2.『風の街道』part 1.
※長いので分割します。
「失礼しまーす……」
久しぶりに青髪悪魔ロンゲラップさんのアトリエに顔を出すと、知ってる悪魔たちが勢揃いしていた。
「遅かったな」
「す、すみません……通常業務が押してしまい……」
「ミドヴェルト様、こちらへ」
「は、はい!」
3柱の悪魔が囲む寝台の上には、私が例の能力で眠らせた女性版の赤髪悪魔エニウェトクさんが横たわっている。公爵様たちの結婚の儀で変な劇のシナリオを書いたからって、思わず怒りに任せて攻撃してしまった……しぶとそうだから、てっきりすぐ起きるかと思ったけど、こんなに重症化するとは……すみません。
私が神妙な雰囲気で寝台に近づくと、ヴァンゲリス様が上機嫌でエニウェトクさんの赤い髪を指で梳いている。ご自分で相手しようとしていたらまんまと逃げられてしまったので、青髪大先生に危うくエニウェトクさんを没収されそうになっていたところだったらしい。暗黒王子が怒ってないっぽかったので、とりあえずはヨシとする。
しかし、好きな人が寝たきりで喜ぶってのも、かなりこじらせてる感あるというか……代理ミュンヒハウゼンか? 悪魔こええ。
「まだ起きないんでしょうか……?」
「もともと存在が不安定だったからな。再構成に時間がかかっているんだろう」
悪魔とはいえ、本体の大部分はまだマルパッセさんの中にあるので、漏れ出た分だけで構成されている今のエニウェトクさんはかなり弱体化しているとのことだった。か弱い悪魔に酷いことしちゃったかもしんない。申し訳ない。
マーヤークさんは、ニコニコ顔で「眠っていれば可愛いものですねえ」などと言いながら、甲斐甲斐しくタオルを運んでお世話をしている。私の罪悪感を軽減しようとしてくれているのか……? ちょいちょいこっちに向かってニッコリ笑顔を見せてくれるけど、逆に怖いよ!!
アトリエの奥では、助手の堕天使マルパッセさんと、ヴォイニッチお爺ちゃんとそのお弟子さんたちが、錬金術の基本についておさらい中だった。
「おや、エーテルがなくなりかけていますね」
「先週発注をかけたのですが、入荷はまだのようですじゃ」
「丁度良い、エーテルの精製法について実践してみましょうか?」
「おお! 是非ともお願いします!」
エーテルというのは、私の知ってるゲームだと液体っていうか魔力回復薬って感じなんだけど、この異世界では大気中に含まれる何かの元素らしい。基本的には気体の状態で瓶詰めになってて、蓋を開けるとすぐなくなってしまう。話に聞いたところによると、上空にエーテル層ってやつがあって、私的にはオゾン層か何かだと思っている。
基本的に、エーテルは一般人にはあまり必要とされていないけど、錬金術ではすごくよく使うものなんだって。精霊を生み出す成分とも考えられていて、何を作るにもエーテルはちょっと混ぜられているものなんだとか。
自然に生まれる妖精や悪魔にも、エーテルは重要なものとされている。だから今も、エニウェトクさんにはエーテルを注入する人工呼吸みたいなマスクが装着されている。
マーヤークさんじゃないけど、こうして見ると、静かに横たわる姿は確かに絶世の美女だ。
まあ……性格がアレじゃなければね……
本日は、エニウェトクさんを覚醒させて事情聴取しようってことになっている。なんかわからんけど青髪錬金術博士が覚醒技術を試したいということで、引き取り手のヴァンゲリス様と、見届け役兼押さえ役の執事さんがいるらしい。私は当事者ということで立ち合いが求められた。
「よし、では始めるぞ」
ロンゲラップさんが金色のレバーをグイッと下げると、ぶわんと薄い光がエニウェトクさんを包んで、なにやらドンッと衝撃が起こる。電気ショックなのか?! エニウェトクさんの体が弓なりに跳ねて、軽く2回バウンドしたかと思うと、呻き声が聞こえた。
「エヴィ……エヴィ……?!」
「うぅ……何なの……ここはどこ?」
「残念、目覚めたようですね」
「ああ……成功だ」
眉を顰め、頭を押さえながら言葉を発するエニウェトクさんは、悪魔的な色気がものすごい。ヴァンゲリス様は何があったか顔が真っ赤で、何のアピールなのか必死に起きあがろうとする彼女に呼びかけている。マーヤークさんは何だか嫌味な発言をしていたけど、ロンゲラップさんが淡々と返事をしながら、一連の結果を革表紙の本に書き留めていた。
私はまた修羅場になるのかと覚悟して、緊張感に身を固くした。弱体化してるとはいえ、やっぱり悪魔は怖い。全力で結界を準備しながら、あんまり目立たないようにみんなの後ろから様子を覗き込む。
よくわかんないけど、エニウェトクさんとヴァンゲリス様は何か喧嘩でもしたのかな?
