5.『パンケークス事件』part 1.
公爵様が私のところに来た理由は、すごくタイムリーな話題だった。
曰く、厨房のおばちゃんが宇宙人に出会ってしまったというのだ。
出会ってしまったって何だよ……とちょっと思っちゃったけど、落ちた宇宙人ってやつが結構なイケメンで、厨房のおばちゃんは親身になってお世話をしているらしい。
そう、これは巷に言うところの恋バナなのである。ただしその特徴を聞く限り、十中八九……いやほぼ確実に天使である。この異世界の敵だ。
……出会っちまったかぁ……
この話を一緒に聞いたベリル様は「会わせろ! 危険だ!」と大騒ぎで私の髪を引っ張り、公爵様は軽く引いていた。あの鈍感なライオン公爵様を引かせるとは……この精霊女王、ホンモノか。さすが大自然の暴威。
何でそんな話を公爵様が知ってるか不思議だったんだけど、メイドさん経由でホムンクルス姫に伝わって、そこから公爵様の耳に入ってしまったらしい。一応、公爵様は本体が魔国の王子だった過去もあり、放任主義の王様の代わりに魔国のトラブルを解決する役目を持っているらしい。これまでは吸血鬼だったから、些細なトラブルは眷属まかせでむしろご自分がトラブルを起こすほうだったけど、生まれ変わって新しく叙任されたときに正式に役目を仰せつかったのだとか。それなりに回ってるんだな、魔国。
……ということは、フワフワちゃんがいろんなとこに派遣されるのも、トラブルシューティング的な意味合いがあったのかな?
とりあえず話はわかったけど……公爵様はなぜ私に相談してくるのか。
「え? だって……俺、ちょっとこの国のことまだよくわかんないし……いいじゃないスかぁ〜ケチ!」
「今さらですけど、公爵様、私たち二人きりじゃないんですよ? 精霊女王様が聞いているってこと、気づいてました?」
「え? その幽霊……生きてんスか?!」
「いや、生きてるとは違うかと思いますけど……」
頼むから、転生関係のことは口走らないでくれ! 公爵様の斜め上っぷりを久々に体感してグッタリした私は、今後の細かい打ち合わせの約束だけして、何とか無事にご退室いただいた。
今さら転移とか転生のことを秘密にする意味あるのかわかんないけど、どんな落とし穴があるかわからないので、あんまり情報は出さないほうがいいような気がする。
ベアトゥス様は向こうから見抜いてきたからしょうがないけど、一応2人だけの秘密って感じになってるし、心のコアだけでなく転生問題もベリル様にバラしたらマズいってことだけは理解してるつもりだ。
何だか小学校の友達関係に悩んでたときみたいな感覚になってきちゃったけど、でも逆にこういうしょーもない内容こそが、最強存在達には大事なんだろうと思う。大人の複雑な駆け引きじゃなく、仲間外れだとか特別扱いだとか、もっとシンプルでわかりやすいとこに気を使うべきなんじゃないかと。
素直に純粋に、私は正当性をアピールしていきたい。とにかく、私、悪くない。そう、死にたくない。ここは譲れない。
なんとなく初心に帰って、私は忘れかけていた「生きる」という目標を思い出した。何だかんだで強い奴のご機嫌ばっかとってるうちに、現実世界と変わんない気がしてきたなぁ……ストレス解消に王都のカラオケバーにでも行こうかなぁ。
相手に譲ってばかりいると、最初は余裕があってもいつしか無になる。
たまにはわがままを通して、自分を取り戻さなければいけない。
まあ、精霊女王とか筋肉勇者に、私がわがまま言えるのかは謎だけど。
ダメ元でもやってみるという気持ちは失わないようにしたい!
