5.『パンケークス事件』part 5.
何がアイテールちゃんを動かしたのか。
とにかく引っ込み思案でドライでクールな妖精女王様が、まだ人見知りを発動するレベルの怖い存在であるベリル様に向き合ったのは、私からしたらもう奇跡としか言えない。
個人的には、私が地道に続けてきた、褒めて伸ばす教育が功を奏したと信じたいけどね。
この異世界は、ただでさえ弱肉強食で放置主義なので、弱い個体はどんどん食いものにされていく。再チャレンジできるシステムもないし、弱者救済のセーフティネットもない。
私が知らないところでは、きっとさまざまな悲劇が起きているんだろう。そのすべてをどうにかすることはできないけど、私の仕事として任された範囲ぐらいは何とかしたい。
つまり、フワフワちゃんとアイテールちゃんを立派に成長させること。
プライベートでは、西の森ホテルとベアトゥス様のこと。
あとは人間の皆さんとウェスパシア教……はっ!
いやいや、いやいやいや、忘れてたわけじゃないよ! いろいろあり過ぎてちょっと記憶が薄れてたというか……まあ忘れてました、すみません……
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
アイテールちゃんは、ベリル様の強化訓練を受けることになった。何故かフワフワちゃんも一緒だ。ベリル様は、ホリーブレの格闘大会でシードだったフワフワちゃんに興味津々で、二つ返事でOKしてくれたのだった。
なので、暇になった私は、青髪先生に体調不良だったロプノールさんの診察結果を聞きに行くことにした。
それと、イケメン天使さんのことも心配だったので捨てられてないか確認しないと。マルパッセさんなんて、ミッドサマーの藁の人形に詰め込まれてて、危うくローストエンジェルになるところだったもんね。
「すみませーん! ロプノールさんのことで……えぇえ?!!」
「おや、君か。師なら奥の部屋にいるよ」
「いや……え? いや、だって……天使さんは殺さないって……」
私の目の前には、かつて天使さんだったものが散らばっている。ちょっとした事件現場だった。
「ああこれか、少しバラしてみて組み直すことになってね。ほら、覚醒する前にチューンナップしておいたほうがいいだろうし。こうして問題点を修正しておけば、彼も処分を免れる可能性が高まるだろう」
「な、なるほど……」
PC分解的なこと……なのか? よくわかんないけど、マルパッセさんはメカニック的な知識も持ってる感じなのだろうか。おばちゃんがぶっ倒れる前に、早いとこ元に戻しといてほしい。
天使さんのことは堕天使さんに任せるとして、私はロプノール君のお見舞いに行く前に、ロンゲラップ先生に話を聞かなければいけない。奥の部屋を覗いてみると、青髪悪魔大先生の姿が見えたので、何の疑いもなく声を掛けた。
「ロンゲラップさん、ロプノールさんのこと……うえぇ?!」
私が話しかけた青髪さんには顔が無かった。正確には、顔っぽいところに十字の線が引いてあって、何だかフラフラと体幹が安定していない。とうとう実験に失敗して呪われちゃったの?! などと考えた私が慌てふためいていると、急に後頭部の上から声がした。
「なんだ?」
「ヒィッ?!」
思わず背中がビクッとなって、変な叫び声が出てしまったけど、振り返るといつもの姿のロンゲラップさんが立っている。本物……だよね?