眠らせる前はめちゃくちゃ怒ってたし、殺すとか何とか口走ってたし、正直なところ赤髪悪魔は苦手だ。
目を覚ましたエニウェトクさんは、きょとん顔で周囲を見回しながら、私を見て妖しく微笑む。
「おやおや、可愛らしいお嬢さんだこと」
「こ、こんにちは……」
マズい、なんか目が笑ってない。ぎゅっと胃が痛くなって、もう声もあまり出ない。私に敵意を向ける悪魔って、知ってる範囲ではエニウェトクさんしかいないから忘れてた。得体の知れない不安が想像を刺激して勝手に膨らんでいく。
「エヴィ……もう私から逃げないでほしい……」
「いいわよ? ただし条件がある」
「な、なんだい……? 君のためなら私はなんだって……」
「私をこの娘の侍女にすること」
「んな?!」
なんでぇ?! 絶対嫌です!! ダメに決まってるって!! そうだよね?! ね?
私はそんな思いを込めてマーヤークさんの後ろに隠れる。青髪先生に涙目で拒否を伝えようと必死で首を振ると、ものすごく面倒くさそうな顔でため息をつかれた。くぅ……こんなときも冷たい反応に痺れるゥ! ……なんて余裕、本当は無いんだが?!
「……あなたが何を企んでいるのか知りませんが」
マーヤークさんは、私を完全に背中に回して左手で隠すようにしてくれた。こっちはやっぱ味方なのね?! さすが執事さん!! 一生ついていきます〜!!
「あいにくミドヴェルト様の侍女は間に合っておりますので」
「ま、マーヤーク……少しぐらいはエヴィの希望を聞いてやってもらえないだろうか……?」
「ヴァンゲリス様、賓客でいらっしゃるあなた様の権限は、チャーム関連ですでに剥奪されているのですよ?」
「ぐ……」
暗黒王子ヴァンゲリス様をピシャッと論破した執事悪魔は、エニウェトクさんの侍女志望をすげなく断ってくれた。赤髪悪魔は無表情でマーヤークさんに視線を向ける。
「ならば厨房で下女にしてくれてもいいわ」
え……? それって、ベアトゥス様狙いってこと……?!
そういえばこの赤髪悪魔は、私と勇者様の有る事無い事シナリオにして、コロッセオの演劇にしてくれやがった張本人だったわ。私は見てなかったけど、あの劇を見てたフルーツ屋の店主さんに聞いたところ、結構なラブシーンもあったらしい。最悪。
「あなたを厨房にですか……料理に何を仕込まれるか、わかったものではありませんね」
ですよねー! 赤髪悪魔、ダメ絶対。
私がうんうんと首を縦に振っていると、ヴァンゲリス様が必死に提案する。
「エヴィ、そんなに王城に居たいなら僕の部屋に……」
「仕方ないわね、それでは王都に家を用意してもらえるかしら?」
「え?! エヴィなぜ……?!」
「たまには遊びにいらっしゃいな? お忍びの姿でね。それで良いでしょう?」
「…………!」
急に黙り込んだヴァンゲリス様をよそに、エニウェトクさんが大人しくしているのであれば問題ない、とばかりに話はどんどん進んでいった。最終的に、執事さんが適当な家を用意することに同意して、青髪錬金術師が王都の範囲内から出られないよう契約をさせて丸く収まったのだった。一応、考えられる限りの悪事はできないようにしたっぽいけど、赤髪悪魔の考えはまったく読めないから不安は拭いきれない。
その後、いろんな手続きを終え、妖しい微笑みを残してエニウェトクさんは王都に移って行った。
「あいつは恋愛のことしか頭にないから、ある意味読みやすいな」
「え?!」
青髪悪魔のロンゲラップさんが最後にボソッと言った言葉に心底驚いたけど、それはエニウェトクさんじゃなくて、恋愛と青髪先生がこれっぽっちも結びつかないから凄く意外だったせいだろう。
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「きょういくがかりどの! このほんはどうか?」
「あ、今王都で流行ってる悲劇物語ですか? さすが魔国って感じで鬱展開ですねぇ」
妖精王女のアイテールちゃんは少しずつ元気を取り戻していて、いろんな物語を読破中。
