕まってしまう。
「うぶっ?!」
「抱きしめられるのは嫌か?」
「いいえ、嫌ではありませんってば……ははは」
勇者様は筋肉がすごすぎて、正直私の好みのタイプではない。だけど嫌いかと言われるとそうでもない。ただ何考えてるかわかんなくて困惑するだけ。でもバカ正直にそんなこと言ったら、最強のチョークスリーパーとかかけられて、永遠にスリープさせられてしまうかもしれないので黙っておく。魔国に来ていろんな美人とか目の当たりにしたら、あちこちに愛人ができるんじゃないかと思ってたけど、この勇者様は全然遊んでる気配ないんだよね。
やっぱ心のコアが抜き取られてしまって本調子じゃないのかも。だけど元に戻す方法もわからないので、こればっかりはどうすることもできないのだった。なんてことを考えていると、耳元で低い声がする。
「おい……俺はそんなに無理を言っているか?」
「え?」
「もうよい、早く帰って来いよ」
「わ、わかりました!」
急にスンとしたベアトゥス様は、キノコの籠が空っぽのまま厨房に帰っていってしまった。今日のメニューに必要ってワケじゃなかったのかな?
何だかよくわからん……
男心と秋の空って言うけど、一体どうすれば良いんだよ……
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2回目の妖精国訪問は、風の街道を使うとのことだった。よくわかんないけど道に風魔法っぽい何かが仕込まれていて、目的地まですごいスピードで行けるらしい。魔法が苦手でも使えるので、一般庶民が最速で移動したいときはここを使うんだとか。
今回はできるだけ早くエーテル抽出機を妖精国に届けるために、妖精国方面の道だけ昨日から通行止めにして、貸し切り状態で使えるっぽい。セドレツ大臣さんは、私達とは別の魔車で文官さん達とギリギリまで仕事するんだとか。全部で5台の魔車に乗って王城から出ると、風の街道の直前で御者さんが降りて一礼した。
「あれ? 御者さんなしで大丈夫なんですか?」
「向こうで別の者がちゃんと待ってますからな」
魔車の中のほぼ半分を埋めているかのような、でっかいモコモコ騎士のモルドーレさんが説明してくれた。相変わらずヒヅメで書類を器用に手繰っている。窓の外の景色があっという間に流れていくのを眺めながら、私は富士山が見えれば完璧だなぁ……なんて呑気なことを考えていた。
風の街道はジェット気流みたいなものが常時駆け巡っていて、だいたい新幹線くらいの速さで移動ができる快適な道。揺れもないし、未来的で中世の雰囲気にはちょっと合わないけど、現代っぽくてすごくホッとする。とか言いながら事故らないのかちょっと気になるけど、魔法で何とかなってるのかもしれない。
「ムー!」
「お、妖精国の入り口に着いたようですぞ」
2時間弱くらい魔車に乗っていると、モルドーレさんとフワフワちゃんがほぼ同時に到着を知らせてくれた。
ずっと押し黙っていたアイテールちゃんは、妖精国との国境を見ながら遠い目をしている。
「王女様、大丈夫ですか? 魔車に酔っちゃいました?」
「われは……ちちうえにもどるきょかをいただいていないゆえ……」
「そんなの、魔国の大臣さんが手続きしてくれてますって! 心配ないですよ!」
妖精王女としての真面目キャラにあっという間に戻って、アイテールちゃんはモジモジしていた。魔国ではあんなにはっちゃけキャラだったのにね。地元帰るとすぐ昔に戻っちゃうってこういうことなのか?