「あれ? これって……?」
「使える助手が足りないのでな、ホムンクルスを増やしている」
ああ……なる……
現状、このアトリエにはイケメン天使さんとベリル様の対処が任されている。そこに私の個人的なお願いでロプノールさんの件を任せてしまっているし、ほかにも魂のコア化とか、通常の研究があってかなり忙しいらしい。
おまけに、お弟子さんのヴォイニッチ翁はギックリ腰で寝込んでしまい、その孫弟子たちは介護要員になってしまった。
今は反対側のアトリエに移って療養中とのこと。ベアトゥス様が最初に運び込まれて寝かされてたとこか……あとでお見舞いでもしておこう。
そんなわけで、今後手が足りない分は、ホムンクルスの助手に振り分けるってことらしい。
この分じゃ、組み直した天使さんもここで働くことになりそうだなぁ……まあ、厨房のおばちゃんからしたら、そのほうが嬉しいかもね。
「あ、そうだ。あのですね、ロプノール大司教が体調を崩した件、どうなったか聞かなきゃと思いまして」
「ああ、お前の懸念通り、単なる疲労とはいえないものだった」
「え?! だ、大丈夫なんですか?」
「……お前、まさかあのエルフからも心のコアを抜き取っていないだろうな?」
「そんなことするわけないじゃないですか! あの人、超ヤバイんですよ? ただでさえ……」
「なんだ?」
「あ、いえ……何でもないです……」
ロプノール君は、マーヤークさんに次いで、私に攻撃してきたヤバい相手である。赤髪悪魔のエニウェトクさんとか、明らかに敵って感じの相手と違って、仲間としてうまく付き合わなきゃいけないのに油断できないところが何とも嫌な存在だ。
執事悪魔のマーヤークさんは、まあ……悪魔だし、いかにもサイコパスって感じだから割り切ってやり取りできる気がする。でもロプノール君は、公爵様の家族みたいなもんだし、なんか重めの依存みたいな……冷たくしたらこっちが悪者になるみたいな感じがあって厄介なのだ。
なんか……どさくさに紛れて告白っぽいこともされてしまい、こっちも仕事を頼んじゃってるし、もはや簡単に他人のふりもできないのだった。
何も知らない頃は、話しやすくていい人だと思っていたんだけどなぁ……
まあ、仲の良い友達とだって、急に喧嘩別れすることもあるよね。人間関係は基本的に面倒くさいものだ。
今はあからさまに喧嘩してるわけじゃないし、外部から見たら良い関係を築けてるともいえるだろう。……と思う。
「ロプノールさんの病状って……回復可能なものなんですか?」
「可能かどうかでいえば可能だ。ただし、必要なものがある」
「え? 秘境に咲く花とか……?」
「お前の出す、あの茶色い塊だ」
「なんだ、チョコですか? そんなんで良ければ……」
「純度を上げられるか?」
「うぇ?」
カカオ99%とかのアレ? 一回食べたことあるけど……72%までしか……
「や、やってみます……」
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「……はぁ、結局4時間もチョコを出し続ける羽目に……」
ストイックな青髪悪魔大先生の駄目出しに追い込まれて酷い目に遭ったけど、今、私の手にはカカオ95%のチョコがある。
これをロプノール君に毎日5粒ずつ食べさせれば、半月くらいで具合が良くなるとのこと。
さっさとあのウサ子ちゃんに渡して、厨房に行って、ベアトゥス様の誤解を解いて……ってもうすぐ夕方なのに意外とやることあるぞ。サクッと終わらせなければ!
教会の前に着くと、ちょうどウサ子ちゃんが出てくるところだった。ナイスタイミング! あの子にチョコの用法容量を伝えれば、ロプノール君に会わずにショートカットで済ませられそうだ。私は軽く走って教会に近づいた……のだが。
「わたし、お暇いただきます!!」
えぇ〜?! 何か……喧嘩? え、何? 家出??
私が教会にたどり着く前に、ウサ子ちゃんは泣きながら雑踏に消えていったのだった……
やべえ……トラブルの予感しかない!!
ど、どっちに行く? ……ってウサ子ちゃんはもう消えちゃったかぁ……
えー……面倒くさそう……とか、言っちゃ駄目だよなぁ……
「こ、こんにちはぁ〜」
しかたなく教会に入ってみると、私の顔が付いた女神像に祈る大司教様がいらっしゃる。マジでやめてほしいです。やっぱ何回来ても、この教会の大広間はキビいぜ……
「ああ、ミドヴェルト様……僕の祈りが通じたんですね」
幽霊のように立ち上がってこちらに向かってくるロプノール君は、寝巻きのままでどことなく目の焦点が合っていない。
「え? ロプノー……」
最後まで言えなかったのは、抱きついてきたロプノール君に唇を塞がれてしまったからだった。
いやまあ病人のすることですよ。このくらいは意識朦朧でやらかしたってことにしてやろうかなと思ったんです。
だけどね……
何でだろう。
ドアを開けて教会に入ってきたのが……
ベアトゥス様だったんだなぁ……