今日は王城の図書室で、司書さんが買い入れてくれた最新の物語を物色している。魔国の本は一応人間対応なんだけど、国民におっきいタイプが多いからか、いわゆる旅行のお供にできるはずの単行本が雑誌くらいの大きさで、普通の本はそれより大きいサイズが主流だ。巨大本というか、魔法使いが専用の台に置いて読む感じというか。まだ産業革命の波が来てない設定の中世だから、魔法で写本する感じみたい。
司書さんに聞いたら、知り合いの写本ギルドを紹介してくれることになった。1人で全部写本するわけじゃなくて、文字だけとか挿絵だけとか、製本だけとか……あとは紙だけ作る職人さんとかが協力して1冊の本ができる。
私も現実世界では一応本好きで、小学校の頃とか自力で手作りの本とかも製本したことあるし、大人になってからはちょっとだけ同人誌を作ったこともあるから興味津々だ。
この異世界では、たぶん小学生の時に習った製本技術が役に立つんじゃないかな? 高校ん時は和綴じにもハマっていろいろ調べたりしてたけど、実際には作ってないからハッキリとは覚えてない。
魔国は比較的豊かで平和なので、ほのぼのした話よりも悲劇とか酷い話のほうがウケがいいみたいだった。
やっぱり戦争とかで疲弊してると平和がファンタジーになって、平和な世の中だと、逆に悲惨な話がファンタジーに感じられるんだろうと思う。作品の傾向はヤバめだけど、結果的にはいいことなのかも知れない。……ってことにしておこう。
アイテールちゃんが選んだ本を抱えて部屋に戻る途中、執事さんがやってきた。
「探しましたよミドヴェルト様。統率者たるロワがお呼びです」
「はあ……なんでしょうか?」
執事悪魔のマーヤークさんは、私の疑問には答えず黙って目をそらす。
え、なんか嫌な予感しかしないんですけど……?
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謁見の間に行くと、相変わらずほのぼのおじさんズが表情の読めない顔で待っていた。今日は大臣さんがいつものおじさんと違う。何系のお話を聞かされてしまうのでしょうか……?
私が身構えていると、王様は緊張するなとばかりにニッコリと笑う。いや、それが余計に怖いんですってば。
「妖精国から知らせがありましてな……」
新顔大臣さんが説明をはじめた。いつもの黒い棒みたいな大臣さんと違って、見た目はすごく人間ぽい。外国の問題を主に扱う大臣さんとのことで、外務大臣みたいなものかも知れない。なんか自己紹介されたけど、長すぎて覚えられなかったので、セドレツさんとしておく。
セドレツ外務大臣によれば、妖精国でエーテル不足が起きていて、国が大変なことになっているんだとか。エーテルといえば、マルパッセさんが発注かけたとか言ってたアレか……
「エーテルって、作れるものなんですよね? 妖精国では材料が無いんですか?」
「大手のエーテル工房が、エーテル不足で一斉に閉鎖されているようです」
「へ?」
エーテルを作るにはエーテルが必要で、エーテルが足りないからエーテルが作れない……ちょっと待って、ワタシ頭悪いからワカラナイ……え? ん? どゆこと……?
一瞬、思考の沼に首まで浸かってボンヤリしてしまったけど、まあアレだよ。発電所だって電源が必要みたいなもんなんじゃない? 深く考えないようにしよう……脳がフリーズしそうだし。
まあ詳しいことは専門家に任せて、私はただ任務を理解することに集中する。
大臣さんの言うことには、国家間の問題を解消するため教育係兼監督責任者として、アイテールちゃんにくっついて妖精国に行けってことらしい。今回は執事さんはお留守番とのこと。まあ、妖精王様にめちゃくちゃ嫌われていたし、また亀島に飛ばされるのも悪くないけど面倒だ。亀島のマスコット兼管理者の少女カッチャグイーダちゃんには、こないだホワイトチョコの詰め合わせセットを竜車便で送ったばかりである。
今回は大臣さんとフワフワちゃんと私、そしてべへモト騎士団の面々といったいつもの遠征メンバーに加え、執事さんの代わりにアイテールちゃんがIN。
これって、もしかしなくても妖精王女様の帰省ってことになるよね……? まさかもう戻ってこない? 念のため確認しておこうそうしよう。
出張の準備ばかりに気を取られて、私は大事なことを忘れていたのだった。