私は妖精国の建築物をゆっくり見て回りたかったから、今回は少し滞在期間に余裕があって嬉しい。
……俺はつらい。なぜなら大好きなお前とほんの一時でも離れてしまうからだ。わかるか?……
ふと、ベアトゥス様の言ってたことが思い出されて、私は楽しかった気持ちが萎んできてしまった。いやいや、ひとりで見たほうが好きなものじっくり見れるでしょうよ……でも、せっかくなら二人で見たかったかもしれない。いやいや、どうせ「いつまで見てんだ」とか言われるに……あれ? そういや古道具屋では、そんなこと全然言われなかったな……
じつを言うと、私はまだ恋人ってものが理解できていない。現にベアトゥス様がつらいって言ってくれなかったら、相手と離れたらつらいかもしれないなんて、これっぽっちも気づかなかったのだ。現実世界で一応彼氏はいたけど、周りのみんなに彼氏がいて、私だけいないと変に思われるから適当に付き合っていただけだった。友達が人肌恋しいとか寂しいとか言ってるのを、意味もわからず聞き流していた。
だって、ひとり最高じゃん。うるさいこと言われたりしないし。嫌味も言われないし。謎に睨まれたり、ため息もつかれないし。怒られたり馬鹿にされたり、現実世界での彼氏にはいい思い出がない。私と同じで、多分あっちも妥協していたんだろう。
昔は私も一般人らしく恋愛に憧れたりしてたから、頑張って好きな人に告白して、そんでもって振られまくっていた。成功体験がゼロ過ぎて、なんか恋愛って苦手な気がしていたのだ。一回くらいは告白されたような気もしないでもないけど、相手のことを全然好きになれそうもなかったので断った。私を振った人達もこんな気持ちだったのか? なんか迷惑かけちゃって悪かったな……などと思ったら、もう告白すらできなくなっていた。そんでもって友達に「妥協して付き合え」って言われたから、何となく紹介された人と付き合っては別れていた気がする。
私の恋愛経験なんて所詮その程度なんだよね……めるくめく愛の嵐的なすげえ恋愛って本当にしてる人いるのかな?
こう思ってしまうこと自体、理想が高いってことなんだろうか?
「きょういくがかりどの、ここからはべつこうどうになる」
「あ、わかりました。えっと、次は夕食ですね。それまでごゆっくり」
軽くぼんやりしているうちに、スケジュールはどんどん進んでいく。私たちはアイテールちゃん達と別れると、エーテル抽出機を運び出して各工房に届けて回った。妖精国は相変わらずファンシーな背景とグロテスクな国民であふれていた。まあ、魔国も城下町は似たようなもんだけど、あっちはもう少しひょうきん系が多い気がする。こっちはハリウッド感がすごい。そこはリアルにしなくて良いだろって部分が、すごくリアルだ。
そんなことを思いながら、エーテル工房の長と話をする。ここの工房長さんは、ダンシングフラワーが真面目になったみたいな人だった。グラサンはかけていない。決して可愛いとは言い切れない、不気味の谷に突き落とされたかのような見た目をしている。多分、魔物や悪魔と違って人間に寄せる気がないからだろう。……と思う。アイテールちゃんのお付き妖精とか、どの種族よりも妖精が上だと思ってるっぽかったし。独自進化を遂げた結果、ヴィジュアル的に特殊な価値観になったのかもしれない。
ところで工房の中は閑散としていて、エーテル抽出機を取り付けるのも人手が足りなくてひと苦労だった。
「あの、工房で働く方達はいないんですか? 使い方の説明とかしたいんですけど……」
「ふむ、職人たちはこれから生まれるでしょう。何しろエーテル不足でほとんど消滅してしまいましたからな」
「しょ、消滅?!」
何気ないふうにおっしゃる工房長さんの言葉にビビり倒す私。今現在、妖精王女ちゃんのエノコロ草パワーが危ういかもしれないときに、この話題は心臓に悪い。しかし、工房長さんは飄々として話を続けた。
「われわれ妖精は、うたかたのごとく生まれては消えるものですからして、とくにご心配なさらず」
「は、はあ……」
なるほど……こんな感じじゃアイテールちゃんもドライな雰囲気になっちゃうよね……などと思いながらも頑張って表には出さないようにする。
育ってきた環境ってダイレクトに来るよなぁ……
アイテールちゃんを元気にするには、もっと根本から取り組まないとダメかもしれん……