5.『パンケークス事件』part 2.
「お、おばちゃん……あの、落ち着いてください」
「聞いたよ、精霊女王様があの人を殺しにきたんだって? あんたの頼みでもこれだけは聞いてやれないね!」
「あ、あのね、こんなこと信じられないかもしれないんだけど……」
「いーや! あの人は渡さない!」
どこからどう伝わったのか、メイドさんネットワークで厨房のおばちゃんには比較的正しい情報が集積されているようだった。こんなところで仁王立ちしてるのも、事前にいろいろ知らせが入ったからだろう。もしかしたら、ベアトゥス様からも何か聞いたんじゃないかな。
私は、ベリル様がおばちゃんに危害を加えないよう、とにかく必死で応対したのだった。
何とかその場を丸くおさめて、私とベリル様が奥の実験台に寝ている「あの人」を見ることができたのは、メイドさんに呼ばれて執事さんと筋肉勇者様が駆けつけた後だった。青髪大先生の説明によると、何かの拍子に上空から堕ちたらしいとのこと。第一発見者である厨房のおばちゃんは、とにかく天使さんを助けるために、取るものもとりあえずロンゲラップさんのアトリエに運び込んできたのだった。
「まあそうは言っても、こいつはそもそも生き物ではない。液体だったからな」
液体って……某ターミネーターかな? 錬金術の材料にもって来いなのではないか? とか何とか考えていると、すでに液体のサンプルは取られているとのこと。この異世界には存在しないユレイライトという素材らしい。幽霊みたいな名前だけど……宇宙から来た物体X。まさかの天使形態。
眠ったままの天使は、中肉中背といった感じで、マルパッセさんより線が細い。いわゆる細マッチョだ。ベアトゥス様が筋肉モリモリな感じでLサイズだとすると、堕天使マルパッセさんがちょっとガタイのいいルネッサンス体型のMサイズ。そんで、それよりシュッとしてるSサイズが、このイケメン天使さんということになる。いや、身長はまあまあ有るからトールサイズ??
前情報でイケメンとは聞いていたが、眉毛ない感じの中性的な雰囲気だ。女顔? おばちゃんったら、こういうのが好みだったのね……などと呑気なことを考えていると、右肩のベリル様がものすごい殺気を放っている。
「べ、ベリル様? 落ち着いてください!」
「間違いない……こいつはファビエル級の天使だ。液体化するって? それで結界の繋ぎ目から侵入したのか……」
「だから以前言っただろう。精霊結界には穴があると」
「うるさい、こっちだって事情というものがある。そういやお前、そっちはオクトベニエル級だろ? ん? どうやって捕まえたのか聞かせろよ」
天使の等級とはなんとなく違うっぽい名前をベリル様がどんどん言うので、理解できなくて思わず説明を求めてしまった。天使ってやつは基本的にメカっぽい存在で、虫のように話が通じないんだとか。
全体をまとめる大元のメインフレームが神ってことになっていて、この異世界にだけ限って言えば、上空に停泊しているウツロブネU2-6203に搭載された最新のオペレーションシステムが御神体らしい。
最も大きくて高性能なのが「ガブリエル級」といわれる天使で、10体存在する。何百万という夥しい数の平天使を抱えていて、毎日無理な仕事をさせているのだとか。これって昔マルパッセさんに聞いた気がする。
次に万能なのが「ファムシエル級」といわれる12体の天使で、装備の入れ替えでマルチに活躍できるから厄介な存在。
「ベルキエル級」の天使は、小型でちっちゃい。でも、強力なチャームを使ってくるので、出会ったら逃げろとのこと。ヴァンゲリス様みたいなものなのだろうか……?