「なーんかあいつ、キミに馴れ馴れしすぎない? まさかキミ、あいつとも……」
「公爵様はもうご結婚されてますよ? おかしな妄想はしないでくださいね?」
「けぇっこーん? でも魂の契約は結んでないんだろ? ん? 俺たちみたいにさぁ……」
公爵様にも命の危機が迫るというのか?! この精霊女王は自由奔放ぶってるけど、ちょっと束縛系かもしんない……
ベリル様の声が至近距離で耳元に響くので、無視しようにも限界がある。耳フーまじヤメロ。
「それより、早くアトリエに行きましょう。今ならマルパッセさんもいるはずですし!」
「えぇ? 厨房が先だろ? 天使の痕跡を追わなきゃ逃げられちゃうよ」
「さすがに厨房で不審者の面倒なんか見てはいませんよ。アトリエに運び込まれていると思います」
これ以上ベリル様に取り憑かれていたらいろいろバレる。っていうかその前に気が狂いそう。明るい精霊様なら幽霊よりマシかな? なんて思ってたけど、辛気臭い霊に取り憑かれていたほうがまだマシかもしれない。そいつが耳フーしないって前提だけど。
今度は精霊女王様の妨害にも遭わず、私はグッタリしながらどうにか青髪錬金術師様のアトリエに向かった。
王城の廊下を急いで通り過ぎると、階段を降りて裏庭から外に出る。色とりどりの花が咲く小道を進んでいくと、アトリエのとんがり屋根が見えてきた。
ちょうどドアを開けて出てきた堕天使マルパッセさんのピンク色の羽が見えたので、私はホッとして声をかけた。
「マルパッセさーん! ちょっといいですかぁー?!」
しかしそれまで穏やかな雰囲気だった堕天使さんは、私のほうを見るとギョッとした顔で、何も言わずにドアの中に引っ込んでしまった。なぜ……?
「ふぅーん? あいつもわかってるみたいだね?」
「ベリル様、マルパッセさんはただの天使じゃないんですから、急に殺そうとしないでくださいよ?」
「わぁかってるってば。悪魔と融合してるんだろ? それはそれで面白い存在だから生かしといてあげるよ♡」
「まったく……お願いしますからね?」
ベリル様の約束がどこまで守られるかわからず、私はマルパッセさんの無事を祈るしかない。
そのままアトリエに入ろうとすると、ドアが開かなかった。ノックをして、中にいるであろうマルパッセさんに呼びかける。
「すいません! 中に居ますよね? マルパッセさん?! 私です! ミドヴェルトです!」
しばらくするとガチャっとドアが開いて、青髪悪魔大先生が顔を出した。
「なんだ。お前か」
しかし、ロンゲラップ先生の視線の先は私ではない。確実に私の右肩に注がれている。
……そういえば知り合いみたいなこと言ってたなベリル様……一体どんな関係なのか?
「お二人は、その、どういう……」
「お前! 天使はどこだ? 隠さずに見せろ!」
「それでわざわざ穴倉から出てきたのか? ご苦労なことだな」
あ、なんとなく想像ついたかも。
伝説の錬金術博士であるロンゲラップさんは、わりとフィールドワークに出てて、各地の調査を続けているらしい。その一環でホリーブレ洞窟にも行ったんだろうか?
そこでベリル様と会えたのは普通に凄いな。私たちなんて、魔国と妖精国のコネがあっても、なかなか精霊女王様に会えなかったっていうのに。
青髪悪魔がそんなに強硬な姿勢を見せなかったので、私はベリル様に急かされるままにドアの中に滑り込んだ。
ロンゲラップさんの後ろには、大きな体のマルパッセさんが隠れていて、なんだか子供のように背中を丸めて縮こまっている。
「ふん、相変わらず酔狂なやつだな、気に食わん」
ベリル様はそれを横目で見ながら、アトリエの奥に寝ているイケメン天使とやらを探す。
私を引っ張るように奥に進むベリル様と一緒に、恐る恐る歩いていくと、厨房のおばちゃんが立ち塞がっていた。




