6.『やっぱり冒険が好き』part 3.
「こ、こんにちはぁ……」
「……こんにちは」
「……これはおどろきじゃな」
「ムー!」
キノコの家から出てきたのは、信じられないことに私だった。
いや、私じゃないけど、私にそっくり。顔も声も、身長も。
髪型と服装は違うけど、私から見てもかなり『私』だ。
「あのー……こちらに魔女さんが住んでると伺って来たんですけどぉ……」
「……あなた、誰」
「あ、私は魔国から来た、とある使節団のまとめ役をさせていただいております。ミドヴェルトと申します。よろしくお願いします」
「私は……アンナ。お探しの魔女です」
よーし! 一応、ここまでは平和的に進んでるぞ……
でも王様のお使いってバレたら嫌われそうな雰囲気。
何とか中立アピールをしなければ!
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「ニンメシャルラ、お話はわかりました」
「じゃ、じゃあシブースト王を元に戻していただけますか?」
「それは無理」
「え……」
「あれは魔法ではなく祝福なの。若返りってやつね。あの王は私に下卑た顔で迫って来たから、人生のやり直しをさせてやっただけよ」
「しゅ、祝福……」
キノコのお家に快く招き入れてくれた魔女アンナさんの説明によると、若返りの祝福は1個体に1回だけ可能な不可逆反応で、もうシブースト王はおじさんに戻ることはできないらしい。後何十年か経過すれば、自然におじさんに戻るけど。アンナさんからはひと言「生き直せ」との伝言を頼まれた。
というかあの王様、私に下卑顔を晒して来たのって、魔女アンナさんの変装だとでも思ってたってこと?
アンナさんは物書きが本業とのことで、この森に来たのは、最近ハマってる魔道書大全を集中して書き上げようと思ったからだった。しかし、狩りで迷い込んできた王様に見つかり、すったもんだがあっておじさんを幼児化させてしまったらしい。反省はしていないっぽい。
「このシブーストは獣人が多いから、魔術に興味を示す者などいないと思っていたのに、まさか女性であることがネックになるとは想定外だったわ」
「はあ……王様はあなたにどんなことをしたんですか?」
「子を授けてやるから愛人になれと言われたわ」
「ス、ストレートにクズですね……王妃様に望むとかじゃなく愛人って」
「王妃様はもう居るんじゃないの? あの歳なんだし」
「あ、そっか。謁見したのが、ちっちゃい王様おひとりだったので勘違いしてました」
周囲を警戒しながら私たちの様子を窺う騎士さん達は、どっちも私に見えるらしく、何か幻術にかかっているのではないかとこの状況を疑っているようだ。
とりあえず私たちは他人の空似だと説明したんだけど、それにしても似過ぎている。現実世界ではよく「そっくりさんが3人いる」とか言われてたけど、異世界にも居たのか……
軽く確認したところ、魔女アンナさんは転生者とかではないらしい。ガチのそっくりさんなのだった。
「敵襲!」
急にモルドーレさんから警戒の声が上がって、私はキノコのお家全体に結界を広げる。
何かの魔獣でも襲って来たのかと思ったら、まさかのシブースト兵だった。一個小隊が私たちの後をつけて来たのだろうか。30人くらいの歩兵と1人の騎兵。魔女さん家に物理で殴りかかって来たのか? なぜ……
魔法使いが歩兵に擬態してるのかと思ったけど、そうではないらしい。
魔国の騎士さん達は、魔に属するものだけあって、皆さん魔法にも精通している。いくらシブーストの獣人部隊が飛び抜けて運動神経がいいとはいっても、正直カモにしかならないだろう。
何だろ、アホなのかな……?
いや、でも執事さんがシブースト王は策士だっていってたし、普通に兵をやっつけちゃったら何か言いがかりをつけられるかもしんない。
「騎士さん達、無事ですか?! 余裕があれば生け捕りでお願いします!」
「承知した!」
「ムー!」
あれ? 一緒に室内にいたはずのフワフワちゃんは、ちゃっかりシブースト兵をぶっ飛ばしながら、爽やかな汗をかいている。
ま、まあ……たまには運動も必要だよね……
フワフワちゃんに関しては、ベリル様の次に何でもアリなのだ。私はそっとドアを閉じた。
「手伝わなくていいの?」
「あ、外のほうは大丈夫ですから……」
それより、アンナさんはシブースト王国にこだわりがあるのだろうか?
私の脳内には、某有名小説家が温泉宿に長期逗留した話が浮かんでいた。
もし落ち着ければどこでもいいのなら、魔女アンナさんを、西の森ホテルにお呼びできないだろうか?