「ドンクファンネル級」の天使は攻撃力が高く、母船やガブリエル級天使、ファムシエル級天使に随行して護衛任務にあたる。騎士っぽいかんじかもしれない。
「オクトベニエル級」は、後方で輸送任務を担当する。マルパッセさんはコレなんだってさ。良かったー……攻撃的なやつじゃなくて。とはいえ、そんな輸送特化の個体でも、西の森ホテルで暴れたときは相当ヤバかったけど……
最後が「ファビエル級」の天使で、今現在、目の前に寝てる天使さんがそれに当たる。哨戒メインで活動しており、スパイ任務も可能らしい。ベリル様は「1匹見かけたら30匹は居ると思え!」と、何かの虫っぽいコメントを付け加えていた……
うーん……宇宙から襲ってくるメカのような虫……某スタトレのボーグみたいなこと……?
天使のイメージがどんどん地に落ちて、かなり土の中にめり込みはじめてる気がしないでもないけど。
いや、宇宙を縦横無尽に飛び回る白っぽい人型のメカ……ガン◯ムか?!
「キミ、俺の話ちゃんと聞いてた? ん? キミのために説明してやってんだけど?」
「あ、はい、聞いてます! 大丈夫です!」
「とにかくコイツは今すぐ潰したほうがいい。わかってんだろ? 今この瞬間だって、この世界の機密が漏れてるかもしれないんだ」
ベリル様が手のひらに光を集めて攻撃魔法の準備をする。おいおい、アトリエの中で何するつもりなんだよこの精霊女王様は!?
「お、お待ちくださいベリル様!!」
「やめとくれよ!」
「止めないでほしいな、これは必要な処理なんだからさぁ」
「ここではやめておけ」
後ろからベアトゥス様がベリル様の細い腕をつかんだ。今にも放たれそうになっていた攻撃魔法はフッと消える。
精霊女王のベリル様は、不機嫌そうに勇者の手を振り払って、そのまま腕を私の頭に絡めた。
「ほほう、人間の勇者よ、お前はこの俺に逆らうと言うのか?」
「べ、ベリル様……?」
なんか爆弾発言でもするつもりなのか……?
私が事態を飲み込めずにいると、ベリル様は筋肉勇者様に向かって勝ち誇ったように言い放った。
「俺の顔、この娘の好みそのものらしいんだってさぁ……結魂もしてるし、やっぱこの娘は俺のもので良いよね?」
「え?! ちょっと待ってくださ……!」
いろいろあって忘れかけてたけど、公爵様のバカぁ!! 慌ててベアトゥス様のほうを見ると、めちゃくちゃ機嫌が悪そうだ。ベリル様は、髪をかき上げながらドヤ顔で首を傾け、とんでもなく上から目線だった。これじゃあ私がベリル様に好みってことを直接告白したみたいじゃん! 違うから〜! 公爵様経由だから〜! でも、そんな言い訳をしたら、そもそもなぜ公爵様に自分の好みを明かしてるんだって方向に勇者様の疑念が向かいかねない。詰んだ……
そして、何も言ってくれないベアトゥス様の代わりに、青髪悪魔のロンゲラップさんが口を開いた。
「お前……精霊女王の心のコアも入手したのか?」
「あ、あのですね、これにはいろいろと手違いがありまして!」
「つまり悪魔からもコアを抜き取れると言うことになるだと……? いや待てよ……」
ブツブツと独り言を呟きながら考え込んだロンゲラップさんを見ながら、執事悪魔のマーヤークさんは「こちらに」と手のひらを上にして出す。流れに沿って、私がベリル様の心のコアをニコニコ顔の悪魔の手に乗せると、シュッと一瞬で手の中に吸い込んでしまった。
「え?」
「おいお前!」
「こちらは没収させていただきます。私は上に報告に行ってまいりますので……」
考えてみれば、世界最強といわれる精霊女王ベリル様をコントロールできるかもしれない心のコアなんて、その辺の教育係が持ってて良いやつじゃなかった……
嫌味なくらい丁寧に頭を下げて、マーヤークさんはアトリエを出て行った。
まあ、面倒は王様達に任せるしかないよね。あのおじさん達なら十中八九放置すると思うけど、もしかしたら良い方法を教えてくれるかもしれない。
私はこのカオスな状態から一刻も早く脱出したいと思いながら、無言の筋肉勇者様を視界の端でこっそり見ていた。




