6.『やっぱり冒険が好き』part 5.
「ベルキエル級がいた!」
切羽詰まった声を、あのベリル様が出すだけでも一大事だ。
私はフワフワちゃんとアイテールちゃんを抱きかかえてベリル様に近寄る。
「ベアトゥス様!」
「わかってる!」
そう言うと、勇者様は立ち尽くす魔女アンナさんを持ち上げて運んだ。
騎士さん達も素早く集まって態勢を整える。執事さんが人数確認をすると、ベリル様が転移魔法を発動した。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「結論から言うぞ。俺たちは天使に見つけられてしまったみたいだ」
「見つけられたって……」
あの草原から一気に移動して、今私たちはペーシュ王国の外れの森にいる。ダンジュー共和国は消滅した……らしい。
そ、そんなことある……?
全然知らない人達だけど、ダンジュー共和国のみんなは……どうなっちゃったの?
まさか全員……
「しっかりしろ、ミドヴェルト! キミの結界魔法が要だ。誰もここから出ないように!」
「は、はい!」
とりあえず今は私の結界魔法で完全に隠れている。ベリル様の話によると、ベルキエル級の天使は小さくて子供みたいな見た目だけど、かなり攻撃力が高いらしい。ダンジュー共和国があんなふうになったのは、すでに侵略がはじまっている証拠だという。どういう理由であんなことになったのか、そこまではわからないとのことだった。
それにしてもベリル様の体を穿つ穴は一体……?
「ベリル様は大丈夫なんですか? これ……」
「おっと、触るんじゃない。吸い込まれてしまうよ? ふふっ」
その言い方がなんとも軽妙洒脱というか、いつものふざけたベリル様のように聞こえたので、大丈夫な気がした私はそのまま精霊女王様の言葉に従ったのだった。まあ精霊だし……今動けてるなら問題ないのか?
それでも急な状況の変化に心臓はドキドキして、これからどうなるのか、もう気が気じゃない。変に神経過敏になって、カサッとした小さい音にもイチイチ反応してしまう。
冷静になれと言われても、こんなの自律神経の問題だし、自分でコントロールできないよ……
とはいえ、私には結界魔法しかないんだ……みんなを守ることだけ考えて、余計なこと考えない! 集中集中!
「いいかみんな! 外を向いて円陣を組め! そのまま前だけを見てろよ! 天使を見つけたら、絶対に目を離すな!」
「わかりました!」
や、やっぱ……天使がここに来るってことなのかな?
それって……まさか、ここで迎え撃つの?!!
このペーシュ王国もダンジューみたいになっちゃったら……
いや、ベリル様も……ベアトゥス様だっているし、フワフワちゃんは強い。きっと大丈夫だ。とにかく私は最後まで死んじゃ駄目。結界を張り続けるんだ。
……はぁっ……はぁっ……はぁっ……
知らない間に息が上がっているけど、逆に心は落ち着いてきた。
なんだか急にプラスチックの匂いがする。新品の道具みたいな。
手が震えてるかもしんない……落ち着こう。
この場の全員が、集中していた。
みんなの邪魔をするわけにはいかない。
「天使は無意識の方向から近づいて来るんだ」
ベリル様が、前方を見据えたまま注意点を教えてくれる。
誰も視線を動かさない。無意識って何?
「注意してたりさぁ、考えているうちは行動しないだろ? 本当に行動するときってみんな無意識なんだよね」
無意識についてのベリル様のお話が続く。
「天使はこちらの無意識を狙って来るから注意してほしい」
うっかりミスとか、そういうのに気をつけろってことかな?
無意識を狙われるって言われても……無意識なんだから注意しようがない。
心理操作? 天使の攻撃って一体……
みんなでそれぞれの前方に注意を向けていると、魔女アンナさんが声を上げた。
「まさか……そんな!」
「振り返るな!!」
ベリル様が鋭い声を発し、アンナさんの動きを止める。
「何が見えた? 説明してくれ」
誰も動けなくて、私も後ろで起きていることがわからない。ただ耳を澄まして様子を窺うことしかできなかった。アンナさんは、震える声で自分が見ているものを説明する。
「小さい天使が……石像みたいに汚れてて……目がこっちに向いて……」
「そいつはベルキエル級の天使だ。いいぞ、そのまま捕まえておいてくれ。瞬きはするな!」
「ええ……? 無理よ……」
「もう1匹いるはずだ! 真ん中にいるものは上空を担当しろ! いいか、目を逸らすなよ!」
ベリル様の指示のもと、私たちはさらに集中して前方に目を凝らした。
「いつまで……? もう無理……瞬きしちゃいそう」
魔女アンナさんが泣きそうな声で助けを求める。
「アンナ、頑張れ! みんな! 彼女の限界が近い、早く探すんだ!」
そんなこと言われても……私だって必死に探してるのだ。それはみんなも同じだろう。だいたい、2体の天使が一緒に襲って来るものなのか? もう1人はどっか遠くに隠れてるんじゃ……
などと考えていると、急に目の前に見覚えのある天使が出現した。え? どこから? だって今……
そうやって私の無意識は狙われてしまったのだった。
「ミドヴェルト殿!」
首は動かしてなかったのに。
ほんの少し、視線を横に向けてしまった。
ほんの一瞬の出来事。
戻したときには、視界を天使の顔が埋めていた。
肩に痛みを感じる。
「払え!」
誰の声かわからないけど、思いっきり目の前の天使を突き飛ばして後ろに逃げる。しかし目を逸らしてしまい、あっという間に捕まった。首に腕が回って、後ろに引きずられる。
「ミドヴェルト様! 歌です! 歌を思い浮かべて!」
執事悪魔に言われるまま、私は必死で音楽に関するイメージを思い浮かべる。歌……ラッパ……チャルメラ……なぜ……
全然いいイメージが湧かなかったけど、それでも天使は苦しそうに頭を抱えた。私の後ろではマーヤークさんも膝をついている。……巻き込んでしまいすみません……
私が無事に逃れると、ムンクの叫びみたいに苦しむ天使を、勇者様がむんずとつかんで地面に叩きつけた。
「大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございます」
私を襲ったのはファビエル級の天使だ。これは何度も見たことがある。問題は……
「ベリル様は……?」
「俺ならここだよ。なんだぁ……心配してくれたのぉ? ん?」
すっかり目が乾いてポロポロ涙をこぼしているアンナさんと一緒に、やっつけた天使を抱えたベリル様が返事をしてくれた。小さい天使ってことで予感はあったけど……それってキューピッド?
明るいふわふわの髪の赤ちゃんみたいな天使は、弓ではなく装飾の付いたライフルを持っていた。
なぜ……
とりあえず警戒を解いた私達は、アンナさんの目を回復薬で癒やしたり細々とした後片付けをして、2人の天使はベリル様が転移魔法で魔国に無事送り届けたのだった。
あんな危険な天使、魔国に入れちゃって大丈夫かと心配したけど、マルパッセさんがいるからまあ安心か。
ベリル様も、受け取った瞬間にマルパッセさんが何か弄ってベルキエル級天使の電源を切ってたとか言ってたし、扱いには慣れてるのかもしれない。
これで29体の天使が捕まったわけだが……
あと1匹! ……じゃなくて1体!
はぁ……次はもっと簡単に捕まってほしい……