うまく行けば、家で仕事できない人がホテルで仕事してくれるようになって、売り上げアップに繋がるかもしれない。
「アンナさん、私たちと一緒に魔国までいらっしゃいませんか? こんなところより落ち着いた環境を保証できると思います」
「は? 急に何言ってるの? 私は別に……」
「きょういくがかりどのよ……しょうこんたくましいのはけっこうだが、ほんめいがやってきたようじゃ」
アイテールちゃんの言葉につられて開いた玄関ドアを見ると、別行動していたベアトゥス様が立っている。筋肉勇者は不機嫌にアンナさんを睨んでいた。
「おい、どういうことだ?」
「こ、これはその……」
「やだ、カッコいい……」
「え?」
「ねえ、ミドヴェルトさん? 私、やっぱり魔国に行くわ!」
え? え? よくわかんないけどアンナさんが前向きになったので、当面の問題は解決したようだ。
ただ、何となく不穏な言葉を聞いてしまったような気がしないでもないような……
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「私は本名をエンヘドゥアンナと申します。是非アンナとお呼びくださいな」
「……おう、よろしくな、アンナ」
「まあ、うふふ。お強そう。さあ、お酒をどうぞ」
みんなでお城に戻ると、シブースト王には残念なお知らせを告げることになった。元に戻れないと知ったおじさんは、何かが折れたのか、落ち込んで自室に篭ってしまった。ざまぁ出来て何よりだけど、そこまで落ち込まれると、ちょっと後味が悪いかも。
私たちは、魔女との交渉をしたってことで、無事に天使捜索の助力を得ることができた。大臣が渋ってたんだけど、契約書と一緒に細かく書いといた約款に「甲の望みが叶おうが叶うまいが、乙との取引は成立とする」という一文があったため、契約の力が働いて自動的にシブーストの警ら隊を借りることができたのだ。
そんでもって、今は打ち上げ兼壮行会みたいな感じで町の酒場を借り切って宴が催されている。
ベアトゥス様は、すっかりアンナさんに気に入られてベッタリだ。
「よいのか? きょういくがかりどのよ……」
「いいも何も、無礼講ですから」
正直、私にそっくりな女性が物凄く女性らしく振る舞ってるのは、変な居心地の悪さを感じる。けど、揉めることもなく丸く収まったし、アンナさんには西の森ホテルで仕事してもらわなきゃいけないので我慢だ。
それに、私だってやることがある。そう、ベリル様にバニラの香りをプレゼントしなければ!
勇者様に「愛します」なんて言っちゃった手前、何とか好意を表に出そうと努力していたけど、私はあんなナチュラルにお酒とか注げないな……
もしベアトゥス様がアンナさんと両想いになったら、それはそれでアリかもしれない。
「どこへ行くつもりだ」
精霊女王様にバニラ酒をしこたまお見舞いしようと、準備のために酒場の外に出ると、急に後ろから声をかけられた。振り返ると不機嫌そうな筋肉勇者様がいらっしゃる。さっきまでお酒飲んでたのにどうした?
「あれ? ベアトゥス様、アンナさんほっといていいんですか?」
「お前、逃げる気か?」
「え?」
ちょうどアンナさんとベアトゥス様のことを考えていたので、ドキッとしてしまった。そのほんの一瞬の弱点を、この勇者は逃さないので困る。観察眼とか類推する力が物凄いのは素晴らしいんだけど、そういうのは戦闘時だけ発揮していただきたい。
「ベアトゥス様こそ、良かったですねぇ、モテモテで」
うまく心のモヤモヤをごまかそうとして、何だか僻みっぽくなってしまった。こんなこと言ったって意味ないのに。
「怒っているのか?」
「怒ってませんよ」
「怒ってほしい」
「は? え、なんで……」
「……そのほうがお前に愛されていると感じる」
少し俯きながら愛について意見を述べる筋肉勇者様は、これまでに感じたことがないほど可愛らしかった。
「じゃ、じゃあ怒ります。浮気しないでほしいです」
「……すまん」
あれ? すごく可愛い。ど、どして??
こんなデカい筋肉勇者が可愛いわけ……
しゅんとしたベアトゥス様が恐る恐る視線を上げはじめたので、私はどんな表情をすればいいか……早急に決めなければいけなかった。
いやでも、ちょっと待って。私も混乱してる。
顔を見られたくない一心で、思わずベアトゥス様に抱きついてしまった。
「なにを……?!」
「許します」
「お、おう」
うわー……どうしよ……私……ベアトゥス様のこと好きかもしんない。
背中に腕を回されて、あったかい熱を感じる。
もともと嫌いじゃなかったけど、勇者様の好きポイント見つけちゃったかも……
その夜、ベリル様はバニラまみれになることなく、宴は早朝まで続いたという。




