4.『ホリーブレ洞窟にて』part 15.
「ベアトゥス様も、一緒の魔車に乗れてよかったですねぇ」
私はあえて空気を読まずに明るい声を意識した。
魔車の中にはベアトゥス様、モルドーレさん、マーヤークさんに私。そして私の膝の上にフワフワちゃん、肩の上にアイテールちゃんが乗っている。ココノールさんがセドレツ大臣の魔車に移った感じだ。まあこれだけならそこまで問題にはならなかったんだけど。
「あ、あれ見なよ! ほらあっちも! んーいい景色だねぇ」
私の背後霊のように右肩付近に半透明で取り憑いているのは、精霊女王のベリル様だった。どういうわけか座席に半分埋まっていて、上機嫌で窓の外を見てはJKのようにはしゃいでいる。ホリーブレ洞窟を出ると、精霊は少し空気に近くなってしまうらしい。この精霊女王様は、とても空気とは言えない存在感だが。
「あのですね……ベリル様。皆さんお疲れですので、もう少し声を落としていただけますか? 私も寝たいです」
「えぇ? なんで? 俺の相手してよ! 今夜は寝かせないよ?」
いや、今昼だし……というか、目の前のベアトゥス様が超怖いんです……ちょ、耳に息吹きかけないで!
まったくもう……何なんだこいつ……あぁだめ。精霊女王様への対応がだんだん雑になっていく。大精霊様方のご苦労が今になってわかったかもしれない……うぅ、不敬なこと考えて申し訳ございませんでしたぁ!
「ふふ、今ビクってなった♡」
お子様方の前で何してくれてんだ、この精霊女王は。たぶん今鏡見たら、私、目が死んでる。思春期の目になってる。
しかもこのわざとらしい煽りは、私を飛び越えてお向かいにいらっしゃる勇者様に向けてのものなのだ。性格悪いぞ、精霊女王。
「ところでミドヴェルト様、例のコアはどうなさるおつもりですか?」
悪魔執事のマーヤークさんが、見るに見かねたのか盛大なチクリをかましてきた。ありがとう……カオスを呼び寄せてくれて。
「……コアだと? 聞いていないが」
ベアトゥス様の声が一段と低い。まさかのモルドーレさんが全力で気配を消している! さすが騎士、そんなこともできるんですね……
私は諦めて、手のひらにベリル様の心のコアを乗せてみんなに見せる。
ベリル様には後でこっそりご相談しようと思ってたんだけど、しょうがないよね。雉も鳴かずば撃たれまい。
「闘技場で、これを手に入れまして」
「へぇ、これがコアってやつなんだ?」
「どなたのものかは、ロンゲラップさんに鑑定していただかないと……」
「いや、どう見ても俺のでしょ? あの歌で、キミは俺の心と魂を求めていたからさぁ……ついね♡」
こいつ……わざとだな? リズムだけで踊りやすそうと思ってあの曲選んじゃったけど、確かにそんな歌詞あったような気がする……悪魔には洋楽なら問題ないと判明して安心し切ってたけど、精霊は英語もわかるんかい! この異世界、ムズ!
「それはこちらの選曲ミスでした、申し訳ございません」
「いいよいいよ、気にしないで? ん? 俺とキミの仲じゃない♡」
「おい……いい加減にしろよ?」
ベアトゥス様としては、私と心のコアで繋がっているってところに安心感があったのかもしれない。でもそれが2人に増えたことで、なんか揺らいでるのかも。私としては、これ以上どうすることもできない。私に取り憑いている精霊女王様は、一体いつ離れてくれるのだろうか? 勇者様とデートのときまで憑いてきたらかなりマズい。
「んー! お前、いい匂い。俺、一生離れない!」
精霊女王が楽しそうにアホな台詞を吐いてくる。ここで私が言葉を発すると、真意はどうあれ、ベリル様とイチャイチャしているように見えてしまう。なので、半目で視線をずらし、全力で嵐が過ぎ去るのを待つしかない。無言の行である。
「可能ならば、いくつか契約事項を刻んでもらうといいでしょう」
「そうですね。できる限りたくさん刻んでもらいますよ」
マーヤークさんが呆れたようにアドバイスをくれたので、全力で賛成した。
しばらく進むと、魔車が急に止まる。
「どうしたんですか?」
窓を開けて外の護衛騎士さんに声をかけると、困惑したように「魔獣です」という言葉が返ってきた。
それを聞いたモルドーレさんが魔車から飛び出る。
「マーヤーク殿、王子殿下をお願いしますぞ!」
「わかりました、お任せください」
さっきの騎士さんが発していた、迷いのある雰囲気は何だったのか。私はフワフワちゃんとアイテールちゃんを抱き寄せて姿勢を低くする。すると、私の耳元でベリル様が「チッ」と舌打ちをした。この精霊女王、なんか知ってるみたいですね。
「ベリル様のお知り合いですか?」
「べっつにぃー?」
知り合いなんだな。マーヤークさんに視線を合わせると、またまた呆れたようにため息をついた。
「仕方がありませんね。ちょっと様子を見て参ります。勇者殿、頼みましたよ」
「おう、頼まれた」
何だろ、どんどん気まずさが煮詰まっていくような……いや、今はプライベートより仕事に集中だ。問題は先送りして沈静化するのを待とう。
しばらくして、戻ってきたマーヤークさんは1匹の猫を持っていた。
「けっと・しーではないか!」
「ケット・シー? あの有名な?」
「へえ、ケット・シーって有名なんだ?」
「あ、いや、あのー……個人的に」
はしゃぐアイテールちゃんに釣られて、思わず素で現実世界のゲームの話をしそうになってしまった。ベリル様に突っ込まれて何とかごまかしたけど、ケット・シーといえば喋る猫ってイメージだ。
悪魔執事に首根っこをつかまれているこの猫は、果たして喋るのか?
「ひどいにゃ、はなすのにゃ!」
しゃ、喋ったああぁぁあぁ!!
クリーム色の毛並みが可愛いそのケット・シーは、純白フワフワの王子殿下とはまた違うフワフワ感だった。
「ム、ムー! ムー!!」
「にゃあ? そんなこといわれてもにゃあ……そうにゃ、まずはじこしょうかいだにゃあ!」
すげえにゃあにゃあ言ってる……可愛い……
『リア』と名乗ったそのケット・シーは、早速フワフワちゃんと妖精王女アイテールちゃんに馴染んで遊びはじめる。可愛い×3=可愛過ぎぃ!!
それを胡乱な眼で見遣るベリル様は「フン……」と、何だかご機嫌斜めだ。本当に性格悪いぞ、精霊女王。
魔国に到着すると、ベアトゥス様は厨房に帰っていった。帰るというか出勤? その前に行ってきますのハグみたいなのをしたけど、どうも座りが悪いと思ったら、いつも勇者様の顔は私の右肩のほうに来てたっぽい。それが、私の右肩には精霊女王様が憑いてるもんだから、あえて左に顔を持ってったため、ちょっと変な感じになってしまったのだった。
離れてからも、何だか納得のいかない顔で、筋肉勇者は階段を降りていった。
「……変なやつ……」
耳元でベリル様が囁いたが、もう幻聴だと思って気にしないことにした。
さっさとアトリエに行って、ベリル様対策を青髪悪魔大先生に相談したい。
それにこの精霊女王様の目的は、堕天使マルパッセさんにウツロブネのことを聞くってことなんだし、きっと離れてくれるだろう。一石二鳥だね!
と思って、フワフワちゃんとアイテールちゃんをそれぞれ送り届けた後、早速用事を済ませようとするとベリル様の全力妨害に遭った。何なのか。
「お前の部屋に行こう! なあ、いいだろ? 1回! 1回だけでいいから!」
「そんなこと言って、今度は何を企んでいるんです? うわ! 髪の毛引っ張らないでくださいよ!」
正直、部屋の場所教えると、公爵様みたいに突撃されそうで嫌なんだよね……
まあでも、急に個人情報を一切教えていないはずのベアトゥス様をさらって来ちゃうベリル様に、隠し事しても意味なさそう……そんなふうに考えてしまって、私は王城の自室に向かった。
「あ、ミドヴェルトさん帰ってたんスね!」
部屋の前までくると、ライオン公爵様がすっかり気を抜いて立っていた。なぜそこにいる……
立ち話も何なので、部屋に入ってもらい、お茶を入れてチョコを出した。
「うぉ?! これマカダミア!? 懐かしー!」
「お口に合ったなら何よりです」
「あのー……1個、いいっスか?」
「え? どうぞ……」
公爵様は、少し戸惑いながら、私の右肩を指差して言う。
「それ……何なんです?」
「あ、見えちゃいました?」
「え?! え?! まさか幽霊?!」
「おーい、ちょっとー! 何こいつ? 酷くなぁい?」
「うわ喋った!!」
「あのー、公爵様、落ち着いてください。私は精霊女王に取り憑かれているだけですから」
納得してもらうのに少しだけ時間を要したものの、公爵様は事情を知ると急に納得して「ああ〜それで!」と何度もハイハイハイと首を縦に振っていた。何を納得したというのか。変なことを言い触らされないように、念のため確認してみる。
「何なんですか? 公爵様……そんなに首振っちゃって」
「いやだって、ミドヴェルトさん前言ってたじゃないスか、好みのタイプ」
「へ?」
「その子、めっちゃガガの男装したやつに似てますよ!」
ぐはっ……このお方はマジ本当にさぁ……
公爵様の話を聞いて、右肩のベリル様がニヤリと笑った。




